第48話 小鳥遊の娘とイチャコラしてろよ
父さんは口に手を当てて、考えていた。眉間にシワを寄せて、しばらくの間はこの状態になっている。
「正直に言おう」
「うん」
「……正直、お前が後継者になって欲しいとは思っている。でもな、お前は必ず断るとわかっているしな」
「まあ、とりあえずは断るよね」
「そこなんだよ。お前が素直になってくれればいいんだけどな……」
「素直も何も、僕自身が後継者という役割を担いたいとは思ってない。はっきり言おう。嫌なんだよ、そういうの」
軽く頷いて目を瞑る父さん。
何を考えているのだろう。何を、企んでいるのだろう。
突然のことだった。後継者がどうだとか、完全に突然のことだった。雛ちゃんだって迷惑に思っただろうに、どうしても僕を後継者にしたいんだろうな。面倒くさい。嫌だなぁ。
三司家がどうだとか、後継者のこととか、本当に面倒くさい。僕に取っては関係のないことのはずだったのだ。関わらないで欲しいと伝えたはずだったのだ。しかし父さんがそんなことを聞くはずもなく、当然のように接触してくるのだ。
嫌だなぁ。もう何もしないで欲しいのに……。もう何もしてほしくないのに……。
いろいろなことがかかってくる。いろいろなことがのしかかってくる。僕が父さんの要求をのめば、結局またいろいろなことがのしかかってくるのだろう。
本当に……面倒くさい。
本当に……嫌だなぁ。
僕は静かに俯き、そして顔を上げた。
「父さん」
「なんだ?」
「僕は父さんの言いなりにはならないよ。僕は僕の意志を持って生きていく。後継者になんてならないし、なんなら三司家に籍を置いておくつもりもない」
「……」
「僕は僕なんだから。道具なんかじゃないんだから」
「……」
「己の意志で生き、己の意志で恋をする。己の意志で人を好きになり、己の意志で婚姻を結ぶ。全部、己の意志だよ」
振り向き、しばらく父さんを見る。父さんは怖い顔をしていた。ものすごい圧力。僕を押し潰そうとしているかのように、ものすごい圧。
「ふむ。好きにしたらいい」
「ああ、好きにするよ。じゃあこれで、僕の帰省は終わるよ。じゃあね、父さん」
「……」
晴は何も喋らなかった。
颯爽とこの場を離れようとした僕を、逃がさないのがこの男。
「そうだ、曇」
「何?」
「調べたところによると、今通っている学校に小鳥遊の娘がいるだろう?」
「なんで知って……。い、いるけど?」
「いいや、なんでもない。まあ、好きにしろ。好きに恋をして、好きに結婚して、好きにガキでも作ったらいい。全部全部、好きにしろよ」
「……それだけ?」
「それだけだ」
「あっそ。じゃあね」
「またな」
「うるせぇ」
その日の晩は、見慣れた天井で眠った。




