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第6話 抱きしめてもいい?

 金城さんは静かに僕の着替えが終わるのを待っていた。


 かなり久しぶりに試着をする。当然バイトを始めた頃に一度だけ店の制服の試着があったのだが、しかしそれはもう数ヶ月前のことなので、結局は長い間そのようなことをしていないことになる。


 それにしても、なぜこうなった……。勝手に連れてこられたのが洋服店というのは、ギリギリ分かる。だけどな、なぜ僕が試着をするハメに……。普通こういうのって連れてきた人がするものだろ。それも女性はオシャレとか流行に敏感だから、自分から進んでやろうとすると思う。それがなぜ僕なんだ……。金城さんはそういう系のギャルじゃないのか?


 スルスルとスムーズに脱いでいく。自分で思うのもなんだが、こういう脱ぐ時の音って妙に艶かしいよね。


 何考えてんだろ、僕。いいから金城さんを呼べよ。


「金城さん?」

「ん? あ、終わったの? じゃあ見せて見せてー! オタクっちのカッコいい姿をこの目で見ないといけないからねー!」

「カッコ良くはないと思うけど……。まあ、期待なんてしないでね……」


 試着室の扉を開けると、金城さんは自身の大きな瞳を輝かせて目の前にいる僕を見ていた。そして口を大きく開かせた。ポカーンとしていて、いわゆるマヌk……いや、やめておこう。彼女に悪いな。


 数秒、そのような顔で突っ立っている。今にも顎が外れてしまいそうなほどに、というかもう外れてしまっているのかもしれないほどに、長時間口を開けていた。


 何がどうしたのだろうか。もしかして似合わなさすぎて逆にびっくりしてしまっているのかもしれない。そうなのであれば、早急に教えて欲しいのだけれど、しかしなかなか金城さんは動く気配がない。


 もうなんかすごく気まずい。どうする? どうすればいい?


 先に行動したのは僕だった。


「金城さん、どこか変なところでもあるのかな……? 似合わなすぎて驚いているのかい……?」

「あ……いや……。そういうわけじゃないんだけどね……」

「そういうわけじゃないなら、どういうわけで?」

「意外にこういうジャケットとか似合うんだなーって思っただけだって! カッコ悪いとか思ってないから安心しなよって!」

「そ、そうなんだ……」


 なんだ……。おかしなところはどこもないらしい。変に考えすぎた僕がバカだったな。


「やばぁ……。めっちゃ似合ってるぅ……」


 へ? 何か聞こえたような……。


「金城さん?」

「な、なななな、何っ!?」

「何か言った? ボソッと言葉を発してたようだったけど……」

「な、ななな、何も言ってないけどぉ!?」

「そう? ならいいけど……」


 もしかして僕って耳が悪いのかもしれない。


「はい! じゃあ次コレ!」

「え? まだやる気なの?」

「当然でしょうに! 陰キャでクラスで浮いてて、バキバキの恋愛経験もないようなそんなオタクっちを、ウチが変えてあげるためにこうやってコーデしてるんだから! 何も言わずにウチに任せればいいの! ほら! 早くして!」

「わ、分かったよ」


 また金城さんは僕を試着室に押し込んでいく。彼女の選んだ服を添えて。


 なんか料理名みたいだな。


「さっきのが似合うなら、これも似合うに決まってる……! あとはやっぱりメガネかな……。外してもらえれば、もう完璧にウチの理想の男性に近づけるし……! 楽しみだなぁ……」


 また何か聞こえたけど、先程の自分の聴覚の悪さから疑うことや確認はしなかった。



 ****



 金城さんって、やはりかなり可愛い子だな。そりゃあ学年でも、というか学校で評判が良いのは情報に疎い僕でも知っている。クラスの男子が話しているのが聴こえてくるため、勝手に知っているだけなのだがな。


 それにしても、可愛い。なんというか純粋に可愛らしい容姿である。これは僕の男としての目も未だに腐ってはいないことが分かる。誰がどう見ても美少女と言えるほどだ。


 そんな子にコーディネートされている。どういう状況だよ。しかしまあ、彼女は陽の中の陽。僕とは他のクラスではあるものの、彼女の仲良くなる力はとてつもなく強大だ。クラス替えをして早くもクラス内の陽キャ集団で蝶番さんと共に、中心的な人物となり、さらには実権を握っているのだとか。


 そんな子がコーディネートが下手なことなどあるはずがない。彼女のセンスはどれも良く、最新のトレンドを持ってくる。


 だけど、僕には似合わないと思う。全て、全て。


 とりあえず着てみたけど。


「やっぱり僕にはこういう最新のトレンドだとかは分からないかな。どこがどう似合うとかも、どんなところがお洒落なのかとかね。ごめんね、疎くて……」

「……」

「金城さん?」

「えと……」

「うん?」

「その……。メガネ……」

「メガネ? これがどうかしたの?」

「外してみて……」


 うーん。どうしようか迷うな。


 メガネを外すと、もう完全に僕じゃない誰かになっちゃうわけだし。つまり僕の本体が実はメガネだということが考えられるな。


 いや、だが待てよ? バイト中はいつも外しているし、それに、金城さんはそんな僕を毎回見ているはずだ。少し恥ずかしいと思うけど、金城さんが言うなら仕方ない。彼女はメガネ無しの僕を見慣れているわけだし、別にいいか。


 外してみた。


「はい、外したよ」

「ねぇ……」

「何か?」


 耳の悪い僕だけど、たしかに金城さんが言った言葉は聞き取れた。聞き取れてしまった。


「抱きしめてもいい?」


 正直困惑した。どういう意味なのかも分からなかった。


「い、いやいやいやっ! ち、ちちちち、違うのっ! 別に違くはないんだけど……。とにかく今のは忘れてぇぇぇぇ!」

「でも……」

「早くメガネかけてよっ! その顔でウチを見ないで!」


 ショックだった。やはり僕はメガネをかけたほうが良いのか。だけどそんなにストレートに言わなくてもいいと思う。


 悲しくメガネを定位置に戻す。


 すると、金城さんの後ろから女子が二人やってきた。


 あの子たちだった。


「何やってんのよアンタら? 音葉、なんで顔隠してんのよ?」

「そーだよー。ていうか、あれー? オタクくん、意外と似合ってるじゃーん。カッコいいよー」

「そんなことないよ」

「音葉ちゃーん。オタクくんを独り占めして、二人は何をしてたのかなー?」


 金城さんは必死になりながら、大きな声で言った


「コーディネートですぅー!!!」

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