一条 翼 3
「ハァ……ハァ……っ」
「ハァ……ハァ……ふふっ」
「もう……十分だろ」
「そうだね……今日はこれくらいにしておこうか」
生徒会室の硬い机の上。俺たちは、全身が汗だくになるほど激しく求め合った。
まだ一時間しか経っていないのに、体感では三時間以上にも感じられるほどの濃密な時間。
「それじゃあ……また明日。ここでね」
「……」
それから、俺と翼の狂った関係が再び始まった。
⸻
「ん……? あー、今日のお昼、空ちゃんとシたでしょ。匂いがする」
「マジか……。結構拭いたから、消えてると思ってたんだけど」
「グルーミングシートの匂いで誤魔化してるけど、よく嗅いだらえっちな匂いが残ってる。……私にはわかるよ」
「犬かよ……」
翼は俺の胸元に顔を埋めながら、ふと指先で俺の肌をなぞった。
「胸にあるタトゥー、可愛いよね。私も同じの入れたいから、おすすめのスタジオ教えてよ」
「俺の知り合いの彫り師、紹介するよ」
「やった、一緒に行こうね。……それじゃあ、今日も……いただきます」
⸻
ある日、翼は悪戯っぽく笑って「見て」と舌を出した。
そこには、銀色に光るピアスが貫通していた。
「お……舌ピ開けたのか。痛かったっしょ?」
「うん……でも、軟骨に開けた時の方が痛かったかな」
「あー、センターならそうかもな」
「今日は……これで、気持ちよくしてあげる」
「俺、好きなんだよね。舌ピしてる子のフェラ」
「知ってる。……悠里さんに仕込まれたんだよね?」
「……本当、お前はなんでも知ってんな」
⸻
「首……もっと、強く……」
「……」
ギューッ……。
「んんっ……!」
「……ぐっ、はぁ」
「ン……ゴホッ……もっかい……」
「本当に、翼はドMだよな……。生徒会長のこんな姿、学校の連中が見たらどう思うか」
「暁人だけだよ……。こんなだらしない姿を見せられるのは…」
「……」
「椿を産んでから、こういうこと全くしてなかったから……。今まで我慢してた分、たくさん付き合ってもらうからね」
「マジかよ……」
「次は……乳首にもピアス開けるから…もっと痛くしてほしいし……」
「……それは、俺も少し興味ある」
俺と翼は、この一週間、狂ったように毎日身体を重ねた。
悠里の優しさとも、空の異常な執着とも違う。翼の少し歪んだ欲求と、完璧な身体つきに、俺は完全に溺れ始めていた。
身体の相性だけなら、翼が一番好きだ。どこを触っても柔らかくて、甘い匂いがする。
……翼、やっぱりめちゃくちゃ可愛いよな。
(……なんだろう。絶対に、他の男に渡したくない)
翼が他の男と話しているのを想像するだけで、無性に腹が立つ。
俺には心に決めた悠里がいて、空もいるのに。翼のことも「俺だけのモノ」にしたいという、身勝手でドス黒い独占欲が芽生え始めていた。
⸻
そして迎えた週末。俺は、椿に会いに行くことになった。
……正直、怖かった。
翼と再び身体を重ねるようになってから、ずっと胸の奥で疼いていた思い。
“父親”として、あの子と向き合うべきなんじゃないか――と。
自分なんかが父親面をして会いに行っていいのかと何度も葛藤した。
それでも、今日は行くと決めたのだ。
「暁人……連れてきたよ」
翼がリビングの扉を開ける。その腕の中には、小さな小さな子供がいた。
「……これが、椿か」
小さな体。けれどその瞳は、不思議と力強かった。
黒く澄んだ無垢な瞳が、まっすぐ俺を見上げてくる。
「ほら見て。もう一人で歩けるんだよ」
翼の声は、いつもの冷徹な生徒会長のものではなく、誇らしげな母親のものだった。
俺はただ、言葉を失って頷くことしかできなかった。
「お鼻とか、暁人に似てるよね」
「確かに……でも、目元はお前だな」
「うん、私似のぱっちりおめめだよね」
嬉しそうに笑う翼の顔を見て、胸の奥がじんわりと熱くなった。
あんな最低な始まり方だったのに、こんな日が来るなんて思ってもみなかった。
「抱っこしてみてよ」
「え……あ、ああ」
恐る恐る腕を伸ばし、翼から椿を受け取る。
軽い。小さい。そして、ミルクのような甘い匂いがした。
「……かわいいな」
思わずこぼれた言葉は、素直すぎて自分でも驚いた。
椿の小さな手が、俺の無骨な指をぎゅっと力強く握りしめる。
「これは……将来、色んな女の子を不幸にするな」
「もう! 椿は暁人みたいな子には育てません!」
翼が吹き出すように笑う。その笑い声に、かつての懐かしい日々が蘇った。
笑って、怒って、喧嘩して――それでも、三人でバカみたいに笑い合っていた純粋な時間。
会う前は、あんなに怖かったのに。
今はただ、この小さな命と、隣で笑う翼と過ごす時間が、狂おしいほど愛おしかった。
「……翼」
「ん?」
「また、会いに来てもいいか」
翼の動きがピタリと止まった。
少しの沈黙のあと、彼女の大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……うん。もちろん、いつでも来て」
「……」
「認知なんて、しなくてもいい。ただ……こうして時々、三人で過ごせたら、私……それだけでいいの」
「……ありがとう。今度、どこか旅行でも行くか」
「うん……! いいね、それ」
涙を拭って笑う翼の腕の中で、椿が無邪気にキャッキャと声を上げた。
その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥にずっと居座っていた重い罪悪感が、静かに溶けていくのを感じた。
翼が、俺の服の袖をそっと掴み、小さく呟いた。
「……これから、よろしくね」
「パーパ♡」
椿のその言葉に、俺はもう、何も抗えなかった。
俺はただ、ゆっくりと、深く頷いた。




