第47話 早く塾来いや
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呼び鈴が鳴った。
「早く塾に来い! アンタがいないと物足りないのよ! 早く!」
電話越しに怒鳴られる。久しぶりにこんなふうに怒られたと思う。帰ってきてからというものの、説教というよりは説得というのが多かったからな。蝶番さんとの通話は自分がどんな人間なのか、しっかりと思い出させてくれた。
「感謝……」
「はぁ? アンタ何言ってんのよ?」
「なんでもないです」
口に出したけど、とりあえず誤魔化した。
「と、に、か、く! アンタ今どこにいんのよ」
「遠くの場所」
「どこよ」
「遠く、遥か遠くの建物だよ」
「住所教えて」
「無理。色々と面倒なことになるから無理。そもそも僕がいる建物の住所が、本当の住所なのか分からない。偽装してる可能性もあるし……」
「え、何? よく聞こえないんだけど?」
「なんでもないよ。気にしないでね」
また誤魔化した。意外と蝶番さんって誤魔化したことに気づかないのだろうか。チョロいとか思われないのかな。美人だしスタイルもいいから、男性からはそういう視線で見られているのも分かっているだろうな。
チョロいとすぐに振り回されてしまいそうだ。……なんか嫌だなぁ。別に僕のことじゃないのに、なんでこんなこと思っちゃうんだろう。
もういいや。もう、考えるのやめた。
「もう! 早く来なさいったら! 遠くのどこかなよか知らないけれど、とりあえず塾には来なさいよ! アンタが塾に来るのはアタシがいるからなんでしょ! なら早く来てよ!」
「ちょっ……。あんまりそういうことを大声で言われると、恥ずかしいんだけど……。周りには人もいるんでしょ?」
「知るか!」
耳が痛い。大声すぎて鼓膜の振動が正常に効かない時もある。……蝶番さんの声って高いし、何気に鋭いんだよなぁ……。
「ねぇ! 来てよぉ!」
「だから無理なんだって……。今は無理なの……。こっちにも事情があるんだから、しばらくは我慢してよ……」
「うるさい黙れ! アンタはアタシのために来てるんでしょ? あんなこと言っといて、まさか来ないとかある? アタシはいつもアンタに教えてもらえるから毎回来てるって言うのに……!」
「ご、ごめん……」
「《《あんな期待させるようなこと》》言うんだったら、もう来なくていいわよ! 二度と来るな! このバカ!」
「え、蝶番さん……!?」
えぇー……。キレられた。めちゃくちゃに……。
悪いことなんて、僕、何も……。
「いや、やってるわ。今こうして塾に行っていないのが悪いことだわ。ごめんよ蝶番さん……」
その場に本人はいないけど、謝っておくことにした。しかし、仲がこの前と比べるとかなり悪くなってしまったな。
うん……。また罵倒される日々が続くのだろうか……。恐怖を覚えた。
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あくまでも施設の人間として生きている僕の双子の弟……晴。今日は施設で一日を過ごすらしい。そのため実家に帰っての食事はしないし、実家のバスルームに足を踏み入れることはないし、そもそも玄関にすら触らない。
施設で食べて、施設で体を清め、施設で寝るのだ。
そして、一生を施設で過ごす……。この上なく楽しみのない人生だと思う。早く施設から出たほうがいい。いい加減親の言うことばかりを聞くのはやめろ。そうやって、晴には何度も言っているのだけれど、しかしアイツは事あるごとに、『俺がいなかったら、誰がこの家を継ぐんだ?』と言ってくる。
……僕があのまま残っていれば、晴は自由になれたのかもしれない。僕があのまま親の敷いたレールを歩いていけば、アイツは楽しく生きられていたのかもしれない。
「罪だよなぁ……」
自分勝手なところが罪だ。そう感じた。
しばらくして父さんがよこした使用人が部屋にやってきた。何やら今後の話がしたいと、先ほどの食事をした部屋に来てほしいとのことだった。
もうこの会話で最後だ。終わりにしたい。
今は、僕は普通の高校生なんだから。




