1.プロローグ
ある、夏の日の事でした。
ナグセレド王国の王宮の、一番端、北側のさびれた宮から一人の女性の姿が消えてしまいました。
そのことに王宮の人々が気が付いたのは、翌日の事でした。
何故翌日になってしまったのか。
人々は驚きました。
だって、その消えてしまった女性はこの国の国王の側妃様だったのだから。
側妃様がどこに行ったのか。
城の者たちは皆探しました。
最初は側妃様は王宮内にいるものと思われていました。
城内への通行は厳しく監視されていたので、記録も無く外に出ることは不可能だと思われていました。
それと、いったい一日のうちいつ側妃様がさびれた宮にいたかについても調査されました。
側妃様と仕事をしていた者たちから事情聴取をし、侍女だけではなくメイドたちからも話を聞くことになりました。
分かったことは何もありませんでした。
分かっていることは、側妃様がいなくなってしまったこと。
それから側妃様の執務室が何故か、翌日でも分かる位びしょぬれになっていた事だけです。
夏の暑いさなかの事です。
少々の水がこぼれていても翌日まで水がしたたるほど部屋が濡れているのはおかしなことです。
それも何かをこぼしたというよりも壁や、本棚、執務机に至るまでずぶぬれになっていました。
最初に、噂好きの誰かが言い始めました。
「あれは、あの場所で側妃様を殺した時に噴き出た血を洗い流しごまかすためのものだ」
そんなまことしやかな噂が何種類も王宮では囁かれていました。
けれど、その段階ではそのおしゃべりな噂を止めるものは誰もいません。
王様も正妃である王妃様も宮を確認することも無ければ、なにか特別な捜索のための命令を下すこともありませんでした。
側妃様はお二人の眼中には存在しないようでした。
それは側妃様が消える前からずっとそうで、王宮で働く者たちはいつものことだと感じていた。
側妃様という地位の人間に対してそれがあり得ない事だという常識がいつの間にか抜け落ちてしまっていたのだ。