第4話:迷霧と骸獣
「バカね、さっきも言ったじゃない。廃品として売るのよ! あんたみたいな旧時代の遺物は、それだけで価値が高いんだから。それに、もし正常に動くなら、金持ち連中がこっそり飼うこともあるわ。システムを消去して最低ランクのサービスロボットに改造するの。家の門番や執事に仕立てて見栄を張るのが、末世の豪商たちのステータスなんだから!」
朗はあらゆる可能性を想定していたが、結菜の言葉には絶句した。
見栄の道具? 執事だと? 舐めるのもいい加減にしろ!
「……もう一つ聞く。一番近い電源はどこだ? どこに行けば電力が手に入る。この質問に答えれば、この男は好きにしろ」
理由がどうあれ、この世界は自分にとってあまりに不都合すぎる。生き残り、何が起きたのかを突き止めるためには、まずはエネルギーを補充し、生存の資本を確保せねばならない。
「電気? それなら『ピット(坑道)』ね。この辺り百里で、電気が通ってるのはあそこくらいよ。まあ、私は行ったことないけど」
結菜が説明する。
「お、俺は知ってます! ロボットの旦那、俺はあそこに行ったことがある!」
**馬狼**がようやく活路を見出し、必死に叫んだ。
「行ったことがあるだと? そこに電気はあるのか?」
今度は朗もその頭を踏みつけず、足を退けて顔を上げさせた。
「あります、ありますとも! あそこでバッテリーセットを買ったこともある。間違いなく電気は通ってます。ピットには旧式の核融合発電所があるんです! バッテリーの販売は、あいつらの重要な収入源の一つですから」
馬狼は自分の言葉が嘘でないことを証明しようと、必死にまくし立てた。
核融合発電所だと? それは思いがけない朗報だ。
朗の電子の瞳が光を放った。しかし、すぐにピットへ向かうような真似はせず、こう問いかけた。
「お前の持っているバッテリーはどこにある? まだ残量は残っているのか?」
「あります、あります! 普段はもったいなくて使えねえから、俺たちの隠れ家に置いてあります!」
ロボットにはエネルギーが必要だと知っている馬狼は、これでひとまず死を免れると確信した。
「立て、案内しろ」
エネルギーこそが命だ。朗は立ち上がった。現在の残量では、一歩ごとに回路が悲鳴を上げているようで、極度の不快感を覚える。特にこの旧式の機体はバッテリーの蓄電能力が著しく衰えており、動作するだけで電力が激しく削られていく。
馬狼は首の皮一枚で繋がった命を大事そうに抱え、二人の仲間の死体など目もくれず、揉み手をして先導し始めた。
都市の廃墟は広大だった。三十分ほど歩き続けても、周囲には依然として廃ビルが立ち並んでいる。苔や蔓に覆われた無残な建築物は、まるで幽霊屋敷のような陰鬱な空気を漂わせていた。
雑草の中に乱雑に放置された無数の車両は、錆びて骨組みだけになり、あちこちに転がる人間や動物の枯骨が、この世界がかつて辿った凄惨な末路を物語っていた。
「あんた……自分の家に帰らずに、いつまでついてくる気だ?」
しばらく歩いた後、結菜が相変わらず後ろからついてきていることに気づき、朗は足を止めて不審そうに尋ねた。
「あんたを掘り出したのは私。あんたは私の財産よ。ついていくに決まってるでしょ。目を離した隙に失くしちゃったらどうするのよ!」
結菜は当然だと言わんばかりに胸を張った。
朗は呆れ果て、吐き捨てるように言った。
「何度も言わせるな。俺は人間だ。人間なんだ!」
「違うわ」
「……俺だ。今のこの体には、深い事情があるんだ」
朗は強調したが、結菜は淡々と返した。
「体こそが人間の根本よ。どれほど知恵があっても、意識が芽生えて人間みたいに考えられたとしても、あんたは人間じゃない。例えば、高ランクの**骸獣**や、一部の変異した動植物だって、人間並みの知恵を持ってるわ。でも、あいつらを人間とは呼ばないでしょ?」
「ロボットも同じ。知恵があって意識があるからって、それが人間である証拠にはならないわよ」
結菜の言葉は理路整然としていた。
朗は返す言葉が見つからず、沈黙した。認めざるを得ない。自分が肉体を捨て、意識をデータストリームへと変換したその瞬間、自分は純粋な「人間」ではなくなったのだ。
エデン・プロジェクトがどうだ、人間から転換されたのがどうだと言ったところで、人間の体を持っていない以上、すべては空論に過ぎない。
今の自分は、客観的に見れば「思考し、意識を持つロボット」でしかないのだ。
「ロボットの旦那、俺はあんたが人間だと信じてますぜ! どっかの古い歌にもあったでしょう、『格好は変わっても、心は変わらず』って。心が人間なら、あんたは立派な人間ですよ!」
馬狼が媚びるように調子を合わせた。
「旦那と呼べと言った覚えはない。誰が口を叩いていいと言った。さっさと案内しろ」
朗は苛立ちを込めて一喝し、馬狼を先に行かせた。だが、心の中では思考を巡らせ始めていた。
エデン・プロジェクトが実行された際、英雄である志願者たちの肉体は、いつの日か帰還することを信じて専用の貯蔵施設に保管されていたはずだ。
再び人間へと戻る唯一の方法は、自分の肉体を見つけ出し、意識を再びその内に戻すこと。そのためには生き残り、ここがどこなのか、そしてこの世界に何が起きたのかを突き止めねばならない。
「……お嬢ちゃん、さっき言っていた『骸獣』とは何だ?」
朗は結菜に尋ねた。先ほども彼女の口から出た言葉だったが、聞き流していた。人間並みの知恵を持つという話が、今になって引っかかったのだ。
「骸獣を知らない? おかしいわね、ロボットが消滅する前から骸獣は現れてたはずなのに」
結菜は訝しげな視線を向けた。やはりこのロボット、地底に数百年埋まっている間に頭の回路がイカれたのではないか。
結菜の話に馬狼の補足を加えると、状況はこうだった。
約三百年前、突如として「終末」が訪れた。
空に無数の裂け目が現れ、そこから溢れ出した底なしの迷霧が天地を覆い尽くし、大地を闇と極寒へと叩き落とした。
最悪だったのは、霧と共に現れた異様で強大な生物たちだ。奴らは迷霧を隠れ蓑に、人間や地球上のあらゆる生物を襲い始めた。
その化け物たちこそが、「骸獣」と呼ばれている。
ある者は言う。骸獣は霧と共に裂け目の向こうからやってきた異世界の生物だと。
またある者は言う。あいつらは、迷霧の影響を受けて変異した地球の生物なのだと。
だが、真実がどちらであれ、もはや重要ではなかった。
重要なのは、人類が絶滅の危機に瀕したという事実だ。
突如として始まった骸獣の侵攻により、人類は初期段階で甚大な被害を出し、死傷者は数えきれないほどに膨れ上がった。
しかし、唯一の救いもあった。迷霧による変異は、人類の一部に肯定的な影響を与えたのだ。
特殊な能力に目覚めた者たち――。
彼らは、「適合者」と呼ばれるようになった。




