男子バレー部
キュッ、キュッ、とシューズが床を擦る音。
そして、鼓膜を震わせる鋭いスパイクの音。
バンッ!!
「ナイスキー! 空ちゃん!」
「よし! 次もお願い!」
放課後の体育館。ネットで二等分されたコートの片側で、女子バレー部の練習が行われていた。
男子バレー部のエースである新庄は、休憩でタオルで汗を拭いながら、ネット越しの彼女に釘付けになっていた。
鳴上 空
女子バレー部の絶対的エースであり、この学園の誰もが認めるアイドル。
高く跳び上がり、しなやかなフォームでボールを打ち抜くその姿は、同じ競技をしている男子から見ても惚れ惚れするほど美しかった。
「空ちゃん、今日もエグいスパイク打ってんなー」
「ああ……それに、あの笑顔。マジで天使だよな」
新庄の隣で、後輩や同級生の部員たちがため息をつく。
彼ら男子バレー部員には、密かな誇り――いや、「錯覚」があった。
(俺たちは、毎日同じ体育館で、同じ競技に打ち込んでいる)
(同じ空気を吸って、同じように汗を流してるんだ。普通のクラスの奴らより、絶対に俺たちの方が空ちゃんと近い場所にいる――)
新庄は身長185センチ。バレーでも全国を狙える実力があり、顔も悪くないと自負している。
スポーツマン同士、いずれ空ちゃんとは自然に惹かれ合うはずだ。そう信じて疑わなかった。
――あの男が、体育館の入り口に姿を現すまでは。
「あ……っ!」
給水のためにベンチへ向かっていた空が、ピタリと足を止めた。
彼女の視線の先。体育館の入り口の扉に寄りかかり、ポケットに手を突っ込んで気怠げに立っている男。
音村 暁人だ。
「暁人ぉっ!!」
それまでコートで見せていた「頼れる凛々しいエース」の顔が、一瞬にして崩れ落ちた。
空は持っていたタオルもボトルも放り出し、弾かれたように体育館の入り口へと走り出した。その声は、新庄たちが一度も聞いたことがないほど、甘く、高く、熱を帯びていた。
「迎えに来てくれたの!? えへへ、嬉しいっ!」
「…早く帰ろーぜ、空のハンバーグ食いたい」
「うん! 今着替えてくるから、ちょっと待ってて!
……あ、その前に!」
空は、汗ばんだ自分の身体を気にする素振りも見せず、暁人の首に思いきり抱きついた。
「おい、汗かいてんだろ。くっつくな」
「えー! いいじゃん減るもんじゃないしー! んんっ……あきとの匂い、落ち着くぅ♡」
静まり返る体育館。
男子バレー部員たちの間を、冷たい風が吹き抜けた
「……クソがっ」
新庄が握りしめていたペットボトルが、ベキッ、と無惨な音を立てて凹んだ。
「なんで……なんで、音村なんだよ……ッ!!」
「俺たちは、毎日同じ体育館で練習してんのに! 球拾いだって手伝ったのに! なんで、バレーもしてねぇ、背も俺たちより低い、あのクソヤンキーなんだよぉぉ!!」
部員たちが頭を抱え、床に崩れ落ちる。
「しかも見ろよ音村の奴! 空ちゃんにあんなに抱きつかれてんのに、『くっつくな』だと!? ふざけんな、俺ならその汗ごと飲み干せるわ!!」
「空ちゃんのあんなトロットロの顔、俺たちに向けられたこと一度だってねぇよ……!」
同じコートで汗を流す「仲間」だと思っていた。
だが、空にとってバレーボールはただの部活であり、彼女の人生のすべては、あの無愛想な男を中心に回っているのだと、嫌でも見せつけられた。
「あー、マジで音村ぶっ飛ばしてぇ……」
新庄はギリッと奥歯を噛み締めた。
「俺の方が絶対空ちゃんに相応しいのに。俺なら、毎日あんな冷たい態度とったりしねぇ……。絶対に、音村より愛してやれるのに……ッ!」
血の涙を流さんばかりの男子バレー部員たち。
だが、彼らは絶対に理解できないだろう。
あの美しく尊い女神の愛が、どれほど重く、恐ろしく、息の詰まる“呪い”であるかを。
そして、彼らが羨んでやまない音村暁人が、今まさに体育館の入り口で(早く離れろ……またアイツらに殺意向けられてるじゃねぇか……)と、冷や汗を流して絶望していることなど――。




