第54.5話 瑠璃奈ちゃん怒る
「蝶番さん?」
「……あ、オタク」
「蝶番さん……。やっと反応してくれた。僕、心配になってたよ……」
「え、え……。て、てか、オタク……?」
「え? うん。そう呼ばれてはいるけど」
「オ、オタ、オタク……、なんで……」
「なんで、と言われても。塾に来たんだけど」
「い、今の会話……聞いてたの……?」
「ん?」
いや、なんでここにいんのよ。ていうか、さっきの会話を目の前にして、どうしてこうも普段通りな対応で塾に来てんの。だからどうして塾にいんのよ。来てんのよ。なんで連絡も何もよこさないわけ?
ああ、ヤバい……。なんかイライラしてきて心臓が痛い。なにこれ。そんでこの顔面の熱さはなんなの。ねえ見えてるよね? バッチリ顔見てるよねオタク?
さっきのアタシの問いかけに冷静に返答してきた。
「ああ、うん。それなりには聞こえてきたよ。聞いてたわけじゃなくて、聞こえてきたってことが重要だね」
「あ、あぁぁぁぁぁ〜〜〜……!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ〜〜〜……!!!」
はい無理。もう帰る。帰りたい。今すぐに帰りたい。そして死ぬ。死! 死死死死死死死! 呪い! 呪われろアタシ!
なんでこんないいタイミングで登場すんのよ、クソオタク! ふざけんな! こんなになるなら来んなよ! マジで! 来んな! ……やっぱ撤回、来い! でも今日は来んなよ! 今は来んなよ!
「ご、ごめんね。勝手に、何も言わずに来なくなったりして……。僕としても理由があったんだ」
「……」
「実家に帰っててさ、まあ、それだけが理由になるんだけど。ただ、これはとても重要なことだったから、その……外せないことだったから」
「……ん」
平静を保つアタシは、スケジュールに関しては真面目なオタクの必死の弁解を聞き入れる。そっけなく返事をして、頬杖をついて体重を支えながら、先ほどの取り乱しをあたかもなかったかのように振る舞っている。なにこれ。オタク心のなかで笑ってんだろ。
そしてしばらくの沈黙が続く。
たしかにオタクも自分の時間ってものがあるのは分かる。塾だってその一つに過ぎないんだ。アタシだってこれは自分の時間という意識はある。ただ……オタクがいないとアタシは頑張るってことが続かないし、第一コイツとの勉強は一人でやるよりも断然捗ってしまう。不本意だけれど、オタクがいたほうがアタシは調子がいい。
あの時の電話……結構自分勝手だったな……。
迷って、罪悪感が口から出る。
「アタシもごめん……。あんなこと言って……。強く言いすぎた……」
「い、いや、いいよ。僕の方が悪いんだし」
「あの後、ずっと悩んでた……。アンタ、本当にもう来ないんじゃないかって……。それは、嫌だった……」
「僕も考えたけどね。行こうか、行かないか。なんか、蝶番さんとは仲が悪くなっちゃって、行きにくかったし」
「……ん」
「そ、それに……」
オタクは恥ずかしそうに言った。
「き、期待ってなんだろうって考えてたら、もっと行きにくくなっちゃうし……」
顔は真っ赤だった。
「……ん。勉強」
「あ、ああ、うん。勉強だね」
「ここ」
「ここだね? うん、ここはこれを使えばできると思うよ」
「……ん。ありがと」
「どういたしまして」
ん。そんなそっけない返事をまたやった。アタシは平然と勉強に移った。
いや無理だし! 移れるわけないから! 平然でもないし! それに、は!? なに!? なんなの! マジでなんなの!? 期待っていうのにドキドキしてんの!? アタシが言ったやつじゃん……! あの時言い終わって一人で恥ずかしくなってたやつじゃん! それをオタクも意識してたってこと!? なんそれ、ガチでアタシのこと大事に思ってんじゃん……! 大切に思ってんじゃん……!
それにその顔なに!? 顔真っ赤! 耳真っ赤!
ガチでなに……!? マジでなに……!? はぁ……もう無理ぃ……! ふざけんな! クソオタク……!
瑠璃奈ちゃん怒る。




