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第一話

 ハエは汚れた食器の周りを飛び回り、汚れを舐めて生を感じていた。


 そのシンクの中で腐敗したキャベツが人生を物語っている。


 錆びれたベランダにて、くたびれたジャージを着た瘦せ型の冴えない男。なかなかつかないジッポに苛立ちを覚えながら、煙草の薄いニコチンを求めていた。


「……ふぅ」


 漸くついた煙草に男は達成感を覚える。灰色の煙は都会の空気よりも不味く、濁った瞳に映るネオンは液晶越し。


 もうすぐ終わる煙草を灰皿で殺す。


 乱暴に頭を掻いた後、男は部屋へと戻った。重苦しい空気を楽しんだ。


 幽霊が描かれた掛け軸。何処かの民族が作った儀式の仮面。悲しげな表情で笑う日本人形。


 所狭しと敷き詰められた物達は、異様な空気を纏っていた。


「東京に来てから随分と集まったな」


 男は満足そうに彼らを見つめる。夢を抱き、東京に来てからずっと続けていることがあった。


 送られたばかりの段ボールに手をかける。中は厳重に包まれていた。解いていくと顔を覗かせてきたのは、釘が打たれている両手サイズの藁人形。


「いい呪物だ」


 人を呪う為に生まれた忌まわしい存在。それに対して男は、我が子を褒めるように呟く。藁人形は答えないが、男には誇らしげにしているように見えた。


 大事に棚へと飾ったならば、新たな家族が増えた喜びに満ち溢れている。


 全国、いや、世界中から集めたコレクション達。プレゼントを貰った子どものように次々と開けていく。


 そんな中、中村佐助様と綺麗に書かれた一通の梅柄が特徴の手紙が視界に映る。


「呪物を引き取って欲しいって手紙か?」


 自分宛だと分かれば、雑に封を破れば中身を見る。少しした後、体を震わせ目をギラつかせた。


「すげぇ! 蜂をモチーフにした神様があるとか初めて聞いた!」


 興奮を抑えきれない中村の気持ちが乗って、声も大きくなる。写真もついており、今まで見た事がない呪物で心が惹かれた。


 早速差出人と場所を確認しようと見たが、中村はある違和感に気付いた。


「えーと、赤野梅子さん。場所は……鬼塚村?」


 住所検索をする為、手紙を持って自分のエリアへと移り、パソコンを立ち上げる。


 そして、書かれていた住所を入力したが、表示されたのは墓場だった。


 打ち間違いかと思い、もう一度検索をかけるが、やはり同じ墓場であった。


「……チッ、なんだよ。イタズラか」


 呪物をコレクションにしているから引き取って欲しいという手紙やメールはよく来るのだが、時より悪戯をされることがある。


 今回はそれだったのだろうと片付ける。苛立ちを手紙にぶつけながら、乱暴に破り捨てた後、ゴミ箱に丸めて投げた。


「はー、もう萎えた。不貞寝だ。不貞寝」


 薄っぺらい敷布団に潜ったならば、明かりを消して中村は真っ暗な中、眠りについた。


 中村の視界に広がったのは、水彩絵の具を溶かしたような白。意識してみるとだんだんと、それが霧だということを理解する。


 自分はどこにいる。湧き出した好奇心とほんの少しの不安に背中を押されて、奥へと進んでいくと影が見えてきた。


 いつの間にか霧が晴れており、影は姿を現す。正体は大木で作ったと思われる木製の黒い鳥居。


 漆で塗られたように艶がある鳥居は神格さがありながらも、誰にも立ち寄らせないような威圧感。


 しかし、中村が目を引いたのは掲げられていた文字であった。


「鬼塚村だって?」


 悪戯だと考え、破り捨てた手紙に村の名称が書かれていた。


 中村は眉間に皺を寄せ、これは夢かとすぐに悟った。


 疲れすぎたせいで、こんなものを見るのだ。早くこのくだらない夢から目覚めてくれないかと深いため息を吐いた。


「ようこそ鬼塚村へ。お待ちしておりました」


 見知らぬ女性の声に、中村は目を見開く。女性は雪のように肌が白く、質素な赤い着物に、口紅が特徴の大和撫子。


 浮世絵離れをした美女がそこにいる。


「中村様ですね。私、赤野梅子と申します。呪物を引き取りに来てくださったのでしょう? ささっ、お入りください」


「へっ? あっ、ははっ、そうだな。せっかくの別嬪さんが来たことだし、取りに行こうかな」


 手紙で書かれていた人物の名前。赤野の不思議な魅力に中村はすっかり飲まれていた。


 夢は脳の記憶を整理をする為に見ると、聞いたことがある。今の現象はライターの仕事で面白おかしく書けばいいと思ったからだ。


 なによりオカルトオタクとしても、この夢の続きを見たいという好奇心が理性を溶かす。


 中村は戸惑いもなく黒い鳥居の境界線を超えた。住み慣れた都会とは違い、空気が澄んでいる気がした。


「では、案内させていただきますね」


 赤野は中村に鬼塚村のことを案内していく。 ここの家の者が作るお米は美味しいだとか、この井戸の水はとても綺麗でお茶を淹れる際に適切だとか。


 中村は夢の中にしては良く出来たものだと感心しながらも、相槌を打っていく。


「こちらが私の家でございます」


 大きな和屋敷に中村は口が開きぱっなしになった。立派な日本庭園は勿論のこと、木造の家は歴史が感じられた。


 たかが夢の筈だが、リアルな光景に内心興奮が止まらなかった。


「中村様どうされましたか?」


 感動と興奮で動けていない中村を心配してか、赤野は心配そうに見つめていた。


「素晴らしい屋敷にびっくりしただけだよ」


「そうでしたか。そう言ってくだされば祖先達も喜びます」


 中村は意識を家から赤野に向ける。その言葉に赤野は嬉しそうに頬を朱に染める。


「では、入りましょう」


 赤野が玄関を開けてくれたから入ろうとした時、視界の隅に気になるものが映った。


 豪華な庭には似合わない苔の生えた素朴な祠が、隅に追いやられている。祠の周りだけ異質な空気が流れていた。


 何故こんなところに祠がという疑問と、ほんの僅かな違和感が警告音を鳴らしている。


「中村様?」


 赤野の呼びかけに答えようとした時、足場が崩れ落ちていく。


 暗闇の中、何かの羽音が大量に聞こえた。


「うわぁぁぁぁぁぁ! ……あれ?」


 急落下していく感覚に、叫び声をあげて飛び上がる。乱雑とされた小汚く狭い部屋。


 中村は唖然とし、沈黙が少しの間鎮座していたが、夢から目を覚めたことに気が付いた。


「あぁ、なんだ……。夢か。にしてもリアルだったな」


 動き出した脳が今が現実だと教えれば、がっかりと肩を落とす。せっかくならば、呪物を見てから目を覚ましたかった。


「ってやべぇ! 遅刻しちまう!」


 時計を見れば急がないと、会社に遅刻してしまう時間だとスマホが伝えている。


 慌てて支度を済ませ、外へと飛び出した中村が会社に着く頃には、すっかり夢の中のことは忘れていた。


 ゴミ箱に破り捨てられた手紙は、蜜が血のように滲んでいる。

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