雨の夜、アールグレイと猫 ――少しほろ苦くあたたかい夜
現代女性のちょっと切ないお話を書いてみました。
今年もあとわずかという今日。
いきなりのスコールにそぐうし、カバンを抱きかかえ走って帰宅した。
いつもは「いざというとき」を考えて、折りたたみ傘を携えていたのに、なぜかちゃんと活かせていない。
きれいなフォルムに心奪われ「一軍」として迎えた黒いヒールも、走り去ったタクシーに水しぶきをかけられて台無しになってしまった。
ついていない。
数年前から“おひとり様”になった私に、貴婦人な同居人が「にゃー」と言って出迎えてくれた。
なのに水浸しな姿を見るなりつれなく去っていく。
その後ろ姿はまるで女王様だ。
期待はしてはいけない。
人生はそんなものだ。
冷え切った体を熱い湯船でほぐし、お気に入りのカップでお茶を入れる。
今日はアールグレイにブランデーをほんの少し。
いや、いつもより多めに入れよう。
今日は本当に疲れたから、ほっと一息つきたいのだ。
SNSで見たくもない「おめでとう」の記事が目に入った。
私ではかなえられなかった“3人の家族写真”がそこにある。
どこで間違ったのだろう。何がいけなかったのだろう。
思考はどんどん深みにはまりだす。
スマホを持つ手から、すうっと血の気が引いていき、一気に体が冷え込んだ。
お昼のことを思い出しうつむく私に、貴婦人があきれた顔で声をかけてくれた。
『なにやってるの』そんな風に叱咤激励してくれているように聞こえた。
そうだ、顔をあげよう。
私が選んだこの人生。
間違いだと思うことが自分に失礼だ。
やりたい仕事があった。
異なる考えや生活習慣をうまく合わせられなかった。
「仕方なかった」という言葉は、逃げだと言われたこともあったけど、自分には嘘はつけなかった。
「愛」がなくなったわけでもないが、かみ合わなくなった歯車はもとに戻せなかった。
幸せになってほしいけど、なってほしくないと思ってしまう。
勿論、口に出して言わないけれど。
思うくらいはいいよね。
少しぬるくなった紅茶を持って窓辺に近づく。
雨脚は先ほどよりは弱くなったが、まだ降り続いている。
しとしと。
とても静かだ。
ふう……と息を吐き、だんだんと気持ちが落ち着いてきた。
きっと疲れていたのね。
普段ならしないミスをしたのも、きっと疲れていたのだ。
大丈夫、大丈夫。
明日はきっと晴れるから。
『おなかすいた~』と貴婦人が猫なで声をあげてすり寄ってきたので、自分も空腹なのに気が付いた。
さて、今日は何を食べよう。
北欧で買ってきたチーズがあったから、簡単におつまみでも作ろうか。
そういえば、開けずにいた赤ワインもあったはずだ。
そうなるとお肉が食べたくなる。
おいしいものを食べることに思考が移った私は、引き出しからワインオープナーを取り出しいそいそとキッチンへと向かった。
おいしいものは「正義」だ。
鼻歌交じりでテーブルへ好きなものを並べている背後。
貴婦人が獲物を狙っていることに私は気づかない。




