17.無理
※兄王子視点
* * *
「何故こんないい話を断るんだ!」
ある国の側妃であった妹を、あまりにも滅茶苦茶な環境に戻す訳にはいかない。
父王と話し合った結果その方針は確定していた。
そして今まで本物の妹だと思って過ごしてきたこをあの国に返すこともあり得ないという結論になった。
姫君として公開された女性がそうではなかったというのは国を揺るがす。
妹には婚約者もいてもうすぐ結婚するところだった。
母も父も自分も妹を本当に愛している。
そんなことをすることはありえない。
それができるのは人の心が無い者だけだ。
それにあの国は今とても酷いことになっているという。
大量の人が行方不明になって政も滞りがちだという。
「お兄様怖いです」
妹であるアリアが震えながらそんなところには行きたくないと泣いた。
自分と母は絶対にそんなことはさせないと言った。
だから、血のつながった妹は姫として扱えないが、今できうる最大の待遇を用意しようとした。
外国からとある伯爵家へ養女に入ったこととし、そこから名のある侯爵家へ嫁ぐ。
そういう計画を立てた。
伯爵に頭を下げ、侯爵家にも頭を下げた。
侯爵家子息は、今いる婚約者との関係も清算すると言ったのに、それをたった一言「そんなもの嫌に決まっております」と言って断ってしまった。
何様のつもりだ。
俺は側妃だった女をにらみつけた。
「何故って。
婚約を壊して、恨まれる家に入りたいと思う愚かな人間だとお思いでしょうか?」
女は言った。
「小侯爵殿は『仕方がない』と納得してくださっている」
「あら。私は『仕方がない』と思われている女という事ですね」
紅茶を飲みながら女は言った。
妹と違って全くかわいげというものが無い。育ち方が悲惨なのと実の妹だと同情していたのにこれだ。
「ならそれを挽回すればいい事だろう。
何故何もしようとしない」
「挽回というと?具体的に?」
「侯爵夫人として社交や領地運営で力になればいいだろう。
そうすれば仕方が無かったから感情は変わるだろう」
女は口角をあげた。
笑おうとして失敗したような顔だった。
「今まで側妃としてやっていたことを、ただ場所を変えて侯爵家でやるという事ですか?
あの国に戻ることと全く同じではないですか」
女はそういうと、また静かに紅茶を飲む。
「じゃあ、なんだ。俺の妹に成り代われれば満足なのか!?」
側妃として暮らしていたことと、侯爵夫人になる事。違いを説明できず他にどうしろという事を求めているのだと怒鳴った。
「そんなの嫌ですよ。
あなたにそうやって恨まれるのなんて御免ですわ」
恨んでなんかいないと言おうとしたところで「何故あそこで死なせてくれなかったのかしら」とポツリと言われて黙る。
女は少し悩む様な仕草をしてから、願いを言った。
「王領に私が静かに暮らせる場所をご用意ください。
私はもう一生分働きました。
余生は誰にも利用されずに静かに一人で生きていきたく存じます」
貴族の女性が一人で暮らす?
それはどうしても噂になるのでは?
そう思った。
「貴族の屋敷というほど広く無くて構いません。
商人の後妻が代替わりで隠居した。そんな見え方をする形のものを。
出来れば周りに屋敷などが無い場所で、通いで一人か二人使用人と、それからあなた方も監視をしていないと心が休まらないでしょうから、月に一度商人の来訪を。
それ以外は何も望みません。
必要であれば契約書も作りましょう。
もう結婚だとか、家族だとか、そういうものには疲れてしまったのです」
女はそう言った。
「父王に相談はしてみるが……」
そう返すことしかできなかった。