変身ヒロインが現れた(前)
小山内拓斗という人間は、いわば空気である。
いい意味でも悪い意味でも目立たず、人の輪の中に溶け込んでいる。
恋人はもちろんのこと、親しい友人はいないが必要最低限の会話は行うことができ、人付き合いが悪いわけでもなければ、いわゆる学校がダルいや、勉強が苦手といった一般的な感覚以上で学校が嫌というわけでもない。
だから、特に理由がなければ学校へ行く。それが学生の本分でもあるのだから。
(ドミネシオンの宣戦布告は世界中で話題にはなってるけど、実際に目に見えた行動がないから様子見って感じか)
通学の最中、電車に揺られながらスマホで情報収集するタクトは、簡単に世間の状況を整理する。
宣戦布告はしたものの、具体的な攻撃や、行動、存在の認知がないため、様々な情報が錯綜していた。
マスコミは騒ぎ立て、政府は真偽を含めた情報確認をしている、落ち着いた行動をとってほしいというおきまりの発表に留めている。
(あ〜あ。本当なら、今頃俺が世界に宣戦布告して、あんなことやこんなことやってたはずなのになぁ……)
世界を不安と混乱に陥れている様を見たタクトは、自分がやるはずだったことを先取りされた不満を募らせていた。
「きゃあああっ!」
「!?」
そんなことをしながら学校最寄りの駅へと到着したタクトは、耳をつんざくような悲鳴と人の流れに瞠目する。
(あっちは学校の方……)
足を止め、人の流れを見たタクトは、迷わずそちらへと足を向ける。
以前なら、タクトは決してそんなことをしなかった。
だが、ルーテシアの力を得た今のタクトにとっては、大抵のことが脅威ではない。
故に危機感もなく、異常へと向かうことができた。
「ハハハハハッ!」
人の波をかき分けて進み、避難して人がいなくなった道を進むと、やがてタクトの耳に高笑いが届いてくる。
息を潜め、身を隠しながら様子をうかがったタクトは、そこにいる異形を見止める。
獅子の鬣を思わせる白い髪に、金属のような黒光りする身体。
鋭い牙の生えた顔は鬼のように禍々しい。
二メートルにもなろうかという巨躯を持つその異形は、圧倒的な存在感を以て存在していた。
「なんだあれ?」
離れていても伝わってくる重苦しい空気を感じながら、タクトは怪訝に眉を顰め、一つの可能性に思い至る。
「もしかして、リオナさんが言ってたドミネシオンってやつか」
少し前に宣戦布告した「ドミネシオン」。
この鬼人がその尖兵である可能性に気づいたタクトは、その目に険な光を宿す。
「こんなところに出るのか」
広大な地球の中から、日本のこの場所に出現した数奇な巡り合わせを感じながら、タクトの目は鬼人の足が踏みつけている人間へと向けられる。
「しかもアレ、うちのクラスの……」
鬼人が今まさに踏みつけているのは、タクトと同じ学校の制服に身を包んだ少年達だった。
しかも彼らは一応タクトのクラスメイトでもある。
「――別に助けてやる義理はないけど、ここであいつを倒して謎の存在として俺の存在をアピールしておくのもありだな」
現状を把握したタクトは思案を巡らせ、義理や正義感ではなく、打算から戦うことを選択する。
「待てタクト」
だが、まさにこれから隠れて変身しようとしていたタクトは、背後から自分を呼ぶ声に振り返る。
「ルー?」
振り返ってルーテシアとリオナの姿を見止めたタクトが怪訝な表情を浮かべる。
「異常な力を感知したので、飛んで来ました」
「なぜここにいるのか?」と顔に浮かんでいるタクトに簡潔に応じたリオナは、険しい面持ちで鬼人を見据える。
「あれは、ドミネシオンの〝怪人〟。ということは――」
「そんなことより、見ろ!」
分析を始めたリオナの声を遮り、ルーテシアが嬉々とした表情で指を指す。
「?」
その様子に首をかしげるタクトとリオナを横目に、ルーテシアは目を輝かせて言い放つ。
「来たぞ」
「――! まさか……」
「?」
ルーテシアの言葉に思い至ったタクトと、未だ情報が不足しているリオナの目は、三人の女生徒を捉えていた。
全員が同じ制服。そのデザインからして、タクトと同じ高校の生徒であることが見て取れる。
一人は髪をおさげにした眼鏡の少女。
一人は、背の中ほどまで伸びた長い髪を持つ大人びた印象のクールビューティー。
一人は肩に届くほどの長さの髪を持つギャルめいた印象の少女。
ただ、三人共タイプは違うが、いずれも人目を引く美少女達だった。
「あの三人か!」
「え、誰ですか?」
同じ高校ということもあってか、即座に理解したタクトと、困惑するリオナが三人の少女に視線を向ける。
「これが、女神様が言っていた脅威……!」
「着ぐるみ……ではないんでしょうね。今朝のニュースに出ていた『ドミネシオン』というやつかしら?」
「マジかよ。夢じゃなかったのか……」
明らかに異常な存在であることが分かる鬼人を前に臆しながらも、三人の少女は己を強く持って立つ。
互いが互いを意識し合いながらも、三人は鬼人をまっすぐに見据えていた。
「なんのようですか? 邪魔をするなら容赦しませんよ」
三人の少女達を見据え、鬼人が嘲笑するように言う。
その声音からは、明らかな優越感――自身にとって本人の少女の力も気概も恐れるに足りないという鬼人の心情がありありと感じられた。
「そういうわけにはいかないわ。そこにいるのは私の学校の生徒だし、そうでなくともこれ以上好き勝手はさせない」
しかし、そんな鬼人に怯まず、クールビューティーの生徒が応じる。
「へぇ? じゃあどうするんですか?」
その言葉に鬼人が口端を吊り上げて笑うと、クールビューティーの女生徒は、他の二人に視線を向けて言う。
「あなた達、下がっていて」
「そうはいかないな。なにしろ、頼まれてるんでね」
その言葉にギャル系の少女が言うと、もう一人の少女も唇を震わせながら鬼人を見据える。
「私にできることがあるならする。私にしかできないことなら、私がみんなを守る!」
眼鏡をかけたおさげの少女が「天ヶ瀬結乃」。
クールビューティーが、「宝生一早」。
ギャル系の少女が「吹谷千景」。
自分の知る少女達の名前を心に抱きながら、タクトは、目を輝かせる。
「あの、これは一体――」
「見ろ! 変身するぞ!」
「へ、変身!?」
ただ一人状況に追いつけていないリオナは、ルーテシアの言葉に目を丸くする。
そんなリオナの心境など知る由もなく、三人の少女達は高らかにその身に宿った力を解き放つ。
「シャインセス・デビュー! 『ハート』エンゲージ!」
「シャインセス・デビュー! 『ムーン』エンゲージ!」
「シャインセス・デビュー! 『エアル』エンゲージ!」
「変身バンクキタ――(゜∀゜)――ッ!」
光を纏い、異なる時間の流れる領域を展開した三人に、タクトとルーテシアは目を輝かせる。
「メイクアップ!」
三人の少女達の髪が伸び、
結乃はピンク、一早は銀青色、千景は黄色へと変化し、さらに髪型を形作る。
「ドレスアップ!」
各々が長くなった髪を翻し、その言葉で光を衣装に変える。
ドレスを思わせる衣装は、結乃はピンクを基調とした華やかなもの、一早は青を基調としたシックなもの、千景は黄色を基調とした活発そうなドレスとなって閃く。
「アクセサリー!」
光と共にその顔に化粧が乗り、イヤリングやネックレス、指輪、ティアラなど、各々を彩る装飾を纏う。
「輝く心のプリンセス! シャインセス・ハート!」
「静謐なる月光のプリンセス! シャインセス・ムーン!」
「煌めく風のプリンセス! シャインセス・エアル!」
『オンステージ!』
変身時空から抜け出した三人が名乗りと共に顕現し、世界を希望の光で照らし出す。
「……あ、あ……」
目と口を限界まで開いて丸くしているリオナとは裏腹に、タクトとルーテシアは、感動の涙すら流し、感極まっていた。
「いい! 完璧だ! 世界を守る正義の変身ヒロイン! これが、俺の求めていたものだ!」
「違うぞ、タクト。我々が求めていたものだ! しかも、我ながら完璧だと言わざるを得ないな!」
その姿を目に焼き付けようとしているかのように食い入るタクトとルーテシアは、興奮を隠せずにいる。
「え? なにコレ……?」
三人の少女の変身と登場を見届けたリオナは、呆然とした表情で、感情の抜けた率直な感想をもらすしかなかった。