勤め先であるメイドカフェに元カレが週7で来るんだが…
初投稿で、未熟なところもありますが読んでくれたらめちゃくちゃうれしいです! 誤字脱字などは気軽に教えてほしいです。
突然だが、もし君の勤め先に元カレが来ていたとしよう。君ならどうするだろうか?私はもちろん、追い返す。しかし、元カレが「お客様」という立場だったら、ましてそこがメイドカフェだったら話が違ってくる。
私は渋谷にある、メディアを席巻する超人気店…キャラリンメイドカフェのトップキャスト、河宮 美鈴奈。メイドネーム、みぃれ。
20歳にして大学を飛び級で卒業した、天才美女(自称)である。
月給もそこそこ(そこそこのレベルではないのだが…)、生活も安定して不自由していない。もはや完璧な生活だった。しかし、そんな完璧な生活も一か月前からだんだんと地獄と化していた。
重い足を引きずりながら美鈴奈はカフェへ向かう。もともとこの仕事は嫌いではまかった。
初めはアイドルを目指していたが、アイドル界の厳しさを前に断念してしまった。そんな美鈴奈にぴったりな仕事だった。
メイドカフェのキャストはまさにカフェというライブ会場のアイドルだった。だから、今までたくさん働き、努力してトップキャストという地位まで上り詰めた時には長年憧れだったトップアイドルに慣れた気分になれた。
とてもとても楽しい職場だった。
カフェに着き、キャスト用入り口のドアを開けて中のメイク準備室へ入る。
入った瞬間、ジャスミンやスズラン、ラベンダーなどの香水の香りがぶわっと押し寄せてきた。
普通の人なら息ができず顔をゆがめてしまう香りでも美鈴奈にとってはなれたものだった。
みんな、客を集めるために必死なのだ。必死すぎて誰も美鈴奈が入ってきたことを知らない。
美鈴奈はゆっくりと化粧鏡の前に座り、メイク用品を取り出してメイクをする。
顔だちはもともと整っていたので薄メイクで十分だった。
そのおかげで、開店1時間前に来てメイクをしているキャストたちより遅く出社できるのだ。ただ、やはり最近はどうしても仕事に行く気分ではない。
時計を見ると10時40分を指していた。カフェは11時に開店するので、すぐにお客様を迎え入れる準備をしないと。
「あ!おはようございまーすっ!先輩、いつ来たんですか?来たなら一言掛けてくださいよぉ~」
元からがやがやうるさい部屋に大きな声が響いた。
2歳下の大学生、三笠 真帆、メイドネーム、マホちゃんだ。メイドの喋り方が気に入ったのか、日常でも使っている、少し変な子だった。
私の次を継ぐ、セカンドキャストでかなり可愛い。正直、あまり好きではないが、なぜよく絡んでくる。
「おはよう、マホちゃん、今日も元気だね。(約:今日も声がでかいね。)」
嫌味を言っても気づかない。いいストレス発散機だ。しかし、人を道具のように扱うなんてひどいと思う。
今更だが、自分の性格の悪さにびっくりする。マホちゃんはそのまま話し続けた。準備をしに行く気がないようだ。
「マホちゃん、ごめんね。私もみんなの準備を手伝わないと…」
少し申し訳なさそうなトーンで謝って、そのまま素早く準備を手伝いに行く。カフェで働いてから身に着いたスキルだ。
正直、カフェをクビになっても俳優で生きていけると思う。それくらい、演技力に自信があった。誰も自分が演技だということに気づいていない。店長も、ほかのキャスト達も…
ただ一人の例外がいた。その人まさに美鈴奈がこれから会うであろう人物だ。
「準備が整いましたから、開店しまーす。今日もがんばってくださいね。」
今度は店長の凛とした声が店内に響き渡った。そしてドアが開き、客がぞろぞろと入ってきてすぐに満席になった。私はすぐにメイドモードをONにした。
「「「おかえりなさいませ、ご主人様!」」」
顔に笑顔を浮かべ、少し高い声でお客様に話しかける。これでほとんどのお客様はメロメロになる。
ふかふかとお辞儀をしている時に突然声をかけられた。
「ただいま~みぃれちゃん。」
男子にしては少し高い声。
プロ必殺、精一杯の作り笑いを浮かべ、頭を上げる。
「みぃれちゃんは今日もかわいいね。」
常連客の如月 北斗様だ。
大手企業の如月製薬の御曹司で、ビジュ、家柄、身長、学歴ともに非の打ちどころもない、完璧ハイスペックボーイだ。カフェでは好物件として非常に人気で、来店するたびにほかのメイドが群がるぐらいだ。
「如月さまぁ~ずっとご主人様のお帰りを待っていましたよぉ!」
「いえ、私のほうがずっと待っていましたのよ!」
ほらね、と思いながら美鈴奈は邪魔なメイドの群衆をかき分け、ほかの客を接待する。その時もかわいい作り笑いの笑顔を忘れない。
「おかえりなさいませ!、おかえりなさいま………せ…」
突然笑顔がほんの少しだけひきっつた。
美鈴奈の目の前を素通りする、北斗様に引けを取らない美貌の男。漆黒の黒髪に、ブラックホールのように吸い込まれそうな黒い瞳…身なりと仕草で明らかにお金持ちオーラが隠しきれていない。
その男はキャストの間では一番うわさされる最好物件のパーフェクトボーイ、鳳城 蓮。そして私の元カレでもあるのだ。
「みぃれ、コーヒー一杯くれ。」
私の前を素通りしたにもかかわらず、席に着くとすぐに私を指名する。意味不明だ。
「はぁい!ご主人様のためにアツアツのコーヒーを持ってきますね!(訳:熱いコーヒーでも飲んでやけどしろ!)」
愛情ならぬ、悪意たっぷりのコーヒーだ。
「熱いうちに召し上がりくださいませ。」
蓮を私の悪意に気づいているらしく、私が持ってきたコーヒーをあえて端に寄せた。元カレだったので私の嫌みの言い方を完璧に理解しているのだ。面倒である。
しかも、蓮はクールとユーモアで言うと中間ぐらい…いや気分で変わるらしく、本当につかめない人だ。
今日はクール系かな?と思い始めた時には
「コーヒーが熱すぎてやけどしちゃうから、みぃれがここで冷ましてよ。」
やられた。クールではなくてユーモアよりの意地悪系だ。
しかも、ここでである。すぐに逃げようとしていた私に気づき、食い止めたのであろう。認めたくはないが、私より一枚…いや、二、三枚上手だ。
「ご主人様、申し訳ありませんが…ほかのお客様もお待ちしておりまして……」
思い通りにさせぬとあがいてみる。
「ほかのキャストがいるじゃないか。」
……が、すぐに一蹴された。面倒な客である。
なきなき、私は蓮が座っている席の向かい側に座って持ってきた団扇を仰いだ。
こうやって向かい側に座ると、まだ付き合っていたころのデートの記憶がよみがえる。その時も今と変わらず意地悪で、たまに(本当に稀に)優しかった。
いやいや!忘れよう!この厄介な記憶、記憶のかなたに飛んでいけっ!
「どうしたの?みぃれ。手が止まっているよ?」
蓮はずっと見ていたらしく、何かを考えているなと思って声をかけただろう。絶対に向かい側に座らせたのもデートの記憶を思い出させるためだと私は納得(?)する。
「手がつかれちゃいまして…ほかのキャストをお呼びして交代しましょうか?」
あがいてあがきまくる。七転八起だ。
「じゃあ、口で冷ませばいいじゃないか?手は使わないだろ?」
はぁ?いや、こいつカフェ来る途中に頭ぶつけたのか?身長が高いからどこかの看板にぶつけたのだろう。そういうことにしておこう。
いや、それより鬼畜すぎるだろ!私はお前の奴隷じゃないつーの!
これが一か月前から毎日続いているのだ。いくらこの仕事が好きでも行きたくなくなるだろう。
しぶしぶといながらも蓮の言うとおりにする私をほめてほしい。そして蓮は明らかに笑っている。正確に言うと、口の過度の角度が通常の2度くらい上がっている。面白がっているのだ。普通の人ならポーカーフェイスだと思うが私は違う。あの顔を見慣れすぎてもうわかってしまうのだ。
まさに今、ほかのキャスト達の視線がこちらに刺さっている。お客様のために準備したコーヒーをフーフーするキャスト。それを正面からポーカーフェイスで眺めるイケメン。とてもおかしい光景だ。だれも蓮が笑っていることに気づかない。
「コーヒーが冷めましたので、お召し上がりくださいませ。」
温度が下がったのを確認して、コーヒーを突き付けるようにして差し出す。これでやっと逃げれるのか…と思いきや、蓮は逃がしてくれない。
「おまじないをかけてくれないのか?」
「……わかりました…ご主人様が望むなら…」
悪魔だ…悪魔に違いない…
当思いながらも私は重りをつけたように思い口角を無理やり引き上げ、最高の作り笑いを浮かべる。まぁ、蓮は気づいているだろうが…
「萌え萌えキュン、萌え萌えキュン!ご主人様のためにおいしくなぁ~れ!えぃやぁ!」
最上級に恥ずかしい。穴があったら入ってそのまま土をかけてほしい。
これを毎日、いや本当に毎日なのだ。ここ、キャラリンメイドカフェは年中無休、つまり土、日曜日も開店しているのだ。私は前記の通り仕事が大好きだったので毎日出勤していたのだ。いつの間にかそれが当たり前になり、逆に連続出勤記録が止まるのが嫌だった。だから今日もいやいや言いながら出勤したのだ。私、偉い。
「ふ~ん、ありがと。でも、元気が足りないね。(訳:げっそりしているぞ。)」
嫌味攻撃の反撃か?!
「すみません…実は最近嫌なことがありまして…(訳:お前のせいだ!)」
反撃を反撃で返す…まさに上級者の技だ。
私の勝ちよ!堂々と胸を張って逃げてやる!
「じゃあ、話を聞いてあげるよ。あと、ティラミス追加で。」
「は…い?いや、でも…」
「悩み事があるんだろ?相談に乗るよ?それに俺も相談したいことあるし。」
そう言って、肘をつき顔を少し斜めに傾ける、黒髪イケメン。前髪が少し目にかかり、色っぽさを演出している。その低音な声、女神さまが聞いても惚れること間違いなしのイケボイス。
言葉も出ません。頭も上がりません。完全完敗です。
いくら元カレで、恨みがある人でもこの究極の美貌の前では無力だ。
「…はい…じゃあ、お言葉に甘えて…」
やはり、蓮に挑むにはまだ早かったようだ。
私は注文品のティラミスをとり、超ゆっくりスピードで連の席へ向かう。私は負けない!反抗しまくってやる!今の私は反抗期の子供なんだから!
「ご主人様、ティラミスをお持ちしました。向かいの席にまた失礼しますね。」
そう言って腰を下ろす。下ろすといっても、さっきそこの席に座ったばかりだ。
「じゃあ、みぃれの悩みは何?」
分かってるでしょ!とツッコみたくなるが、全力で止めた。私、頑張った。
そっちがその気ならこっちも手加減しない!(さっきのやり取りからずっと本気を出していたが完敗)
「それが…この店に迷惑客が来るんですよ。毎日いらっしゃいますし、特定のキャストだけをずっと独占するんです…そのキャストはとっっっっても困っているて言っておりまして…」
お前のことだぞ!とできる限りの圧をかけながら話を進めていく。
「それは、それは…そのキャストも大変だね。一回その迷惑客に話してみたら?店の中で話しにくかったらプライベートで会うのも全然いいと思うけどね…」
あ…だめだ。かんっぜんに利用されてる。何?これって誘ってるの?そっちから別れを言ってきたくせに?
「プライベートで会うのは少し危険ですね。でも一応、そのキャストにもアドバイスしておきます。」
この話題を終わらせようと、全力で頭をフル回転させ、慎重に言葉を選ぶ。言葉一つでも間違えれば勝とり負の割合が高くなってしまう。
「そこまで危険じゃないと思うけどな…普通に話をするだけなのに何がそんなに怖いいんだろうね?大事な事実も聞けるのにね…」
「大切な事実とは何ですか?」
思わず聞いてしまった。頭より早く口が動いてしまったのだ。
「そのキャストが得をする事実だよ。多分、そのキャストもずっと知りたかったんだと思うよ?」
大切な事実…即座に私は釣られた。釣り竿で釣られた魚になった気分だ。
行ってはダメだ。そんな声が頭の片隅から聞こえるが、威力が弱すぎた。私は完全に行くモードになってしまったのだ。
それを察したのか、蓮は意地悪な笑みを浮かべながらそっとつぶやく。
「これは独り言なんだけどね…もしも、誰かと待ち合わせをするなら”あそこ”がいいと思うな。ちなみに時間は明日の午後2時くらいがちょうどいい。あ、これ独り言だからね?」
わざとらしい独り言…完全に蓮のペースに乗せられたことをいまさら気づく私だったが、もう遅い。手遅れだ。
「そのキャストに伝えますね。たぶん行くでしょうね。」
と、遠回しだが、下手なのかうまいのか微妙な感じの答えになってしまった。
一応、行くと遠回しで言ったつもりなのだが…
通じたのであろう、蓮はニコッと笑って(口角通常より5度くらい上がっただけ)席を立った。
「今日はそろそろ失礼するね。ていうか、客だからそんなにかしこまらなくていいか。じゃあ、また明日、みぃれ。」
その明日はメイドカフェで会うことになるのか、”あそこ”で会うことになるのかはまだわからない。おおよそ、後方だろうが…
そして私は連を出口まで送り、踵を返す。
明日は人生最大の危機になりそうだ。
___________________________________________________
私は今、スマホとにらみ合いっこをしている。なぜかって?それは、仕事の休みを取るための電話をかけるか必死に迷っているのだ。必死なのだ!ここで休めば連続記録は消える。
毎日出勤無休の記録が!ううっ…でも…聞きたい…
この時私の頭の中では天使と悪魔が大戦争を繰り広げていた。
「行ってはダメ!これは罠よ!」と叫ぶ天使。
それに対して
「少しぐらいいいじゃないか。行っちゃえ。」と甘すぎる甘味で誘惑する悪魔。そしてなぜかその悪魔と蓮の顔が重なってしまう。気のせいだろう…そういうことにしておこう。
「連続記録を止めちゃっていいの!?」と、天使が光明の武器である金の矢を放つ。
「別によくないか!逆に大切な秘密を逃していいのか?」と、悪魔は矢を華麗によけ、お返しだとでも言いたげに漆黒の刃を投げてきた。
その刃(勧誘)の威力はすさまじく、天使はよける暇も与えられずに消滅した。悪魔(蓮)の完全勝利だ。
潔くスマホを持ち、店長に連絡を入れる。
「え?ごめん、よく聞こえなかった。もう一回言って。」
と、驚かれたが、初めて休むのだ。驚愕されるのも仕方がない。
店長には事情を説明せず、ただ休むとだけ伝えた。別にカフェのキャストは彼氏を作るのは禁止というルールもないので言ってもよかったのだが、なぜか言いたくなかった。忘れたい過去だからだろうか?
時計を見るとまだ10時だ。待ち合わせまであと4時間ある。
久しぶり(初めての)休みだし、ショッピングにでも行こうかな?と思い、すぐさま着替え、メイクをする。自分でも気づかいうちにいつもより少し圧化粧をしてしまったようだ。服も普段着より豪華なワンピース。
別に蓮に合うためじゃないし…久しぶり(初めて✕2)の休みだから少し気合が入っただけだし…
準備に30分もかけてしまったが決して連のためじゃない。違うのだ。
頭の中でそう唱えながら、家を後にした。
1時30分、待ち合わせ時間より30分も早いが私はすでに“あそこ”に到着してしまった。”あそこ”とは、私と蓮が初めてデートをした駅前のカフェだ。
お金持ちの蓮が一生懸命探して一般人がよくいくカフェを探してくれたんだったな…
はっ!違い違う!私は話を聞きに来ただけ!昔のことなんて忘れろぉ!
と、必死に否定する私。
そうよ。別に30分早くてもいいじゃない。大人のマナーよ。10分前行動ならぬ、30分前行動である。
苦しい言い訳。ブラックコーヒーに砂糖を入れず、ブラックチョコを溶かしたくらい苦い。
そう自分で自分に呆れるうちに10分が経過しただろうか、ふいに声をかけられた。
「あれ?こんなに早く来てくれたんだ。」
この低音イケボ、見上げなくてもわかる蓮だ。
は?まだ2時じゃないけど?まだ1時40分だけど?早すぎない?(←自分も言える立場じゃない。)
「別に勘違いしないで。これは30分前行動、私の決まりなの。」
「ふーん、何も聞いてないけど?」
またやられた。
顔を上げると、スーツに身を包んだクール系イケメン、蓮がすでに正面に座っていた。そのままじっとこちらを見ている。
絶対に面白がっているでしょ!もう!
蓮に主導権を握られたらきりがないと思った私は即座に今日の本題を出すことにした。
今日は絶対に話を聞いてすぐに帰るんだから!主導権は私が握ってやる。
「それより、大切な事実って何?早く話して。」
「えー?何それ?何の話?」
「は?」
思わず心の声が漏れてしまったが許してほしい。この状況になったら誰でも私と同じ反応をすると思う。10万かけてもいい。カフェじゃなくて本当によかったと思う。カフェで「は?」なんて言ったら私が一生懸命作り上げていたキャラが台無しだ。
「冗談、冗談だ。美鈴奈、全然変わってないー。」
そう言って悪びれる様子もなく、平然と意地悪そうに笑う蓮。今日は珍しく、ふつうの人が見ても笑っているとわかるような意地悪な笑みだ。
ううっっ!恨みたいのに顔がよすぎて恨めない!やっぱり、私って面食いなのかな…
「面白くない冗談。蓮も全然変わってないじゃない。何なら悪化してる。」
「へえ、言うようになったじゃん。関心だね。」
「前の私と違うんだから。」
しっかり自分は前と違うんだ。別にお前に未練なんてないし、という気持ちを込めて言ったつもりだ。しかし、なぜか妙に胸がズキズキする。
「確かに違うね。作り笑いが多くなってる。全然笑ってない。」
「別に、最近楽しいことがなかっただけだし。」
「じゃあ、俺といたときは楽しかったってこと?」
ドクンッ!
急に心臓が跳ね上がり、体中に血液が強く回ったのがわかる。
「ち、違うし!全然違うから…違う…」
動揺のあまり、同じ言葉を連発してしまった。正直言って自分がこんなに動揺するなんて本当に久しぶりでどうすればいいのかわからない。
なぜこんなに動揺するの?……いや、本当はわかってる………わかってるんだけど認めたくない。認めてはいけない。
一度深く深呼吸し、またもう一度深呼吸をする。それぐらいしないと落ち着いていられない。もちろんほかの人ではわからないくらい動きを小さくしているが、蓮は私が動揺しているのを見抜いているだろう。
「どういうつもりなの?」
直球すぎたかもしれない。しかし、今日の要件はそれだったはずだ。大切な事実――なぜ急に蓮が別れを私に突き付けたかという内容だろう。と、私は勝手に思っている。
「どういうつもりだと思う?いくら君が自分の恋愛に鈍感でもそろそろ気付いてくれないとこっちも傷つくんだけど?」
「それがわからないから聞いてるの。そっちから別れを突き付けてきたのにまだ未練があるって言いたいの?クズじゃない。」
クズ…カフェで入ってはいけない言葉ランキング上位に位置する言葉だ。
「クズね…確かにクズだね。でも別れようって言ったのは俺じゃないよ?」
「え?」
意味ありげに笑う蓮。そして戸惑う私。もう何もかもが手におえなくて、完全に蓮のペースに乗せられていた。蓮の言葉一つ一つが信じられなくなる。
あんなに散々言ってきたのに?あんなひどいこと言ったのに?
「俺の義母、まぁ、あのばばぁ義母って認めてないけど。そのばばぁが俺に自分の娘を押し付けていたのは知っているだろ?」
あぁ、知ってる。連の義母である美弥子さん、めちゃくちゃ私を目の敵にしてた。どうやら自分の娘である玲羅を蓮と結婚させて立場を固めたかったらしい。だからその時、蓮の彼女である私が邪魔で仕方なかったのだろう。
「知ってるよ。でも、それがどうしたの?」
自分でも思ったより冷たい声が出た。その声には混乱と冷静さが混ざっていて、その対照的な要素で一層自分の気持ちがわからくなった。
私は蓮にどうしてほしいんだろう?どうなってほしいんだろう?
「そのばばぁが俺のアカウントをハッキングして偽のメッセージを送ったらしくてさ。まさかハッキングできるばばぁかと思わなかった。だから、俺が別れを告げたわけじゃない。って言っても信じないよね?」
「信じるわけないでしょ?百歩、いや千歩譲って信じるとしても、別れる前に避けてきたじゃない?」
少しの間をおいてから蓮が口を開く。
「美鈴奈のために少し距離を置いた。俺の近くにいるとあいつらが美鈴奈に危害を加えてしまうからな…」
その時には意地悪な笑みを消え、低音の声も少し勢いが落ちていた。誰が見ても、美鈴奈が見ても、明らかに笑っていない完璧なポーカーフェイス。
「……」
私はどうしたかというと、何も言葉が浮かばずに黙っていた。いや、正確には口が動かなかった。
傷ついた心は回復し、未練も残っていないと思っていた…いや、無理やり思っていた私の気持ちは爆発し、一粒の涙が頬を伝った。
…私はずっと傷ついてたんだ…ずっと蓮が好きだったんだ。忘れなれなかったんだ……
この時になってはじめて自分の気持ちに正直になった。
涙を流した私を見て、蓮はすぐに立ち上がり涙をぬぐってくれた。
その手は温かく、優しさと不器用さが混ざっているようだった。多分蓮も動揺しているのだろう。
「すまない…傷つけた……」
蓮の優しい声に視界が涙でにじみ、滝のようにしずくがこぼれていく。
涙腺が崩壊し、泣きじゃくる私を蓮は隣に立ち、落ち着くまで静かに待ってくれた。プライドが高いあれにとって精一杯の慰めだろう。
数分後、徐々に落ち着きを取り戻した私が一番最初に発した言葉は、
「ありがとう…」
そして、
「ごめんね…ずっと勘違いしてた………」
かすれた声が喉を経て言葉として出てくる。あまりの小ささにちゃんと届いているか不安になったが、ちゃんと届いたみたいだ。
蓮が、
「いや、俺も悪かった。すぐに誤解を解けばよかったものの…」
本当に後悔しているようだ。その声に後悔と怒りが混じっている。
うれしかった。自分は捨てられたんじゃない…そう思えたから……
「じゃあ、なんですぐに解かなかったの?」
だいぶ気持ちが楽になり、何も考えずに聞いてしまった。蓮の優しさがうれしくって、たぶん私は少し笑っているのだろう。作り笑いの笑顔でもなく、ひきつった笑顔でもない――本物の笑顔……
そんな私の笑顔に気づいた蓮は安心して自分の席へ戻っていった。
もう少し隣にいてくれてもいいのに…と少し思ったが、隣にいてくれただけで精一杯だということを考えると少し可愛く見えてしまう。
意外な蓮の一面を見れて気持ちが高ぶり、まじまじ見ていると蓮が恐ろしいことを平然と口にした。
「あいつらを潰してたから…」
「…へ?」
さっきの私の問いの答えだろうか…おそらく”あいつら”は美弥子さんと玲羅さんのことだ。じゃあ、”潰した”とは?比喩だよね?蓮だとしても、物理的に潰すわけないよ…ね?
「うーん…ちょっとおかしなことを聞くけど…生きてるよね?美弥子さんと玲羅さん…」
「安心しろ。マジで潰そうとしたけど、美鈴奈そういうの嫌だろ?根性でギリギリ殺さなかった。」
よかったぁ。蓮、人の存在を消すことなんて簡単なことだから本当に焦った…
…でも、ギリギリ殺さなかったって…美弥子さんと玲羅さん、大丈夫かな… まあ、しょうがないか!私と蓮を別れさせようとしたんだから、当然の罰だよね!
…と、なぜか納得する私だった。
「そして、あのばばぁの味方、派閥を全部潰した。」
補足だが、”潰した”とは、物理的な意味ではなく、社会的に潰したという意味らしいのだ。
だから、この場合は一斉解雇したと訳せるだろう。
「それは大変ね…」
いつもの余裕(余裕なんていつもないのだが…)を取り戻した私は、少し他人事の口調になってしまったようだ。そんな気持ちの緩みを蓮は見逃さない。また、意地悪な笑みを浮かべる。
「そうだよ、大変なんだよ?俺がこんなに暴走したのも、こんなに解雇者を出したのも美鈴奈のせいだよ?」
「え?」
他人事だと思っていたのに、急に自分の名前を出されて頭が追い付かない。なんで私のせいになるの?私、関係なくない?
「俺をこんなにも惚れさせた美鈴奈のせいだよ。どう責任を取ってくれるの?」
それは、今まで見たことがない、蓮の甘えモードだった。
読んでくださった方、本当にありがとうございます。
面白いと思ったら、シェアやブクマや【星5★★★★★】を押してくれると、とても励みになります。
コメントは全部読みます。
最後に……読んでくれて本当にありがとうございました。




