第ニ章 星への逃避行
絶望は希望に変わるのか
カフェでのバイトを終え、一人暮らしの小さなアパートに帰る夜。焦げ付いたコーヒー豆の匂いが染み付いたエプロンを脱ぎながら、アメリアはいつも、家族を乗せていた車の助手席を眺めていた。
あの時、もし自分が運転を替わっていれば、もしあの道を避けていれば、家族はまだ生きていたかもしれない。
彼女の人生は、あの日、家族の命と共に終わった。窓の外には、無関心なネオンの光が降り注いでいた。
かつて、彼女には宇宙飛行士という夢があった。宇宙での生活を夢見て、厳しい訓練に耐えていた。しかし、事故のトラウマは彼女の心を深く蝕んだ。
絶望と無力感の中で、彼女はカフェでコーヒーを淹れる日々を送っていた。沸騰した湯がフィルターを通り、漆黒の液体となってカップに落ちる。その単純な作業だけが、彼女をかろうじて現実に繋ぎ止めていた。
ある日、彼女は宇宙船**「方舟アーク」**計画の募集広告を目にした。それは、地球を脱出し、新たな惑星を目指すという、人類最後の希望だった。
多くの人々が、まだ地球の終わりを信じていなかった。しかし、アメリアは違った。彼女は、地球がすでに終わりを迎えつつあることを、心の奥底で感じていた。
「今度こそ宇宙に行けるかもしれない」
それは、失われた夢への再挑戦であると同時に、絶望的な現実からの逃避でもあった。宇宙という無限の孤独の中でなら、家族のいない寂しさを埋められるかもしれない。
希望のない人生を生きるよりも、宇宙の果てで、希望を追い求める人生を選びたかった。
カフェでコーヒーを淹れる日々を送っていたある日、一人の老人がカウンターにやってきた。
彼は両手でコーヒーカップを持つと、その中をじっと覗き込み、かすれた声でアメリアに尋ねた。
「君は、この漆黒のコーヒーの底に、何が見えるかね?」
アメリアは、その奇妙な問いかけに戸惑いながらも、
「希望、でしょうか」
と答えた。老人は何も言わず、ただ静かに、皺の刻まれた両手でカップの温かみを感じながら、ぼんやりと遠い目をしてうなずいた。
「…いや、それはただの空虚だ」
そう呟き、彼はコーヒーを一口も飲むことなく、静かに店を去っていった。その言葉と、彼が放つ圧倒的な孤独感が、アメリアの心に深く刺さった。
面接官に、なぜこの旅に参加したいのかと尋ねられた時、彼女は迷うことなく答えた。
「私は、大切なものを失いました。もう、失うものはありません。だから、誰よりも、この旅の成功を願うことができます。」
それは建前だった。本当は、「失った家族の代わりに、宇宙で生きていく」という、あまりにも個人的な願いだった。そして、その言葉の裏には、「失うものが何もないなら、もう何も怖くない」という、彼女自身の諦めと開き直りがあったのかもしれない。
そして今、カプセルの中で目覚めた彼女は、その個人的な願いが、新たな絶望の始まりであることを、まだ知らなかった。
読んでくれてありがとう!!
もう1話位読んでみてね




