第2話:荒野の野良犬
頭をわずかに逸らす。石塊は頬を掠め、背後の地面に激突した。
「俺は人間だ、ロボットじゃない!」
朗は怒鳴りつけた。内心では冷や汗ものだ。頭部の金属カバーはどうやら不安定らしく、今の直撃を受けていたら、文字通り頭が消し飛んでいたかもしれない。せっかく重生したというのに、この小娘に叩き殺されるなど御免だった。
朗は右腕に残った力を込め、掴んでいたシャベルを投げ飛ばした。シャベルは鋭い音を立てて少女の足元に突き刺さる。
「へっ、私が節穴だとでも思ってんの!」
あと数センチずれていれば両足が切断されていたはずだが、結菜は怯えを見せつつも、鼻で笑って凶暴に言い返した。
だが直後、彼女は異変に気づき、声を上げた。
「……わあ、あんた、本当に喋ってるの?」
「当たり前だ。ここに他に誰かいるか?」
全身金属の骨組みを晒しながら「人間だ」と言い張る自分に、朗自身も無理があるとは感じていた。だが、ロボットは皆殺しだという彼女の言い分を聞く限り、自分が人間であるという事実は強調し続けておく必要があった。
「ははっ! 誰もいないだって? 俺たちがいるじゃねえか!」
朗の声が消えぬうちに、横から下卑た大声が響いた。
「こいつは驚いた……生きてるロボットじゃねえか!」
廃屋の崩れた壁の裏から、三つの影が飛び出してきた。
このタイミングでの登場、そしてこの狡猾で勝ち誇ったような声。ろくな連中ではない。結菜は驚いた鳥のように身を強張らせ、慌ててシャベルを構え、悔しさと警戒の混じった瞳で来訪者を睨みつけた。
現れたのは、三人の屈強な男たちだった。少女の威嚇など目もくれず、彼らのぎらついた視線は朗に釘付けになっていた。髑髏のような金属骨格が、彼らの目には裸の美女よりも魅力的に映っているようだった。
「馬狼さん、俺たちツいてますぜ! 大当たりだ!」
右後ろに控える大髭の男が、下品に口を歪めて貪欲な笑みを浮かべる。
「野郎ども、油断するなよ。こいつは一筋縄じゃいかなそうだ」
リーダー格の馬狼もまた興奮を隠せず、唇をなめると腰から拳銃を引き抜いた。
「このロボットは私が掘り出したの! 私の財産よ!」
無視されたことに憤った結菜は、自分の獲物を守ろうと、朗の前に立ちはだかってシャベルを振り上げた。
「お前の? 笑わせるな。俺様が目にした瞬間から俺のもんだ! どけよ、今日は機嫌がいいんだ。さもなきゃ痛い目を見るぜ」
馬狼は冷酷な視線を結菜に投げると、彼女を乱暴に突き飛ばした。結菜は地面に転倒する。
「馬狼さん、このガキは小さいですが、一応女だ。連れ帰って一通り遊んだ後、鉱坑に売り飛ばしましょうぜ」
馬狼の左隣に立つ面長な男が、まとわりつくような不快な視線で結菜を舐めまわした。その男は、メイクもいらないほど根っからの悪党面をしていた。
しかし馬狼は鼻で笑い、毒づいた。
「てめえ、脳みそ腐ってんのか? どっちが重要か考えろ。このロボットがありゃ、『進化薬』が手に入るんだ。超凡の力を覚醒させちまえば、女なんていくらでも寄ってくるんだよ!」
「……へい、おっしゃる通りです!」
面長な男は名残惜しそうに結菜を一瞥すると、馬狼、大髭と共に銃を構え、朗を包囲するように詰め寄った。
かつての朗であれば、こんな雑魚など一瞥する価値もなかった。だが今は、ボロボロの機械の体に閉じ込められている。エネルギーは底をつき、下半身は瓦礫の下だ。何年埋まっていたのか、土と岩が体をガチガチに固定しており、すぐには引き抜けない。
「貴様ら、何者だ? 俺が誰か分かっているのか!」
朗は焦った。生の希望が見えた途端、得体の知れない連中に邪魔をされる。自分は人類のために機械族を滅ぼした英雄だぞ。それがこの扱いか?
「こいつらは荒野の野良犬よ。殺しも略奪も平気でする、クズ共よ!」
地面に倒れた結菜が、憎しみを込めて吐き捨てた。
「ほお……。このロボット、喋るだけじゃなくかなり知恵も回るようだな」
面長が珍しそうに言った。
大髭が尋ねる。
「馬狼さん、生きたロボットは闇市じゃ高値で売れます。見栄を張りたがる有力な大家族どもが喜ぶんですよ。生け捕りにしますかい?」
「馬鹿野郎、ロボットに生も死もあるか。動けばそれでいいんだ。まずは安全を確保しろ。こいつはかなりボロだ。大熊、お前が引っ張り出せ。反撃できるか確かめてやる」
馬狼は銃口を朗に向けたまま、顎で大髭に合図した。
「了解!」
荒野の廃墟で荒事をこなしてきた大髭は怯まない。朗に近づくと、力任せにその体を泥の中から引き抜いた。
その瞬間、半死半生だったはずの朗が仕掛けた。
不意を突かれた大髭は、朗の強力な突き押しによって馬狼の方へと突き飛ばされる。異変を察した馬狼が引き金を引こうとするが、大髭の巨体が視界を遮った。
一方、遮るもののない位置にいた面長の男が、拳銃を五連射した。至近距離のため、狙うまでもない。銃弾は朗の体に金属音を立てて命中した。しかし、旧式とはいえ合金製の骨格は異常なほど硬かった。通常の弾丸では白い痕を残すだけで、致命的なダメージには至らない。
皮肉なことに、跳ね返った弾丸の一発が大髭の足に当たった。
「ぐあああっ!」
大髭が悲鳴を上げて崩れ落ちる。
遮蔽物が消え、馬狼がようやく好機を得た。しかし、銃を持ち上げた瞬間、絶叫したのは彼の方だった。大髭が倒れた一瞬の隙に、朗はすでに眼前に肉薄していた。銃を構えた手首を掴み、そのままへし折る。悲鳴と、骨が砕ける嫌な音が同時に響き渡った。
「馬狼さん! 大熊!」
瞬く間に三人のうち二人が戦闘不能になった。面長の男は叫んだが、助けようとはせず、即座に背を向けて逃げ出した。だが、走り出した刹那、倒れていたはずの結菜が亡霊のように彼の足元に飛びついた。
「どけっ……!」
ロボットに怯えきっていた面長が叫びきる前に、冷たい閃光が走った。結菜は冷酷な表情で、鋭く研がれた細長い鉄片を彼の首筋で拭った。
男は喉を押さえ、信じられないという表情のまま、不本意そうに地面に倒れ伏した。
「……お前、殺したのか?!」
朗は戦慄した。この若さで、これほど容赦のない手口、これほど冷酷な心を持っているのか。
「ロボットも人殺しが怖いの? 荒野じゃ、殺さなきゃ自分が死ぬだけよ」
少女は淡々と言い、鉄片を口に咥えた。朗を警戒しながらも、素早く身を屈める。面長の男から拳銃を奪い、死体を漁って細々とした物資を回収すると、それらを乱暴に懐へ詰め込んだ。そして、ようやく満足そうに立ち上がった。
その一連の動作を見て、朗の脳裏にある言葉が浮かんだ。
――「ただ、手の熟せるのみ(慣れているだけだ)」。




