侵略者の都合
「はぁ!? 一体どうなってるんだ」
わずかな時間を置いて冷静さを取り戻したナイトメアがしたのは、とりあえず声を張り上げることだった。
今まさに地球に対して宣戦布告をしようとした瞬間、まるで図ったかのようなタイミングで先を越された。
こんな天文学的な奇跡――否、運命的な事象が起きれば、そんな風に叫びなくもなってしまうだろう。
「ドミネシオンとか言ってたな。そういえば、聞いたことがあるような……」
先程の放送を思い返して首を傾げるルーテシアに、リオナが呆れたように嘆息する。
「何で知らないんですか? 『ドミネシオン』は現在の『天域領界』を崩壊させ、宇宙の支配を目論む宇宙最大の秘密結社じゃないですか」
「なにそれ?」
聞き覚えのない単語の連続にナイトメアへと変身したタクトが尋ねると、リオナはわずかに思案を巡らせるように視線を伏せてから答える。
(彼にあまりこちらの情報を渡すのは避けたかったんですけど)
そもそもナイトメアことタクトは、ルーテシアとリオナがこの地球を征服するために利用――もとい、遊ぶために選んだ人物。
自分達の組織「オルドナギア」や、宇宙に関する情報は必要最低限しか与えないつもりでいた。
だが、こうなってしまった以上は教えないわけにはいかない。
「アルゼムナスとは、宇宙の国家連合。つまり、現在の宇宙を実質的に支配している組織で、ドミネシオンはそのアルゼムナスを倒そうとしている者達
――タクトさん好みの言い方をすれば、〝宇宙を統治している国家連合アルゼムナスを崩壊させ、世界征服を企む悪の秘密結社〟といったところです」
「なに!? そんなのがいるのかよ!」
リオナの言葉に、ナイトメアがその目を輝かせて興奮する。
「私も知らなかったぞ! 激熱展開ではないか!」
「いや、ルーテシア様は何で知らないんですか? 色んな事に興味なさすぎません?」
ナイトメアに続いて興奮を露わにするルーテシアに、リオナは思わずため息を吐く。
(そもそも、ルーテシアが今の性格になったのは地球に来て、タクトさんに力を与えてから。
この星のサブカルチャーに毒されるまでは彼らに興味もなかったのかも)
「でも、なんでその悪の秘密結社が地球征服に?」
リオナがルーテシアの知識のなさに嘆きながらもその理由を考察していると、ナイトメアが疑問を口にする。
「分かりません。ただ、彼らは私達オルドナギアを敵視してますからね。
ただの偶然か、あるいは、ルーテシア様がこの星へ向かったというような情報でも得たのかもしれません」
ナイトメアの質問は、むしろリオナの方が知りたいくらいのことだ。
ただ、侵略者であるオルドナギアと、宇宙の覇権を狙うドミネシオンは、同じく現宇宙国家連合と敵対しているが、相容れない敵同士でもある。
ルーテシアの補佐として、現状で考えられる可能性を提示したリオナは、さりげなくその瞳に小さくなったルーテシアを映す。
(あるいは、組織にいるルーテシア様を疎ましく思う何者かが情報を流して――ダメダメ、変なこと考えるのはやめよう)
脳裏をよぎった最悪の可能性を、リオナは頭を振って消し去る。
「ふざけるなよ! 私達は三ケ月も前から準備してきたんだぞ! それを後からしゃしゃり出てきておいしいとこどりだと!? 許せん!」
「恐れながら、ルーテシア様が遊んでいたからかと」
自身の不安をよそに憤慨するルーテシアに、リオナは苦言を呈する。
「私は悪くない」
その言葉にばつが悪そうに視線を逸らしたルーテシアは、しばしの沈黙を置いてから開き直る。
そんなルーテシアにため息を零したリオナは、ナイトメアへと視線を向けて言う。
「とにかく、私達も宣戦布告をしましょう」
「いやだ」
「え?」
しかし、その提案を即座に拒絶したナイトメアは、変身を解いてタクトとしての姿に戻る。
「な、なんでですか?」
「今、後追いで侵略しますなんて言ったら、ただの二番煎じだし」
「えぇ……」
宣戦布告を拒否した理由を尋ねたリオナは、拗ねたように言うタクトに、気の抜けた声を零す。
「宣戦布告をした敵の後に、『俺達も宣戦布告する』なんてダサいだろ!?
こうなったら、せめて途中から格好よく第三勢力っぽく乱入して、『この星は俺達がもらう』みたいなやり方にする!」
「よく言った! それでこそ、我が代行者だ!」
何か共感しがたい理由で力説するタクトと、それに同意して興奮するルーテシアに、リオナは遠くを見るような視線で項垂れるしかない。
「そういうことで予定変更。方針転換です!」
「はぁ……分かりました」
やる気は削がれたようだが、地球侵略は続ける意思はあるようなので、ひとまずリオナは了承する。
(侵略をやめるわけじゃないみたいだし、説得しても無駄だろうし、面倒だからいいや)
「では、とりあえずこのことは本部に報告しておきます」
「待て」
だが、そんなリオナを神妙な面持ちを浮かべたルーテシアが止める。
「報告は後にしよう」
「なぜですか?」
ただならぬ空気を漂わせるルーテシアに、リオナは思わず息を呑む。
ルーテシアが浮かべている険しい表情は、地球に来てから――否、これまでに見たことがないのではないかと思えるほど深刻そうなものだった。
心臓を締め付けられるような緊張に喉を鳴らしたリオナの視線に、ルーテシアはゆっくりと重い口を開く。
「怒られる」
真面目な面持ちで紡がれたルーテシアの言葉に、リオナは呆気に取られ、冷ややかに答える。
「――……報告しておきますね」
「待って! ねぇ、待ってったらぁ! やだぁ!」
リオナの素っ気ない言葉に、ルーテシアはまるで親に報告されることを恐れる子供のような反応で追いすがる。
だが、当然そんなことご聞き入れられるはずはなく、オルドナギアに知られることとなってしまったのだった。
「ところでリオナさん」
「はい」
おもむろにスマホを操作し始めたタクトは、リオナに尋ねる。
「ドミネシオン? ってやつらはどうやって攻めてくるんですか?
軍隊みたいなので、この星を一気に制圧したりするんですか?」
スマホで検索しても、宣戦布告に対する人々の意見や考察しかみられない。
実際にドミネシオンが行動を始めたというような情報がないことに、タクトは疑念を抱いていた。
「いえ。そういった大軍は観測できていません。その方法を使うつもりなら、とうにそうしていると思います」
念の為に宇宙に展開している観測装置が反応していないことを確かめたリオナは、タクトの意見を否定すると、自分の推測を伝える。
「宇宙の覇権を狙っているとはいえ、彼らには潤沢な資金や戦力があるわけではありません。
何より、こちらの情報を持っていれば、ルーテシア様を警戒するでしょう。ルーテシア様と戦うとなれば、生半可な軍隊では返り討ちにされてしまいますからね」
「ルーって本当に凄いんだな」
リオナの説明に、タクトは納得したように呟いてルーテシアに視線を向ける。
ルーテシアの力を知っていて、ルーテシアが弱くなっていることを知らなければ、ドミネシオンはいきなり最大戦力を投入することはしない。
ルーテシアという存在は、この宇宙においてそれほどの脅威として知られているのだ。
「当たり前だ。私がその気になれば、星だろうが星系だろうがブラックホールだろうが物の数ではない!」
タクトの言葉に胸を張ったルーテシアは、鼻高々といった様子をみせる。
「おそらくですが、少数戦力で、こちらの様子を見つつ、内部からこの星の国家や人民を征服してくるのではないでしょうか?」
「そっか……なら、いいか」
リオナの意見を聞いたタクトは、思案気に目を細めて呟く。
「とりあえず学校いくわ。休校の連絡もないし」
「マジメか!」
タクトの言葉に、ルーテシアはノリノリでツッコミを入れるのだった。