男子生徒
鳴上 空は、間違いなくこの学園の絶対的なアイドルだった。
容姿端麗、文武両道。誰にでも分け隔てなく明るく接し、彼女が笑うだけで教室の空気がパッと華やぐ。男子の七割は彼女に一度は本気で恋をし、残りの三割も「高嶺の花」として密かに崇拝している。
そんな誰もが羨む女神の隣には、なぜか、いつも“ノイズ”が混ざっていた。
「あきとぉーっ! お弁当持ってきたよー!」
昼休みを告げるチャイムが鳴った直後。
空は自分の席を立ち、一直線に教室の一番前の席へと駆け寄った。
その視線の先にいるのは、音村 暁人
目つきが悪く、元不良で、教師からも目をつけられている学校一の嫌われ者だ。
「……おう」
無愛想に短く返すだけの暁人に対し、空は周りの目など一切気にせず、彼の首に両腕を絡ませて背中から抱きついた。
頬をすり寄せ、愛おしそうに彼の匂いを深く吸い込んでいる。
「もー、授業中ずっと暁人の背中見てたんだから。早く一緒に食べよ?」
その声は、他の男子に向ける「明るく爽やかな声」とは全く違う。
甘く、とろけるようで、聞いているこちらが顔から火を吹きそうになるほどの色気を孕んでいた。
教室のあちこちから、ギリッ、と歯ぎしりの音が鳴る。
「……おい、見たかよ今の」
「ああ……見たくなかったけどな」
教室の隅に固まった男子たちが、親の仇でも見るような目で暁人を睨みつけていた。
「マジでありえねぇだろ。なんで空ちゃんがあんなクズに……ッ!」
「復縁したって噂、マジだったんだな。空ちゃん、完全に音村にベタ惚れじゃん」
一人の男子が、絶望に満ちた声で頭を抱えた。
「あんなの……あんな顔、俺たちの前じゃ絶対に見せないのに……! 音村の奴、無愛想な顔しやがって。空ちゃんにあんなに甘えられて、なんであんな冷たい態度取れんだよ!」
「それがムカつくんだよな! 俺だったら毎日空ちゃんをお姫様扱いして、絶対に泣かせたりしねぇのに! なんで音村なんだよ……身長だって俺の方が高いし、成績だって俺の方が上だぞ!?」
「空ちゃん、絶対あいつに脅されてるんだよ。いや、そうじゃないと俺の精神が保たねぇ……」
モブ男子たちの間に渦巻くのは、ドス黒い嫉妬と、理不尽な現実への怒りだ。
自分たちには絶対に振り向いてくれない女神が、学校で一番底辺の男にだけ、すべてを捧げるような瞳を向けている。
その時、暁人の席の方から甘い声が響いた。
「はい、あーん♡」
「……自分で食える」
「だーめ! 私が食べさせてあげたいの。ほら、あーんして?」
暁人が渋々口を開け、空の手作り弁当の卵焼きを食べる。
それを見た空は、まるで世界で一番の幸せを手に入れたように、ふにゃりと愛らしく笑った。
「おいしい……?」
「……美味い」
「えへへ、よかったぁ♡ 暁人、大好きっ」
チュッ、と。
空が暁人の頬に、皆の前で堂々とキスをした。
「「「…………ッ!!!」」」
その瞬間、教室中の男子たちの心がポキリと折れる音がした。
「……シネ。マジで、音村シネ……」
「今すぐ隕石落ちてあいつだけ直撃しねぇかな」
「誰か、音村に因縁つけて退学に追い込んでくれよ……。俺じゃ勝てないから誰か頼む……」
彼らは血の涙を流しながら、暁人を呪った。
自分たちには到底手が届かない女神を、いともたやすく独占している男への憎悪。
なぜ、あんな奴が選ばれるのか。
なぜ、俺じゃないのか。
だが――。
音村を呪い、憎み、彼の座を羨むモブ男子たちは、誰一人として知る由もなかった。
彼らが血を吐くほど羨むその『特等席』が。
一歩でも逃げ出せばすべてを破壊される、血も凍るような“狂気の地獄”であることなど。




