第3話 「理久くんは、宝物!」
一夏とは、それから毎日会った。僕が、学校に行けない代わりに、一夏は、学校のことを聞かせてくれた。授業の話、友達の話、学校行事の話。僕は、それをまるで夢を見るように聞いた。
「理久くん、いつもそれ背負って来てるけど、お気に入りなの?」
ある日、一夏は、僕の背負っていた手提バッグについて聞いてきた。
「あぁ、これね。小学生低学年から使ってるんだ。ボロボロだし、新しいの買えばって、お母さんに言われるけど、なんか、そう簡単に捨てられないんだよね」
「そうなんだ。じゃあ、そこに描いてある絵は?」
「これは、分からない。子どもの頃に、描いたんだろうけど、本当に自分が描いたのかすら分からない」
それはただ、小学生の頃に、図書室で使う、バッグとして使っていた、無地のトートバッグだった。でも、いつしか、カラフルな配色で、鮮やかなバッグへと変貌していた。
僕は、彼女と会えば、会うほど悲しくなった。
彼女は、心臓の病気。後天性の心疾患。彼女の残された時間は、あと一年。
それも、運が良ければ、の話。
「一夏は、限られた時間を、俺なんかと過ごしてていいの?」
僕は、一夏に疑問を投げかけた。
彼女は、微笑んで答えた。
「時間は有限じゃん? だからこそ、一瞬一瞬を大切に生きて、愛する人たちと笑い合うことが、一番の宝物だと思うんだよね。余命が一年だろうとそれは、理久くんも、変わらないと思う」
彼女は、死を前にして、笑っている。
なのに、僕は、ただの不安に押しつぶされて、学校に行くこともできない。
「今、この瞬間は、全部、私のものだから。だから、私にとって理久くんは、宝物だよ!」
その言葉に、涙がこぼれそうになった。
「⋯⋯一夏」
「なに?」
「改めてさ、一夏と一緒に夏を過ごしていいかな?」
彼女は、今にも吸い込まれてしまいそうな澄んだ瞳で、こちらをまじまじと見つめてきた。
「うん。いいよ!」
その瞬間、僕の心に何かが芽生えた。それは、希望かもしれない。あるいは、恋なのかもしれない。
でも、確かなのは──この夏は、僕らのすべてになる、ということだった。
それからの日々は、変わることなく過ぎていった。これが僕の日常になっていた。
青い空に、白い雲が浮かぶ日曜日。僕は、彼女の無邪気な声に、少し心が動いた。
「ねぇ、明日はどこかに行こうよ!」
甘えるような声と仕草で、僕に提案してきた。
「行きたいところがあるの?」
彼女はにっこりと笑い「うん。海!」と答えた。
僕は少し驚いた。彼女が海に行きたいと言うなんて。もっと、穏やかな場所を求めると思っていた。
だが、彼女の瞳に宿る明るさに触発され、僕は、思い切って頷いた。
「じゃあ、行こうか」
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