第46話 彼女たちを思う
食事をしている。
「ふざけるなよ。僕は施設に戻るために帰ってきたんじゃないんだよ。何度言ったら分かるんだよ。勝手な判断してんじゃねぇよ」
父さんが帰ってきて、数分後にすぐに食事を始めた。家族みんなで囲む料理は、あんまり味がしなかった。美味しいのは分かるけど、なんだろう、薄い味付けでも何も味が付いていないわけじゃないはずなのに、味がしない。
舌がおかしくなっているのかと思ってしまう。すぐに僕の気持ちの落ち込みが原因だと分かった。
「ほう……。いつまでそんなわがままを言うつもりなんだ、曇?」
父さんはため息を深くついた。
「あのなぁ……。お前は俺の……」
「もうやめろよ」
晴が、言った。この状況を、静かに終わらせる。
「もう、やめろよ。飯が不味くなっちまう」
「ごめん、晴」
「ほら、親父も座れよ。興奮しすぎなんだよ二人とも」
僕も父さんも座る。晴に言われた通り、少しカッとなってしまった。頭を冷やした方がいい。僕って、こんなに感情的な人間だったかな? 施設を抜けて、平凡な学校で生活をしていたら、いつのまにか変化が起こっているのか。
とにかく何も喋らない。喋れば、また先ほどのような口論じみたものが発生してしまうことだろう。めんどくさいし、あんなのを続ければやがて体が動いてしまう。
静止する自信はあるが、それ以前に、動いてしまうほどに言葉に乗せられやすい自分が情けなく感じる。
何も言うな。何もするな。何も接触するな。何も干渉するな。
何も、関わるな。何も……。何にも……。
静かに食事をする。
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あの後、また父さんが施設のことで話し始めたため、速攻で食事を済ませて、席を立った。もう聞きたくない。めんどくさい。僕のいないところでやってほしい。
「……ったく。イライラするなぁ……」
僕は廊下を歩く。食事室からはさっさと離れ、一人で暗くなっている屋敷を探索していた。
時刻は八時を回ろうとしていた。月の光が出て、いかにも神秘的で美しかった。
「そういえば、聞いてなかったな、あの時……」
あの時とは、質問をお互いにしあった時のこと。つまり小鳥遊さんと帰り道を共にした時。
「小鳥遊さんは僕のことをどう思っているのか、って……聞いてなかったな……」
自分の評価を気にする人間は多いと思う。ちなみに僕もそうだ。施設を抜けてから、人の目を気にしている気がする。マジックミラー越しで監視や見物をされているのとは全く違う。いや、まあ、あれも一つの評価なんだと思うけど。
そもそもあの時は、僕だって見られていることを把握していないんだから、評価を気にするもクソもない。評価されているんだろうなぁ、と察していたはいたのだが、実際に僕を見ている姿を、評価している姿を見ているわけではない。マジックミラーなのだから。
しかし学校では違う。学校は常に人が近くにいるし、マジックミラーがついているわけでもない。完全に、何もかもが視界に入っていて、認識できる、そんな世界。
だから、僕を見ていることが分かる。隣でも、後ろでも、下でも、上でも。とにかく見ていることが分かる……分かりやすいのだ。
自分の評価、自分の区別。
メガネはかけておこう。これからメガネは外さない。
というか、晴のやつ……。アイツ、ずっと施設にいるつもりなのかな……。
弟思いの僕だから、しばらく考えてから、ゆっくりとした足取りで寝室へと到着した。




