一条 翼 2
ガチャリ、と無機質な音を立てて生徒会室の鍵が閉められた。
「ん……」
扉が閉まると同時、翼の顔が近づき、息つく暇もなく唇が重なった。
「久しぶりのキスだったね……。君は空ちゃんや、悠里さんにしょっちゅうされてるだろうけど」
「……早く終わらせるぞ」
「ふふっ……そうだね。それじゃあ……」
翼は躊躇うことなく制服のブラウスに手をかけ、滑らかな動作で脱ぎ捨てていく。
現れたのは、スポーティなグレーのブラトップと、それに合わせた細いビキニショーツ。
ボーイッシュなショートヘアに、彫りの深い端正な顔立ち。泣きぼくろのある大きな瞳。それとは不釣り合いなほど肉付きが良く、豊かな胸と丸みを帯びた腰のラインが、タイトな下着によって残酷なほどはっきりと強調されていた。
(あの顔で、あの身体で……なんであんなクソエロい下着なんか付けてやがる……)
「暁人……どう?」
「……」
「もー、照れちゃって。でも……ここは正直だね」
翼の冷たい手が、ズボンの上から俺の熱を帯びた股間をゆっくりと撫で上げた。
屈辱と、抗えない男としての生理的な反応に、俺は奥歯を噛み締める。
「嬉しいな。また暁人と、子作りできるなんて」
「っ……」
「椿ね、最近歩けるようになったんだよ? ほんと可愛くてさ、毎日幸せだよ」
椿。その名前を聞いた瞬間、俺の脳裏に、取り返しのつかない過去の過ちがフラッシュバックした。
⸻
高校一年の頃。
俺は大◯を吸っていた。どうせ普通の人間には見分けがつかないと高を括っていたのだ。
『暁人……何それ?』
不意に背後から声をかけられた。振り返ると、そこには翼が立っていた。
小学校からの幼馴染で、俺と空と一緒に遊んでいた親友。成績の悪い俺に勉強を教え、この高校にギリギリで押し込んでくれた恩人でもある。
まあ…翼のコネっぽいけど…
『それ……大◯だよね?』
『あ……ああ……。つ、翼……俺らの仲だろ? 見逃してくれよ……』
『何言ってんの。ダメに決まってるじゃん。……パパに報告するね』
『……くっ!』
絶望で目の前が真っ暗になった俺に、翼は冷たい笑みを浮かべて言った。
『でもね? なかったことにしてあげるよ。今から言う条件を飲んでくれたら……』
『え! マジで!? さすが親友! 飲む飲む、なんでも言ってくれ!』
『……ふふっ』
翼の瞳の奥が、黒く濁った。
『私が妊娠するまで、私を抱くこと。……これが条件』
『は……? え……いや、俺は空と付き合ってるし、それは……』
『そっか。わかった、それじゃあ』
『待て、待て! それ以外は!?』
『ない。どうするの?』
『……わかった』
『ふふふ……それじゃあ私のお家……行こ?』
それから、俺は浮気を繰り返した。
空が部活で汗を流している時も、空がLINEで楽しそうにデートに誘ってきている時も、俺はそれを断り、翼のベッドで彼女を抱き続けた。
そして、最悪の事態が起きた。翼の妊娠だ。男の子だった。
流石に終わったと思ったが、理事長である翼の父親は激怒するどころか「優秀な後継ぎができた」と喜んだ。理事長権限により、妊娠中の翼は「病気療養」として処理され、成績に響くこともなく数ヶ月後に何食わぬ顔で学校に復帰した。
『翼ちゃん、病気でしばらく来れないんだってー。心配だなぁ』
『……そうだな』
何も知らない空の言葉に、俺の胃は千切れそうだった。
翼は「認知もしなくていい、誰にも言わない」と言ってくれたが、俺のスマホには定期的に“俺の子供”の写真が送られてくる。
空からの常軌を逸した束縛と監視。
翼への罪悪感と、逃げられない支配。
精神がボロボロに擦り切れ、何もかもが嫌になっていた俺を救ってくれたのが、悠里だった。
幻滅されることを覚悟で、すべてを打ち明けた。だが悠里は、最低な俺を罵倒するでもなく、ただ優しく抱きしめ、励ましてくれたのだ。
あの瞬間、暗闇に沈んでいた俺にとって、悠里は間違いなく女神だった。
⸻
「ねえ……椿に会いに来てよ」
翼の甘い声が、俺を現実へと引き戻す。
「い、いや……その……」
「一度も父親に抱かれないなんて、椿が可哀想だよ」
「……」
俺が押し黙ると、翼はふっと小悪魔のように微笑んだ。
「……ま、今はいいや。あんなに『悠里さんのことが好きだ、悠里さんしかいない』って言ってたのに、たった三日で空ちゃんに堕とされて二股しちゃうような男だもん。いつでも言うこと聞かせること、できるしね?」
「……っ!!」
なんで、空とのことを知っている……?
いや、相手は翼だ。この学園のすべてを掌握しているこの女なら、知っていて当然か。
「それじゃあ……始めよっか? 暁人」
生徒会室の机に手をつき、翼が誘うように腰を突き出す。
俺はもう、何も考えることを放棄して、彼女の白い肌へと手を伸ばした。




