変身ヒロインが現れた(中)
「輝く心のプリンセス! シャインセス・ハート!」
「静謐なる月光のプリンセス! シャインセス・ムーン!」
「煌めく風のプリンセス! シャインセス・エアル!」
『オンステージ!』
「……プ」
少女が変身した三人のヒロインが名乗りを上げると、ドミネシオンの怪人である鬼人は、目を丸くして肩を震わせる。
「プ、プ、プ、プ、プ、プ、プ、プ、プリティアだーーーー!?」
興奮して鼻息を荒くした鬼人の叫び声は、隠れてその様子を見ていたタクト、ルーテシア、リオナの耳にもはっきりと届いていた。
「プリ、ティア?」
「知らないのか? 日曜の朝にやっている、女の児向けのアニメで、あそこにいる三人――『光輝姫』のモデルだ!」
呆然とした口調で呟くリオナに、ルーテシアが得意気な様子で補足する。
「それは、ルーテシア様が夢中になっているから、知ってますけど……え? モデル?」
食い入るように日曜の朝にその番組を見ていたことを知っているため、「問題はそこではない」と話を持って行こうとしたリオナは、ルーテシアの言葉に違和感を覚える。
「その通り! シャインセスは、女神エルファシアが、この星を邪悪な者の脅威から守るために遣わした正義のヒロインなのだ!」
「女神エルファシア……?」
自信満々に言うルーテシアに、タクトとリオナが揃って疑問の声を零し、互いに顔を見合わせる。
シャインセスと名乗った変身ヒロインについて知っていたらしいタクトに確認したいリオナと、女神エルファシアという聞きなれない単語についてリオナに尋ねたいタクトが互いに視線を交わし、どちらからともなく首を傾げる。
「私だ!」
そんな二人に対し、ルーテシアは胸を張って自信満々に言い放つ。
「……は?」
「私が堕神となる前の姿。それが、『女神エルファシア』だ。つまり、あの者達は、私に残っていた堕落する前の女神の力を授けた光の戦士ということだな」
自身を親指で指し示し、得意満面の表情で述べたルーテシアに、リオナは意識が一瞬真っ白になる。
「…………え? ……ちょっと待ってください……ルーテシア様が、彼女達を? 何のために、ですか?」
「何を言っている? 世界征服を目論む侵略者には、世界を守る正義のヒロインがセットなのは、この世の理だろ」
話は分かっているのに、分かりたくないという気持ちで尋ねたリオナに、ルーテシアは考えうる中で最もくだらない理由を当然のような顔で告げる。
「……あ!」
《そんなことよりそっちは大丈夫なんだよな》
《私を誰だと思っている!? 当然例の件は準備万端だ!》
(あれは、このことかぁーー!)
タクトとルーテシアの朝の会話を思い返したリオナは、二人の目的を完全に理解して頭を抱える。
「つ、つまり、お二人は、わざわざ、自分で自分達の目的を邪魔する敵を作ったんですか……?」
声をわななかせ、愕然とした面持ちで声を絞り出したリオナに、タクトとルーテシアはきょとんとした様子で答える。
「ああ」
「そうだ」
「~~~~~~っ!」
そのあまりにも絶望的な言葉に、リオナは頭を抱えて声にならない叫びを上げる。
この星を楽しく侵略するために、わざわざ自分達で自分達の敵を用意する。
あまりにもバカバカしい二人の思考が理解できてしまったリオナは、二人への文句や罵倒、さらには上層部への言い訳や監督不行き届きという責任など、絶望的な言葉と未来が脳裏を駆け巡っていた。
「敵が軍隊っていうのも悪くないけど、やっぱり個人的には、こういう敵がいたほうが燃える! いや、萌えるッ!」
「正直、迷ったんだよな~。ベルトで変身する改造人間風のヒーローとか、巨大ロボも使う男女混合五人組とかもありかなと思ったりしたんだが――」
目を輝かせて言うタクトに、三人のヒロインを生み出したルーテシアも腕を組んで、得意気な口調で自分の行動を省みて、瞳を輝かせる。
「やっぱり、女がいいよな」
確信を持って言い放ったルーテシアは、全く同じ志を持つタクトとがっちり握手を交わす。
「……つ、つまり、タクトさんに勝てない強さの敵を、楽しむためにあえて用意したと」
心底脱力し、呆れ果てたリオナが、なんとか意識を立て直して言う。
「え? ワンチャン負けるぞ?」
「」
さも当然のように言うルーテシアに、リオナは絶句した。
「堕天して弱体化しているとはいえ、元々私の力だしな。それに、絶対負けない敵とか用意しても面白くないだろ? 愛と希望と奇跡の使徒である『光輝姫』は、無限の可能性と力を秘めているのだ!」
「最高だぜ、ルー!」
(え? 嘘でしょ? なんなの、この人達? バカなの? アホなの? これで、計画が失敗したらどうする気なの?)
自分達が楽しみたいという理由だけで、敵をわざわざ用意しただけならまだいい。――全然よくはないが、何とか、まだ、かろうじて許容できる。
だが、その敵が自分達を楽しうる可能性を持っているとなれば話は別だ。
最悪の場合、自分達の目的である地球侵略が自分達の所為で失敗してしまう。そんな間抜けの極みのようなことが起きては目も当てられない。
「覚悟はいいか、タクトよ! 彼女達は、これからお前の前に敵として立ちはだかり、お前は彼女達と戦いを繰り広げることになるのだ!」
「もちろんだ!」
愕然とするリオナを横目に、ルーテシアとタクトはこれから始まるヒロインたちとの戦いに想いを馳せ、目を輝かせる。
「帰りたい。もう何もかもイヤ」
そんな三人のやり取りが聞こえていたわけではないが、変身した三人の光輝姫は、「プリティアだ」という鬼人の指摘に、顔を羞恥で赤くしていた。
「……や、やっぱりそう見えるんだ」
変身前はかけていた眼鏡が無くなった顔を赤くしたハートは、うっすらと思っていたことを指摘されて恥ずかしさに目を伏せる。
「コスプレを馬鹿にするわけではないけれど、この歳でこういうことするのは少し恥ずかしいわね。ごっご遊びじゃなくて本物だけれど……」
「もう少しマシな力の与え方をしてほしかった」
その言葉に、ムーンとエアルも気恥ずかしげに言う。
「フッ、フハハハハハッ!」
そんな三人を見ていた鬼人は、おもむろに声を張り上げて笑う。
「まさか! まさかこんなことがあるなんて! 生きててよかった」
二メートル近い身長から、三人のヒロインを睥睨した鬼人は、感極まった様子で言うと、不意にその顔から喜色を消し去る。
「けど、ボクの――我の邪魔をしないでもらえるかな?」
その言葉と共に鬼人の手には身の丈にも及ぶであろう、分厚い刃を持つ鉈のような巨大な剣が具現化する。
同時に放たれた闘志ともいえる圧力が大気を震わせ、コンクリートで舗装された地面や周囲の建造物に亀裂を生じさせる。
「こう見えて、女の子を傷つけるのは趣味じゃないんだ」
「!」
明確な敵意と戦意を発する鬼人に、三人の光輝姫達が臨戦態勢を取る。
「ハッ!」
(待って! ここで彼女達が負けてしまえば、ルーテシア様の計画も終わりになるのでは!?)
今まさに怪人とヒロインたちの戦いが始まろうというその光景に、リオナの脳裏に可能性の光が灯る。
ここで三人のヒロインが死亡すれば、ルーテシアが用意した敵もいなくなる。
あとは、同じことをさせないように自分がルーテシアを監視すれば万事解決丸く収まる。
そのことに気づいたリオナは、祈るような想いで本来敵であるはずの組織に属する怪人に熱の籠った視線を向ける。
(今だけは心の底から応援するから、頑張って! ドミネシオンの怪人さん!)
敵に祈るほど追い詰められた憐れな管理職の悲痛な思いなど知る由もなく、鬼人は三人の光輝姫へ向けてその手に持った巨大な鉈を振るった。