クラスメイトは関係者
(さすがにネットは賑わってるな)
先程の鬼人の怪人の情報がネットで拡散されて混乱している様をスマホで見ながら学校へとやってきたタクトは、自分のクラスへと向かう。
「この近くで怪物が暴れたんだって」
「マジかよ」
「あの放送、やっぱり本物なのか?」
「じゃあ、これからどうなるんだ? 宇宙人と戦争するのか?」
(本当なら、俺がこの話題の中心になるはずだったのに)
すでに登校していた生徒たちもネットの情報に困惑と不安の色を浮かべており、その会話を聞きながら教室へと入ったタクトは、とある一角に視線を向ける。
(お。もう戻ってきてる)
その視線の先にいるのは、メガネをかけたおさげの少女――先ほどドミネシオンの怪人を退けた光輝姫の一人である「天ヶ瀬結乃」だった。
そう。実は何を隠そう、光輝姫の一人である結乃は、タクトのクラスメイトだったのだ。
(委員長に目を付けるなんて、ルーもやるな)
地球侵略をするにあたり、ルーテシアと話し合って自分達の敵となる正義の味方を用意することを決めたが、その人選などは全て任せていた。
ただ、「正義の味方と侵略者が実は近しいところにいる」というコンセプトは共有しており、その条件からルーテシアが選んだのが結乃だった。
このクラスの学級委員であり、優しく思いやりのある優等生。地味だが実は端正な顔立ちをしており、密かな男子人気もある。
そんな結乃は、確かに正義のヒロインとして最適な人物だろう。
――もっとも、結乃本人は自分がそんなくだらない理由で選ばれたことはおろか、力を与えてくれたと思っている女神エルファシアこそが、ドミネシオンとは別の勢力とはいえ、地球侵略を目論む一味だとは知る由もないだろう。
地球を守るために選ばれた委員長に対して、タクトがすることは――
「おっす」
挨拶することではなく、華麗にスルーすること。
結乃の性格がいいため、全く話さない訳ということは無いが、そこまで親しいわけでもない。
タクトが声をかけたのは結乃ではなく、クラスメイトの男子だ。
「ニュース賑わってるな」
「そうだね」
タクトが声をかけたのは、目元まで髪を伸ばし、眼鏡をかけた、いかにもというオタク風の男子。
名前は「東亮太」。
実際にアニメやゲームなどのサブカルチャーに通じており、話も合うことからタクトがクラス内で一番親しいといっても過言ではない。
亮太自身も友人がほとんどおらず、必要最低限のこと以外で自分以外の誰かと話しているのを見たことはなかった。
「聞いたか!? 武藤と林田、南城が怪物に襲われて病院に運ばれたって」
耳に入ってきたクラスメイトの声に、タクトはその時のことを思い出す。
(病院――ってことは死んではいないのか? よく生きてたな……それとも、あえて殺さなかったのか?)
鬼人に襲われていたクラスメイト達のことを思い返し、タクトは心の中で独白する。
「おーい」
漠然とそんなことを脳裏の端で考えながら、いつものように他愛もない話を亮太としていると、教室の扉が開いて教諭が入ってくる。
まだホームルームには早いにも関わらずやってきた先生に、クラス中から怪訝な視線が集まる。
「皆も知っていると思うが、さっきこの近くで怪物が暴れたらしい。来てもらって悪いが、休校になったから、急いで家に帰れ」
「ええ〜!?」
来たばかりだというのに、休校を言い渡された生徒達から不満の声が上がる。
「朝の段階で言ってくれよ」などという声を聞き流し、教諭は室内にいる生徒達に向かって言う。
「まっすぐに家に帰るんだぞ。それと、後であらためて連絡がいくと思うが、安全が確認されるまでしばらく休校になる。
遊び歩かず、身の安全を第一に行動して欲しい」
不満を言いながらも、学校がなくなったことを喜ぶ生徒達は、各々が行動を始める。
徒歩や自転車で帰る者達はともかく、電車できている生徒は時刻表を確認する。
「じゃあおさきに」
「自転車だったけ? 俺は電車待ちだな」
早々に帰宅の準備をした亮太に応じたタクトは、まだ帰れないアピールをする。
亮太と一緒に帰ったことなどないが、疑われないように工作しておきたいという心理がそんなことを口走らせていた。
「また明日」
「ああ」
亮太を見送ったタクトは、気づかれないように、さりげなく結乃に視線を向ける。
(さてと、一応他の二人も確認しておきたいな)
光輝姫となった三人は、全員この学校の生徒でもある。
一般生徒の自分でも知っているほどには認知された他の二人についても情報を得ておけば、何かに役立つかもしれない。
「……!」
そんなことを考えながら結乃を見ていたタクトは、連絡が来たのか、スマホを見て慌てたような反応を取る姿に違和感を抱く。
(もしかして他の二人から連絡か? だとしたらラッキー! こっそりついてってみるか)
なにかを誤魔化すように友人達と会話し、教室を出る結乃を見て直感したタクトは、さりげなくその後をつける。
(俺もバカじゃない)
結乃を追ってさりげなく教室を出たタクトは、尾行しながら思案を巡らせる。
《プリティアだーー》
その脳裏に思い起こされるのは、光輝姫を見たドミネシオンの怪人が発した言葉。
(あいつはプリティアを知ってた。ってことは、ルーみたいにアニメにハマった宇宙人か、俺みたいに変身した地球人ってことだ。
だが俺には分かる。あれは、人間が変身したものだ。それがお約束だしな)
変身した三人を見た時の反応や言動から、タクトは、鬼人が変身した地球人――しかも、いわゆるオタクに分類されるタイプであることをほぼ確信していた。
(つまり、どこか――しかも、この辺りにあの怪人は潜んでる。じゃなきゃ、こんなところに現れた説明がつかない)
ドミネシオンが地球征服を目論んでいるなら、もっとふさわしい場所はいくらでもある。
この国のこの場所を選ぶ理由は皆無といっても過言ではない。
ならば、なぜここに現れたのか――それは、怪人の素体となった人間の活動範囲だからだと考えるのが一番自然だ。
(そして、奴の本当の狙いは、多分ルーだ。リオナさんが言ってた通りなら、敵はルーの情報を持ってる可能性がある。
多分、おおよその目星はつけてたんだろうな。だから、ルーがいそうな辺りでわざと暴れさせたって感じか)
ルーテシアとリオナが属する組織オルドナギアと、ドミネシオンが敵対関係にあること、ルーテシアが恐れられていること――これまでに得た情報から、タクトは推理を膨らませていく。
(我ながら推理が冴え渡ってるな。これまで培ってきたオタク知識が火を吹いてるぜ!)
自分の中で導き出した方程式を自画自したタクトは、思わずニヤけた表情を浮かべる。
「おっと……予想通りだ」
結乃を追って来たタクトは、空き教室の中にいた二人を見て口端を吊り上げる。
結乃を出迎えたのは、同じくルーテシアに選ばれ、光輝姫となった二人の美少女だった。
シャインセスムーンの正体にして、この学校の生徒会副会長「宝生一早」。
シャインセスエアルの正体である「吹谷千景」。
三人が集まったのを見て取ったタクトは、その会話に耳を傾けるのだった。
※※※
『おかえり』
薄暗い部屋の中、煌々と光るパソコンのモニターには、黒い人影が映っている。
地球人と似ているが、どこか異なる存在感。
二十代後半から三十代前半といった印象を持つその男は、まぎれもなく今朝宣戦布告したドミネシオンの男だった。
ドミネシオンの男を映すパソコンの前に佇むのは、タクトのクラスメイトでもある少年――「東亮太」。
影の落ちる瞳に画面の男を映した亮太は、口端を吊り上げて不敵に笑うのだった。