現実テンプレはいらない
「遅くなりました」
「いえ。来てくれてありがとう」
結乃の言葉に、一早は気分を害した様子もなく穏やかな声音で言う。
その静かで落ち着いた声色からは、一早の為人が感じられるようだった。
先の戦いの後、別れ際に連絡先を交換していた三人は、休校になったことを幸いに、こうして集まったのだ。
「早速だけれど、お互いの情報を交換しましょう」
一早が話を切り出すと、結乃と千景も神妙な面持ちで頷く。
三人の中で一番学年が上であり、さらに生徒会にも属している一早が話を仕切るのは自然な流れだった。
「――やはり、私達は同じみたいね」
互いに情報を出し合い、光輝姫の力を得た経緯を知った三人は、同じ結論を共有する。
「夢の中で女神エルファシア様に出会って、世界を守って欲しいと頼まれて力を手に入れた」
「それが、今朝のドミネシオンとかいうやつらってことか?」
結乃の呟きに、千景が怪訝な面持ちで言うと、一早がそれに応じて口を開く。
「そう考えるのが自然じゃないかしら?」
「どうするのさ?」
一早の言葉に、千景は真剣な表情で尋ねる。
それが何を意味しているのかを、結乃も一早も正しく理解していた。
「女神の力を与えられたとはいえ、ただの女子高生にすぎない自分達が戦えるのか? 戦わなくてはいけないのか」。
互いの中にある不安と向かい合った三人を重苦しい沈黙が包む。
「――女神様は、自分の力を受け取れるのは私達しかいないって言ってた」
その沈黙を破った結乃の言葉に、一早と千景が視線を向ける。
「戦いに巻き込んで申し訳ないって……正直言って、戦うのは凄く怖い。
大怪我したり、痛い思いもするかもしれないし、もしかしたら死んじゃうかもしれない――」
自身が抱えている不安と恐怖を言葉にした結乃は、その手を震えさせる。
だが、戦いへの恐怖と不安に身体を震わせながらも、言葉を紡ぐ結乃の瞳の中には強い意思の光も宿っていた。
「でも、私は、私にできることなら、できる限りのことはしたい。それで、この星を――家族や、大切な人やみんなのことを守れるなら、守りたい」
結乃の力強い感情が込められた声で紡がれた言葉に、一早はその表情を綻ばせる。
「……そうね。あなたの言うとおりだわ」
「ああ。自分の身内だけ守るのも、この星の全員を守るのも結局は同じようなもんだ」
結乃の言葉に同調した一早に千景も同意を示すと、三人は互いに視線を交わして同じ想いを共有していることを確かめる。
(さすがルー。完璧な人選だ)
戦う力を与えられたからと言って戦う必要はない。だが、彼女達は自分と自分の大切なものを守るために戦うことができる。
そんな三人を正義の変身ヒロインとして選んだルーテシアの見る目を心の中で賞賛し、タクトは笑みを浮かべる。
ただ正義感が強く、思いやりに溢れ、勇気と純粋な心を持っているだけの一般人に過ぎない三人は、女神エルファシアの願いに応えるため、何より、自分達の大切なものを守るために戦うことを選んだ。
だが、そんな悲壮な決意を強いた女神が、自分達がただ娯楽のために選ばれたなどとは思いもよらぬことだろう。
「私達にしかできないこと……やれるだけやってみましょう」
結乃が正義感と使命感に満ちた言葉を発すると、一早と千景も力強く頷き同意を示す。
「ただ、問題は私達だけで世界中の脅威に対抗するのは難しいってことよね」
「私達以外にも女神に力をもらった奴がいるかもしれないしな」
今後戦っていくことを見据えた一早が懸念を呟くと、千景も思案気に言う。
タクトとルーテシアの思惑など知る由もない三人からすれば、それはもっともなことだった。
今回はたまたま近くに怪人が現れたからいいものの、世界に対して宣戦布告をしたドミネシオンが日本以外の場所に現れる可能性は十分にある。
その時、学生にすぎない三人では情報を仕入れることも、移動手段もない。
「やっぱり政府とかに言ったほうがいいのかな?」
「けど、この力のことは言いふらさないようにって女神も言ってたじゃない。
敵に私達の正体が知られれば、私達に集中攻撃がされるかもしれない。
自分の力が失われれば、もう対抗することができなくなるから、それだけは避けなければいけない。
それに、私達や身の回りの人に危険が及ぶことにもなるからってさ」
不安そうな結乃に、千景が女神エルファシア――ルーテシアに言われたことを簡潔に返す。
(ちゃんと女神っぽいこと言ってるんだな)
千景のその言い分を聞いたタクトは、内心で感嘆する。
――本当は、ただその方が面白いという理由だが――正体がバレるリスクをもっともな言い分で誤魔化しているところに感心していた。
「確かに、全ての人間が信用できるわけでもないというのは同意ね。
一部の人が保身のために良いように使ったり、最悪、この力を調べるために非人道的な手段が取られる可能性も……」
「そんなこと」
考え込むような仕草で言う一早に、結乃は声を引き攣らせる。
半分は冗談だろうが、可能性が全くないともいえない指摘に、結乃は背筋が冷たくなる。
「信頼できる人がいればいいんでしょうけど……」
「役人に知り合いなんていないよ」
一早の言葉に千景が応えると、結乃も首肯して同意を示す。
「――なら、次善の手段で別々に行動するのはどう?
誰かが代表して国に助力し、他の二人は今のままで。もちろん、国には私がいくわ」
(マジメか!?)
その会話を盗み聞きしていたタクトは、心の中でツッコミを入れる。
(変身ヒロインが正体隠すのはお約束だろ!? プリティアだってそうしてるし、人類の歴史がそうしてるじゃん!
政府にバラすにしても、しかるべきタイミングとイベントが必須なのは確定的に明らかなのに!)
ルーテシアも言っていたが、三人正体が知られることは問題ではない。
ただ演出上、その方がタクトの期待と願望にとって望ましいというだけ。
そして、だからこそ、可能ならば実現したい。
(ヤバい! このままでは、俺の楽しい侵略計画がなんの面白味もない現実テンプレで台無しにされてしまう!
なんとかしないと……でもどうする? どうすればいい?)
変身ヒロインは、正体を隠しているからいいのだ。
現実的なことを考えれば、地球侵略を掲げる敵がいる中で正体を隠すなど許されない。
そんな常識的で真っ当な意見などいらない。
現実でファンタジー世界を体験して楽しむ上で、光輝姫達の真面目さは不要だ。
(なら、いっそのことナイトメアの力で――)
「――!」
強引に事態を収拾してしまおうかという邪な考えを抱いたタクトは、迂闊にも身を隠していた扉にぶつかり、小さな音を立ててしまう。
「誰かそこにいるの!?」
(ヤバ! 見つかった!)
物音に気付いた一早が発した鋭い声に、タクトは思わず身を強張らせる。
(変身して逃げるか? 多分今なら、姿を見られずに逃げられるはず――いや、待てよ)
ナイトメアとしての力を使えば、三人に姿を見られずに逃げおおせることは容易いだろう。
だが、タクトは即座にその考えをあらため、一瞬で自分が取る行動を決める。
(ここは誤魔化す!)
逃げるのではなく、誤魔化すことを決めたタクトは、一早の声に驚いたようなわざとらしい表情で扉の影から顔を出す。
「小山内くん?」
「知り合い?」
「クラスメイト」
タクトの姿を見止めた結乃は、千景と一早に軽く説明する。
「小山内君。どうしてここに?」
「適当にぶらついてただけだよ。そしたら音がしたから気になって見に来たんだ」
結乃にここにいる理由を尋ねられたタクトは、適当な理由を述べる。
「適当に、ね」
その言葉に怪訝な様子で呟いた一早は、タクトを見据えて口を開く。
「私達の話聞いた?」
「話し声は聞こえてたけど、何言ってるかは分かんなかったよ。なんで?」
「……そう。ならいいの。忘れて」
自身の質問に対するタクトの答えに、一早は半信半疑といった様子で応じる。
「いや、そんな風に言われると気になるんだけど」
「女同士の秘密の会話なの。わかるでしょ?」
いかようにでも解釈できてしまう一早の言葉に、タクトは好奇心をかきたてられながらも、渋々引き下がる。
「うーん、分かったよ」
――演技をする。
実際扉からは距離もあり、大きな声で話していたわけでもない。
鵜呑みにすることはできないが、タクトの言い分には十分な説得力があり、追求しても平行線をたどるだけになるのは想像に難くなかった。
だからこそ、一早も結乃もタクトにそれ以上訊いてくることはない。
なぜなら、そんなことをすれば、「タクトが話を聞いていたにも関わらずしらを切った」と自分達が決めつけ、自分達にとって都合のいい答えだけしか求めていないことを証明するだけに過ぎないから。
「フフフ……」
結乃たちに背を向けたタクトは、うっすらと笑みを浮かべる。
(ヒロインの敵は身近に潜んでいるのは王道! ちょっと不自然な感じも出したし、今頃怪しんでくれてるだろうな)
最初からタクトの目的は、結乃達の疑惑を払拭することなどではない。
後に地球を侵略する「闇黒神皇・ザ・ナイトメア」としての正体を知られた時に、より劇的に演出するためには、認知されているか怪しい存在感のないモブよりも、多少絡みのある知人的モブの方がおいしい。
そのために、あえて自分の存在を印象づけることで関係性を面白く演出する下地を作ることこそがタクトの目的。
そして、おそらくそれが上手くいったことを予感し、タクトは小さくほくそ笑むのだった。