第45話 クソつまんない場所
夏は別に好きではない。逆に嫌いなのかと聞かれるとそうでもない気がする。よくあるあやふやな回答。好きでもないし嫌いでもない。まさにあやふやではっきりとしていない。
施設はそんなあやふやさを持っている。はっきりとしていなくて、かといって不十分すぎるかと言われればそうでもない。なんか先ほどと同じようなので、少しだけ具体的に例えてみよう。
そもそも施設では何を目的にやるのか。成績の良い子どもを育てて、そしてその子たちは何をして生きていくのだろう。僕も例外ではなかった。何をする? 何をして、生きていく? いや、まず何をするかを決められるのか? 全て強制されるだけじゃないのか?
ほらね。はっきりしていない。具体的に表したのに、なんとそこにはあやふやさを持っているのだ。
あー、ヤダヤダ。ヤダヤダヤダヤダヤダ。こんな感じで駄々をこねて抜けたんだった。
考えているだけで恐怖を覚える。未来を見据えて抜け出した僕は、一体どこに行き着くはずだったのだろう。自分で察したというのは、ただ単に自分自身で一番高いであろう可能性を考えていただけ。国際組織で働くことが必ずしも、父さんが望んでいるわけではないのかもしれない。
しかしそれ以外には思い浮かばない。今でも現役で国際組織で中心的な地位にいるし、もっとその地位を確立したいという野望があるはずだ。人間は欲の塊なのだから、そう思い、僕を使おうと考えるのが自然なことだ。
「もう、いいや……」
やめておこう。考えるのはやめた。考えても無駄なことなんだ。今の僕にとってはどうでもいいこと。僕が直接的に影響しないのであれば、全部、全部、どうでもいい。
僕は廊下を歩いていく。
「久しぶりに来たな、ここ……」
久しぶりだ。本当に久しぶりだ。僕が施設を抜けて、それっきりか……? 実家の廊下には、いくつもの花瓶が置いてあり、その花瓶には花が挿してある。
おそらくは母のもの。花が好きな母は、至る所に花瓶を置くのだ。しっかりと花を添えて。
「……」
さて、気を取り直して進んでいこう。
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黒山に案内された。
広い屋敷の大きな扉。久しぶりに来たながらに、部屋の場所くらいは覚えている。ここは、たしか長机が置いてある、食事室か。
扉を開けて入ってみる。母さんがそこにいた。
「おかえり、曇」
「ただいま」
「そのメガネはなにかしら? 以前は何も付けていなかったわよね?」
「うん、これは、区別がつきやすいようにね。僕がそう思ってかけているのさ」
「ふん。それに、その服は何? 学校の制服かしら? 着替えなさい。あの人が帰ってきてから食事をするのだから。ほら、いつも来ていたあの白色の服を……」
「このままでいいよ。あの服は一生着たくないからね」
「そう」
冷たい声は相変わらずだった。それにそっけない。この人も変わらないな。
僕は母さんの提案を拒否して、椅子に座る。
「うん? 父さんは?」
「あの人は今仕事中。遊びに行っているわけではないのよ。全てのことを頭に入れ、全てにおいて無駄をなくす。素晴らしい仕事ぶりの男性よ。これも全ては施設のおかげ」
「へぇ……」
「まるっきり興味がないようね。曇も、ああなるはずよ」
「……」
ふざけるな、と言ってやりたかった。そんなことを言われる筋合いはない。しかし、言えない。言ってやれない。何も言い返せない。
心のどこかで、僕もあんなふうな大人になってしまうかもしれない、という未来を見てしまいそうだったから。今の僕は、その道を辿っているのではないか、と考えてしまったから。
何も、言えなかった。
「メガネ、外したら? 見慣れていなくて、変な感じするから。それに区別なんて、母さんは曇たちの見分けくらいできるわよ」
「そっか……」
メガネを外して、テーブルの上に置いた。
「本当に瓜二つね」
「そりゃあそうでしょ」
「昔は二人で揃っている写真をいっぱい撮ったわね」
「検査は何回もあったからね」
母さんが花に見惚れていると、扉がノックされた。誰かが来たのだろう。誰なのだろう。父さんか、それとも……。
「おお、兄貴……。本当に帰ってきたんだな」
「ああ、うん。帰らないと、怒られるし」
白衣を来た少年は、友好的に接してくる。
「親父はまだ帰ってこないらしいぜ。よかったな、兄貴」
「よかったな? まあ、気まずいことは気まずいけれど……。というか、まだ施設にいるんだね」
「当たり前だろ。俺はこうしてずっと結果出してるわけだし。……全員そうか。兄貴は例外だけど」
「いつまでいるつもりなの?」
「さあね。俺が知るかよ。親父に聞けば分かることなんじゃねーの?」
「聞くわけないだろ、そんなこと……」
「バチバチだな」
「バチバチだよ」
白衣を着た少年は、テーブルに置いてあるリンゴを手に取る。
そしてそれをこちらに投げてきた。
「ほら」
「いらない」
僕は投げ返す。
「本当にいらねぇのかよ? 嘘だろ?」
「遠慮しとくよ」
「そうかよ」
右手にあるリンゴ一つをテーブルに戻し、左手にあるもう一つの方にかぶりついた。美味しそうに食べている。
「晴? 行儀が悪いから、座って食べなさい」
「はいはい」
白衣の少年……僕の双子の弟である晴は、素直にその言葉を聞き、椅子に腰をかけた。
そのうち、父さんが帰ってきた。




