第3話:失われた歴史
人を殺すにせよ、遺品を漁るにせよ、少女の手つきはあまりに手慣れていた。特に彼女が口にした「殺さなきゃ、自分が死ぬ」という言葉は、朗の心を強く揺さぶった。
少女の口から発せられたその言葉には、隠しきれない冷酷さと血の匂い、そして容赦のない残酷さが漂っていた。
「この二人もあんたの獲物? いらないなら私がもらっていい?」
面長の死体からかなりの物資を剥ぎ取った少女は、満足げに微笑むと、今度は**馬狼**と大髭の二人へぎらついた視線を向けた。
もはや、朗を標的にするつもりはないらしい。動くロボットは金になるが、拳銃でも死なず、馬狼をあっさり無力化した化け物を相手にするほど、彼女は愚かではなかった。相手にその気がないのなら、下手に刺激しないのが荒野で生き延びるための鉄則だ。
「この売女が……! 兄弟を殺しやがって、タダで済むと思うなよ!」
負傷した大髭が激昂し、罵声を浴びせる。朗は無造作にその大髭を蹴り飛ばし、少女の足元まで転がした。
「いいだろう、こいつはやる。代わりに教えてくれ。ここはどこだ? それから、機械族はどうなった? 絶滅したのか?」
「ここはスプロ地区よ。機械族なんて聞いたこともないわね」
少女は喜々として大髭を受け取ると、男の悲鳴と罵声を切り裂くように、迷わずその喉を掻き切った。
あまりに鮮やかな手際に朗は思わず目を細めたが、彼自身、死山血河を越えてきた身だ。殺生そのものに不快感はない。
だが、少女が「スプロ地区」と言い、機械族を知らないと答えたことには驚愕を禁じ得なかった。
「質問を変える。人間とロボットの戦争はどうなった? どちらが勝ったんだ? あの大爆発から、一体何年が過ぎた?」
少女は死体を漁りながら、いら立ちを隠さず吐き捨てた。
「ロボットなんてとっくに絶滅してるわよ。戦争だの大爆発だの、何の話? あんた、やっぱり頭の回路がショートしてんじゃないの? わけのわからないことばっかり言って」
知らない? 朗は自分の演算回路が本当に焼き切れたのではないかという錯覚に陥った。
一体どういうことだ。時間が経ちすぎて、歴史が風化してしまったというのか?
周囲を見渡せば、至る所が崩れた壁と植物に覆われている。廃墟と化したビルの中からは、天を突くような巨木が何本も突き出していた。街がここまで変貌するには、少なくとも一、二百年はかかる。
だが、たとえ数世紀経ったとしても、生存した人類が機械族との大戦や、自らを犠牲にして放ったあの大爆発を忘れるはずがない。人類は自らの文明と歴史を忘却するほど堕落してしまったのか。
朗が再び考え込んでいると、少女は彼が本当に故障したのだと思い、催促した。
「のろまなロボットね。残りの一人もさっさと渡しなさいよ。急いで片付けてここを離れないと。さっきの銃声と血の匂いで、すぐに骸獣や変異生物が集まってくるわ」
少女の冷徹さに、馬狼は震え上がった。ロボットも人類の宿敵だと聞くが、目の前の少女の方がよほど恐ろしい。朗が自分を彼女に引き渡すのを恐れ、馬狼は必死に命乞いを始めた。
しかし、同胞であるはずの人類に歴史を忘れ去られた悲憤から、朗は馬狼の頭を無造作に踏みにじった。その顔を地面に押し付け、呻き声しか漏らせないようにする。
「お嬢ちゃん、教えてくれ。人間の都市はどこにある? 私の言っているのは、歴史が正しく記録されている場所だ」
目の前の現実は、朗の知る世界とは決定的に違っていた。ここがどこなのか、爆発の後に何が起きたのか、一刻も早く突き止めねばならない。
「人間の都市に行きたいって?」
少女は驚き、初めて朗を「物」ではなく「個体」として真剣に見つめた。
「どうした、いけないのか?」
荒野の遺民たちは歴史を知らないかもしれない。だが、人類の居住地、文明と伝承が息づく場所であれば、かつての英雄の犠牲を忘れているはずがない。
何より、朗は深刻なエネルギー不足に陥っていた。一刻も早くエネルギーを補充するか、より高度な機体に意識を移さなければ、遠からずシステムは停止し、永遠の眠りにつくことになる。この骨董品の体は、歩くたびにきしみ、いつバラバラになってもおかしくない。ナノマシンがあっても、エネルギーがなければ修復は進まないのだ。
少女は馬鹿を見るような目で朗を見た。
「死にたいの? あんた、本当にバカね。都市に着く前に、部品としてバラバラに解体されるのが落ちよ」
「解体されるだと?」
朗は努めて冷静に問い返したが、旧式の合成音声は感情のない無機質な音を響かせるだけだった。
「自我を持ったロボットは、地球上の全生物を抹殺しようとした人類の宿敵。三歳の子供だって知ってるわ。あんたがロボットである以上、味方なんてありえないのよ」
少女は大きな瞳を瞬かせ、自分は騙されないぞと誇示した。
「……確かにロボットは人類の敵だった。だが、俺が今こうしているのには特別な理由がある。考えてもみろ、本物のロボットがこんなに穏やかに話をすると思うか? 奴らなら、人間を見た瞬間に射殺しているはずだ」
朗はやりきれない思いで説明した。
この少女は「大爆発」すら知らない。ならば「エデン・プロジェクト」など理解できるはずもない。
「ロボットが消えて数百年よ。本物がどうかなんて知らないけど、人間がロボットやAIを許すはずがないわ。……それより、その男を渡しなさいよ!」
少女は目を丸くして、朗の足元にいる馬狼を要求した。
手首を折られ、悶絶していた馬狼だが、朗に顔を地面にこすりつけられ、もはや声も出せない。だが、二人の仲間を立て続けに殺した少女が自分を狙っていると知り、恐怖に駆られて再び叫んだ。
「助けてくれ、殺さないでくれ! 言うことは何でも聞くから!」
「誰が喋っていいと言った」
朗は一喝し、再び彼を地面に沈めた。だが、馬狼の言葉がふとした疑問を呼び起こした。
「……待て。それほどロボットが憎まれているなら、なぜこいつらは、俺を見た時にあんなに喜んだ? 俺を金に換えると言っていたぞ」
馬狼たちだけでなく、この少女も自分を奪い合おうとした。もし憎悪の対象でしかないのなら、真っ先に破壊しようとするはずだ。




