第7話 夏の約束
ある日、一夏が言った。
「理久くん、夜、星を見に行こうよ!」
「夜?」
「うん。夏の夜、星が綺麗なんだって。私、ちゃんと見たことないから、一緒に行きたい!」
僕は、その夜、彼女を迎えに行った。
彼女は、薄いジャケットを羽織っていた。
「大丈夫⋯⋯? 寒くない?」
「うん、大丈夫」
僕達は、町外れの丘へと向かった。夜風が肌を撫で、空には無数の星が瞬いていた。
「きれい⋯⋯」
一夏は草の上に腰を下ろし、両手を広げるようにして空を仰いだ。その横に僕も寝転ぶ。
草の匂い、土の冷たさ。夜風が頬をなでる。二人だけの静かな時間。
「あれは、ベガ。織姫星」
「そっちは、アルタイル。彦星」
一夏は、やけに星に詳しかった。
「二人はね、年に一度、七夕に会えるんだって」
「⋯⋯じゃあ、僕らも、毎年、夏に会える?」
「ううん。私は、来年の夏には、もういないよ」
その言葉に、僕は黙った。
でも、一夏は、悲しそうじゃなかった。
どうして彼女は、こんなふうに生きていられるのだろう。余命一年だなんて言った彼女が、誰よりも生を謳歌している。
「でも、今、君と話せてる。それだけで、幸せだよ」
心が、熱くなった。
「ねえ、星ってさ。全部、何千年も前の光なんだよ」
一夏は小さな声で言った。
「私たちがこうして見てる光は、ずっと昔に放たれたものなんだって。⋯⋯なんか、いいよね。遠い昔と今が、つながってるみたいで」
僕は返事をしなかった。ただ隣で瞬きをせずに星を見上げる彼女を、目の端で見ていた。星明かりに照らされた横顔は、どこか儚く、美しかった。
その夜、流れ星が一筋、夜空を駆けた。
一夏は胸の前で手を合わせ、目を閉じた。願いごとをしたのだろう。僕は尋ねなかった。彼女が何を願ったのか、知らないままでよかった。けれど、その横顔を見ているうちに、僕はただ一つだけ強く思った。
──彼女との時間が、どうか少しでも長く続きますように、と。
「⋯⋯一夏」
「うん?」
「俺、君の詩を、本にしたい。君の言葉を、誰かに届けたい。君がいたこと、君が生きた証を、残したい」
一夏は、驚いたように僕を見た。
「⋯⋯私なんかの詩が、届くかな?」
「届くよ。だって、君の言葉は、俺の心を動かした。きっと、誰かの心も、動かすはずだ」
「⋯⋯じゃあ、約束。夏の終わりまでに、新しい詩を、たくさん書く」
「うん。俺も、君の詩を集めて、出版する」
「⋯⋯理久くん、夏の終わりに、またここで会おう。そのとき、君に、最後の詩を渡す」
「約束だ」
僕達は、星空の下で、小さな誓いを交わした。
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