18.側妃様は消えてしまいました
※側妃視点
* * *
「ねえ、妖精さん?」
「なんだい?」
私で勝負をしていた二人の妖精に話しかける。
「あの国で消えてしまった人たちは死んでしまったのかしら?」
「まさか!そんな大それたことできやしないさ」
妖精は答えた。
「ちょっとここいらから離れたもっと妖精の影響力の強い国に飛ばされただけだよ。
帰りたい人はちょいと時間がかかるけど帰れるさ」
「そうなんですね」
私はほっと息を吐いた。
私を顧みない国だったけれど無差別に死んで欲しいとまでは思っていない。
それに、妖精たちが人間と違う価値観で生きているという事は有名な話だった。
今までの全てのことについて私たちの価値観ではかっても話にならないことは知っている。
そして時間が巻き戻らないことも。
「でもあの王宮は色々あって、妖精の力が出やすくなっているから、まだもうちょっと不思議なことが起き続けるだろうけどね」
私はそれを聞いて驚いた。
「それってどうにかならないの?」
「どうにもならないよ。
ちなみにあなたも妖精に関わりすぎてちょっとばかり不思議なことが起こるから」
「え?」
やはり一人きりになろうとしたのは正しかった。
そう思った。
「だから、王サマや王妃サマに頼った方がいいんじゃない?」
この国の国王は私の要求を飲んだ。
それ以外の提案に意味がない事にすぐに気が付いた結果だ。
「いいえ。無駄ですよ」
今日は用意してもらった屋敷へ向かう途中だ。
宿場町を見下ろす高台に建つ屋敷で、宿場から週数日通いで使用人が来てくれることになっている。
支度金としていくらかの金を持たされた。
貴族が一人数年なら暮らせる額だ。
けれど貴族が一生は暮らせない金額で、一定金額を毎年渡される契約になっている。
「あの人たち、最後まで私の名前も呼ばなかったし、新たな名をつけることも無かったのよ」
妖精たちに向かって言う。
名は調べれば分かるし、妖精たち曰く生い立ちについては見せてしまったらしい。
なら知っている筈だ。
けれどあの人たちは誰も私の名前は呼ばなかった。
侯爵家が付けた名前ではなく秘匿されるとはいえ王家に生まれた娘として名前が必要ならつければよかった。
けれど、それもしなかった。
それに、あの暮らしぶりをみて貴族換算で金を渡すのは何も見ていない証拠だ。
貴族が数年暮らせる金は平民なら一生静かに過ごせる金額になる。
「「あー……」」
妖精たちは残念そうな声を上げる。
私はそれを見て、久しぶりに少し面白いかもしれないという感情を取り戻していた。
* * *
一人の生活は穏やかだった。
誰に嫌がらせもされず搾取もされない。
それだけで安らげて心が穏やかになる。
それは、はじめて感じる安心というものだった。
妖精たちは度々私の元を訪れて「もしよかったら別のところに逃げちゃう?」と聞いてくる。
頷けば今度こそ本当に私はどこかに消えてしまうのかもしれない。
それもいいかもしれないと時々思う。
けれど、ほんの少しだけ妖精たちのことを恨んでしまっているので頷けない。
もしも私が最初から姫君として育っていればとどうしても考えてしまうから。
それに妖精たちは悪戯をしただけだと主張するけれど、この家は随所に私が私を終わりにできないような仕掛けがしてあって、時々心が揺れても何故かその都度何かが起きて、うやむやになった。
だからもう少しここにいてもいいかもしれないと思っている
侯爵家の娘でもなく、可哀そうな側妃でもない、私として。
「ねえ、私は私に新しい名前を付けてみたの」
妖精たちに言う。
妖精たちは顔を見合わせて、それから「今、もしかして今までよりも幸せ?」と聞いた。
「そうね。幸せかはよくわからないけれど、今までより不幸ではないわ」
そう答えた。
側妃様は消えてなくなった。
お姫様ではない。
私は私としてもう少し生きてみようと思った。
END
一応これで本編は完結となります。
側妃様の実家と嫁ぎ先のその後については番外編として追加で今書いてます。