第1話: 再起動(リブート)
「ガラン!」
頭部に重い一撃が走り、朗は目を開けた。
正確には、視覚キャプチャシステムを起動させたというべきだろう。
「ガラン!」
また一撃。頭を叩かれる。痛みは感じないが、意識は混濁し、視界には火花が散るようなノイズが走る。
三秒ほどの葛藤の末、ようやく視覚システムが安定し、目の前の光景が鮮明になった。
視界に飛び込んできたのは、黒く痩せこけた小さな少女だった。汚れきったボロ布のような服をまとい、顔も泥だらけだ。ただ、その瞳だけが黒々と輝いている。
突如として朗のシステムが再起動し、電子の瞳が青い光を放ったのを見て、少女は驚愕して後ずさった。
「俺は……まだ、生きているのか……」
朗は声を絞り出そうとした。だが、口から漏れたのは激しい電流のノイズだけだった。
「ロボットを掘り出しちまった……それも、まだ動いてる?!」
泥と瓦礫の下に半ば埋もれた鋼鉄の骨格を見て、少女は慌てて落としたシャベルを拾い上げた。何かあれば、即座に叩き伏せる構えだ。
「¥#@……」
朗は骨格を揺らし、再び発声を試みるが、やはり軋むようなノイズしか出ない。
システム自叙診断開始:
・動力システム:90%破損、予備エネルギー10%未満
・言語システム:95%破損、正常な発声不能
・左腕:欠損
・胸部:不可逆的損傷、武器システム99%破損
……
電源が立ち上がり、システムが稼働するにつれ、次々と集計される絶望的なデータに朗の心は凍りついた。ロボットの身ゆえ、物理的な心臓などとうにないが、心境は同じだった。
(どういうことだ? これは何十年前の骨董品だ。なぜ俺が、こんな機械の体の中にいる?!)
自己診断の結果よりも朗を驚愕させ、困惑させたのは、自身の現状だった。道理でいけば、自分はあの大爆発の中で死んだはずだ。なぜロボットの中に、それもこんな旧式の中に堕ちている?
ロボットが自我を持ち、人類を徹底的に裏切って以来、こうした原始的な骨格タイプのロボットは、歴史の表舞台から完全に姿を消していたはずだ。
交流型から智慧型へ、そして聡慧型へ。人工知能は人類の想像を遥かに超えて賢かった。奴らはわずか50年足らずで高度な技術を掌握し、自らの体を更新し、強力な変形ロボ、液状ロボ、さらにはナノマシン・ロボットを造り上げた。
死ぬことのないネットワーク互換体であり、超人的な演算能力と殺傷力を持つロボットを前に、人類は敗北を重ね、絶望的な窮地へと追い込まれた。そしてついに人類は「エデン・プロジェクト」を始動。生き残ったエリートの中から100名の志願者を選び、個人の意識をデータストリームへと変換。正体を偽って、機械族の拠点へと侵入させたのだ。
計画は成功したはずだった。機械族の拠点で反物質エネルギーが炸裂し、地球の半分が壊滅した。あの大爆発の後、すべては無に帰したはず。なのに、これは――ロボットとして転生したというのか?! それに、ここは一体どこだ?
朗が再び沈黙したのを見て、少女は恐る恐るシャベルを伸ばし、その体を小突いた。
「ガラン!」
朗は本能的に残っている右腕を突き出し、シャベルを掴んだ。
「お嬢ちゃん、ここはどこだ?」
再び問いかけるが、やはり言葉はノイズとなって消える。
逆に少女は驚いてシャベルを二、三度引いたが、奪い返せないと悟るや否や、体をひねって朗の髑髏のような顔面に蹴りを叩き込んだ。
凶暴で、荒っぽく、一切の無駄がない動きだ。
朗の頭部は衝撃で地面に叩きつけられ、耳を刺すようなシステム警告音が脳内に響き渡った。少女の一蹴りは、ただでさえ満身創痍の機体に追い打ちをかけた。回路は接触不良を起こし、電源は断続的になり、データ流としての意識すら霞み始める。
(人類の存亡のためにすべてを捧げて、最後はこんなクソガキの手に、わけも分からず無様に殺されるのか?)
朗は猛烈な苛立ちを覚えた。どこから現れたガキだ、あまりに野蛮すぎる!
『ピーン!』
『データ意識と機体モデルの照合に成功。損傷甚大、自律修復を開始しますか?』
電源が途切れ、終わったかと思ったその瞬間、自己診断システムに劇的な変化が生じた。
絶望の淵で、朗は震えるほどの歓喜に包まれた。
自律修復能力――それはナノマシンの核となる機能であり、人類の自己治癒能力に近い。機体がどれほどのダメージを負おうとも、体を構成する幾億ものナノマシンが即座に傷口を修復するのだ。
かつて人類と機械族が戦った際、このナノマシンがどれほどの人類を虐殺し、逆に人類がいかにナノマシン一体を殺すのにも苦労したことか。
現在のこの体は、合金の骨格に配線が隠されているだけの極めて前時代的なもので、せいぜい「智慧型」レベルだ。このランクのロボットに、自律修復能力など備わっているはずがない。
だが、どういうわけか自分のデータ意識がこの機体にアップロードされた際、ナノマシンのような自律修復能力も同時に持ち込まれたらしい。システムが起動し、バイオニック神経を通じて、体内のナノマシンと瞬時にリンクした。
とはいえ、体内に残る極微細なナノマシンの数はわずか数万。ほぼ無視できるほど微々たる量だ。だが、その数万のナノマシンこそが、朗の最大にして唯一の勝機だった。こいつらがいる限り、まだ「蘇生」できる可能性がある。
理由は不明だが、生きられるのなら死にたい奴などいない。
「修復開始!」
朗が迷わず選択を下すと、ナノマシンが即座に動き出した。
『警告! 警告!』
直後、システムはあまりに無慈悲な結果を弾き出した。
『エネルギー不足。全面修復はシステムダウンを招きます。死亡確率99%!』
ふざけるな、これでは修復どころか自殺ではないか!
「言語システムの修復に必要なエネルギーを測定しろ」
朗は即座に思考を切り替えた。まずは対話だ。現状を把握せねばならない。
『消費電力0.001%』
それなら許容範囲だ。朗は即座に修復を命じた。エネルギーシステムこそが肝だが、供給が追いつかなければ、いつでも終わりだ。言語システムを直した後、さらに0.05%の電力を費やし、不安定なエネルギー供給系をわずかに補強した。
少女が再び、朗の顔面に蹴りを見舞った。
むき出しの機械の頭蓋で、一対の青い電子の瞳が明滅し、今にも消えそうだ。攻撃の手応えを感じたのか、少女は一気に自信を深めた。彼女はもうシャベルを奪い返そうとはしなかった。代わりに手近な石を抱え上げ、このロボットに引導を渡そうとした。
「やめろ!」
間一髪、朗の声が響いた。
「へっ、ロボットなんて、みんな死んじまえ!」
少女は止まらない。石が、唸りを上げて振り下ろされた。




