Fri〝end〟
「驚いた。まさか、東君がドミネシオンの手先だったとはね」
変身を解き、ナイトメアから本来の姿へと戻ったタクトは、ドミネシオンの怪人である鬼人の正体である同じクラスの友人――「東亮太」に抑揚のない声で言う。
「小山内君。なんで、君が……」
驚愕に目を瞠り、明らかな動揺を浮かべている亮太とは異なり、タクトはつまらなそうでもあり、退屈そうでもあり、しかし煩わしくも思っているような、心情の読めない顔でその姿を睥睨していた。
「本当に、残念だよ。ドミネシオンの怪人の正体が君じゃなければ、こんなふうに正体を明かして話したりしなかったんだけど」
そんな心情を明かすように言葉を紡いだタクトは、その双眸に亮太を映して深くため息をつく。
「知人や友人が怪人だったとか、展開としては激熱なんだけど、何度も繰り返すのは芸がないって言うか、しらけるよね。
――だから、君には退場してほしいんだ。せめて友人として引導を渡させてもらうよ」
正義のヒロインである光輝姫の近くに潜む敵というおいしいポジションにいるタクトにとって、ほぼ同じ立ち位置――キャラ被りとなってしまう亮太の存在は都合が悪い。
もし、鬼人の正体が亮太でなかったなら。せめて、別のクラスの見知らぬ誰かであったなら、わざわざ姿を晒し、正体を明かして始末をするようなことはしなかった。
だが、後々自分の正体を光輝姫達に知られた時のインパクトを考えると、亮太の存在は演出上好ましいものではない。
ならば、自分の地球侵略にとって類似イベントの発生をもたらす存在を排除するのは、必要なことだった。
「なに、言って……現実と創作の区別もついてないのか?」
その言葉を聞いた亮太が半ば愕然とした様子で口を開くと、タクトは眉を顰めて不快感をあらわにする。
「失礼な。ちゃんと現実と想像の区別くらいはついてるよ。っていうか、現実と創作を並べて考えることなんて烏滸がましい」
そう言い放ったタクトの言葉と態度からは、本心からの現実への侮蔑と創作世界への礼賛が感じられた。
「現実なんてクソだ。時間外労働に、少子高齢化、貧富の格差その他もろもろ。そんなもの、創作の足元にも及ばないだろ」
唾棄するように言い放ったタクトは、しかしそこまで言い切ってから表情に柔らかなものを浮かべて口を開く。
「でも、そんな現実だからこそ、ファンタジーとSFが混じることで、かけがえのないものになる」
それを聞いて絶句する亮太を横目に、タクトは狂気すら感じさせる嬉々とした表情で言葉を続ける。
「腐敗した世界に現れる宇宙からの侵略者! そんな世界でも、人々を守るために命を懸けて戦うヒロイン! そんな夢みたいな現実がこれから始まるんだ。この世界が、時代が輝き出す! そう思うとワクワクするだろ!?
俺は、その当事者として、それを体験する日々を送る! 時にヒロインと戦い、時に敵対する! そんな楽しいことはないじゃないか!」
そう言い放ったタクトの瞳と表情は、現実に紛れ込んだ異星人という侵略者に非日常を見出し、見限った現実に娯楽的な楽しみを見出していることを雄弁に物語っていた。
「お前、何を言ってるんだ?」
そんなタクトの言葉に、亮太は声を震わせる。
それは怒りなのか、恐怖なのか、あるいはそれ以外の感情なのか亮太自身にも分からない。だが、タクトの在り様は間違っている。それだけは確信できた。
「そんなことのために……っ!」
「――? じゃあ、逆に聞くけど、東君はドミネシオンの怪人になって何をしたかったんだ?」
語気を強めて声を震わせる亮太に、タクトは何を言っているのか分からないと言わんばかりの心底怪訝そうな表情で問い返す。
「……僕は、この世界を変えたい。弱者が虐げられ、強者が一方的に肥え太る。他者を平然と踏みつけて搾取し、弱者を笠にきた偽善と、自由と権利ばかりを主張して義務と権利から逃げ、何でも人の所為にして陰口をたたく癖に、自分からは行動しない――そんな世界を壊して、人を正し、平和で平等な世界を作るんだ」
シャインセス・ムーンに語ったことと同じ想いを明かした亮太に、タクトが返したのは、辟易しきったようなため息だった。
「何言ってるんだ? 俺達は侵略者。この星とそこに生きる人たちを踏み躙し、その命運を略奪して〝上〟に差し出すんだ。
奪ったものの先は、俺達が決めることじゃない。俺達が魂を売ったのは、そういうもののはずだろ?」
冷ややかに告げるタクトの口調には、亮太の想いへの一抹の理解と共感、そしてそれをはるかに超える憐憫が込められていた。
地球を支配下として、その支配権はタクトが勝利すればオルドナギアに、亮太が勝利すればドミネシオンに委ねられるだけ。
今地球に生きている者達の生殺与奪も全て支配される。自分達が手を貸したものは、そういうものなのだと、タクトは残酷なほど冷徹に告げる。
「まさか、侵略したら自分がこの星の管理や統治を任されて、人々を平和で幸福な日常へ導くんだなんて考えてるわけ?
まあ、そうなる可能性も無きにしも非ずかもしれないけど、もしだめだって言われたら、その力でドミネシオンに反旗を翻してでもやるのか?」
「っ、そんなこと、わかってるさ。それでも、それでも僕は……ッ」
タクトの言葉に、亮太は歯噛みして視線を伏せる。
食いしばられた歯の隙間から零れるように紡がれるその苦々しげな声からは、全く亮太がその可能性を考えていなかったからではなく、分かった上で出した結論なのだろうということが読み取れる。
侵略した後どうなるかは分からない。
だが、このままではこの地球が――そこに住む人々が自分自身によって滅びてしまう。
そんな危機感を抱き、天秤にかけた亮太が導き出した結論が、ドミネシオンに協力することだったのだろう。
タクトは、その判断と決断を間違っていると断じることも非難することもできない。――否、するつもりはなかった。
「優しいんだな、東君は……でも、君は侵略者には向いてないよ」
そんな友人の心情を慮り、タクトは静かに告げる。
「……っ」
「そういえば、何であの三人を襲ったんだ? 誰でも良かったのか?」
目を伏せ、口を噤んでしまった亮太を見て、タクトは話題を変える。
その問いかけは、決して反論を失った亮太への温情などではなく、その答えにさほど興味がなく、ただ気になったことへを知っておきたいという程度の考えしかなかった。
「……いじめられてたんだ」
「そっか。気づかなくてごめんね。仮に気づいていたとしても、助けてあげられたかは自信がないけど」
亮太の言葉に、タクトは先ほど聞いた考えになるのも納得できるようにと思いつつ答える。
「ハハ、気にしないで。僕もそんな期待はしてなかったよ」
そんなタクトの言葉に、亮太は枯れたような声で嗤う。
それは、もし自分が逆の立場だったならば、同じことができたか分からない。そんな曖昧な自分への自信から零れ出たものだった。
「……僕を殺すの?」
そんな自嘲を止めた亮太が絞り出すように尋ねると、タクトは一瞬の沈黙を置いてから口を開く。
「――そうなるかな」
静かにそう独白したタクトは、闇を纏ってその姿をナイトメアへと変え、手中に黒い十字架を顕現させる。
「俺も人間を殺すのは初めてだから、安心してとは言えないけど、できるだけ苦しまないように努力するよ」
「そっか」
冷淡な響きを帯びたナイトメアの言葉に、亮太は諦めたような表情で声を発する。
鬼人へと変身することもなくただ項垂れるその様子からは、自分の死を受け入れていることが見て取れた。
「最後に言い残すことがあれば聞くけど?」
その姿に憐れみを覚えたのか、ナイトメアは最後に声をかける。
ナイトメア――タクトにとって、今目の前で項垂れる亮太の姿は、いつか訪れるかもしれない未来の自分そのもの。
だからこそ、有人としても、同じく侵略者に運命を変えられた者としても、かけられる情けはかけてやりたいという願いがあった。
「……宇宙人に出会って、力を得て、何かできると思ったなんて、結局僕は馬鹿だったんだね」
「例えば」
たまたま宇宙人に選ばれ、力を得て何かができるつもりになっていた自分を蔑むように独白した亮太に、ナイトメアは抑制の効いた声で語りかける。
「例えば道を歩いていて大金を拾ったとして、それはそいつの努力が関係してると思うか? もしくは、たまたまノリで買った宝くじが高額当選したとして、それは毎年ずっと買ってた人より努力が勝った結果だと思うか?」
淡々と語りかけたナイトメアは、まるで首を差し出すような姿勢で聞いている亮太に告げる。
「俺は、努力至上主義には否定的なんだ。〝神に選ばれた〟でも、〝偶然〟でも、力を得た過程なんてどうでもいい。大切なのは、その力で何を成したか、成そうとしたかだろ?」
「――!」
ナイトメアの言葉に、タクトは小さく目を瞠る。
それは、おそらく同じように何らかの方法で力を得た小山内拓斗という人間が、自分自身に向けて言った擁護と免罪の言葉だ。
だが、その言葉は、今の亮太にとって最も共感できる救いの言葉でもあった。
「……ありがとう」
静かに紡がれた亮太の言葉に応えるように手を翳したナイトメアは、手中に顕現させた漆黒の十字架で友人の胸を貫く。
「お礼を言うのはこっちだよ」
分かれを告げるように亮太に背を向けたナイトメアは、餞別の言葉を送る。
友を手にかけた余韻に浸るように佇んでいると、不意に脳裏に通信が届く。
『タクトさん!』
「リオナさん? おっと、今は変身してるから、ナイトメアに対する話し方で頼めるか?」
意識の中に響いた声に、思わず素で答えたタクトは、改めてナイトメアとしての振る舞いを取って対話の体裁を整えようとする。
それは、侵略者にして、堕神ルーテシアの代行者である「闇黒神皇・ザ・ナイトメア」こと、小山内拓斗にとっての第一行動原理だ。
『そんなことを言っている場合ではありません! 大変なんです! ルーテシア様が――』
「――ッ!」
だが、そんな要求を一蹴するように動揺した声で言葉を続けるリオナからの報告を受けたナイトメアは、金色の瞳を抱く双眸を大きく瞠り、息を呑むのだった。