闇黒皇と月光姫
「私か? 私は――今はただの〝通りすがり〟だ」
その巨躯の身の丈にも等しい大鉈を振り被ったドミネシオンの鬼人と、光輝姫の一人であるシャインセス・ムーンの間に割り込んだタクト――「闇黒神皇・ザ・ナイトメア」は、表情を崩さずに言う。
(決まった! これ以上ないタイミングと、台詞だ!)
だが、キャラづくりのために懸命に平静を装っている表情とは裏腹に、その心の中は浮かれていた。
「あなたは……あなたも、異星人なの?」
そんな気持ちに水を差すような疑問を口にしたムーンに、ナイトメアとなったタクトは肩越しに一瞥を向ける。
「ドミネシオンとは相容れない関係とでも言っておこうか」
「っ」
ニヒルでクールな印象を纏い、格好をつけたタクトは金色の双眸にシャインセス・ムーンを映す。
その言葉を聞いたムーンが傷つき、疲弊した表情にわずかに希望とも安堵を浮かべるのを見て、ナイトメアはその視線を正面――鬼人の怪人へと戻す。
「ただ、お前達の仲間や協力者というわけでもない」
冷たく響く声と共に背を向けたナイトメアの言葉にムーンは息を呑む。
その反応からは、窮地を救うかのように現れた人物から放たれた突き放すような言葉に小さくないショックを受けているであろうことが容易に窺えた。
とはいえ、つい先日まで戦いなどとは無縁の女子高生だった少女にそんな事実が突きつけられれば、当然の反応だといえるだろう。
(くぅ~ッ! このセリフ言ってみたかった! これ、映像か何かでとっておけないかな!?)
そんなムーンを背に、ナイトメアことタクトは、表情を変えることなく心の中で浮かれ踊っていた。
(僕達以外の異星人!? ギゼは僕以外にも力を与えてるって言ってたけど……そういえば、ここには別の侵略者がいる可能性があるって言ってたっけ。
たしか……「堕神・ルーテシア」っていう女神だとか。でも、どう見ても男だ。関係者? それとも別の――)
そんなナイトメアを前に、ドミネシオンの鬼人の正体である「亮太」は、自身の記憶を辿って知識を呼び起こす。
ギゼは亮太だけに「力」を与えたわけではない。早々乱用することはできないらしいが、それなりに同胞を有しているらしい。
それらがなぜ動かないのか――嘘を教えたのか、何らかの理由で動かさないのか、あるいは他の国で活動しているのかまでは知らないが。いずれにせよ、そのあたりも亮太がギゼを信用していない理由の一つでもある。
いずれにせよ、そんなギゼが気を付けるように言ってきたのが、ドミネシオンと敵対する組織に属する堕神ルーテシアという存在だった。
だが、それは女神――つまり女性だと聞いている。しかし目の前にいる「ナイトメア」と名乗った人物はどう見ても男だ。
「誰だ、お前は? 何が目的で、何をしに来た!?」
「答えるつもりはない」
静かな言葉と共に、ナイトメアは手のひらに顕現させた闇の黒十字を身の丈にも及ぶ漆黒の槍へと変化させる。
光すら吸い込むような闇色の武器を携えたナイトメアは、金色の双眸で鬼人を見据えて言い放つ。
「退け」
「断る。我は、この国を――この星を正しく導く! それを邪魔するというのならば、ここでお前を殺すだけだ!」
力強く言い放った鬼人は、鉈を握る手に力を込めると、その力を黒い炎のように変えて刃に奔らせる。
渾身の力を解き放ち、最上段から振り下ろされる黒炎の刃に、ナイトメアは静かに目を伏せる。
「残念だ」
その口から小さな独白が零れた瞬間、黒い閃きと共に鬼人の持っている大鉈が両断され、その身体にも深い傷が刻み付けられる。
「っ!」
(馬鹿な……一撃、いや、一瞬で……!)
「強い」
紫血を噴き出しながら崩れ落ちた鬼人が膝をつくのと同時、まるで勝敗が決した証のように切断された鉈の刃が落ちてくるのを見て、シャインセス・ムーンは息を呑む。
その瞳には、自身が苦戦した鬼人を圧倒するナイトメアの力への畏怖と微かな憧憬が浮かんでいた。
「クソ、こんなところで……ッ!」
苦々しげに吐き捨てた鬼人が黒炎を放出したかと思うと、次の瞬間にはその姿はそこから煙のように消え失せる。
「逃げたか」
紫色の血だまりだけを残して姿をかき消した鬼人がいた場所へと無機質な視線を向けていたナイトメアは、その手に具現化していた漆黒の槍を霧散させる。
(っていうか、殺さなかっただけだし、逃がしただけだけど)
息を呑むムーンの気配を背中で感じながら、ナイトメアは心の中で独白する。
ナイトメアがその気ならあの鬼人はすでに命を落としている。あるいは先程の逃走を阻むこともできた。
だが、それが自分が思い描く侵略行為において今のところプラスに働かないと判断したナイトメアは、あえて鬼人を殺さずに逃がしたのだ。
「あ、あの――」
「人が集まってくるな」
意を決して声を絞り出したムーンを遮ったナイトメアは、無数の気配に意識を傾けながら、背中越しに傷ついた正義のヒロインに声をかける。
「悪いが、私はお前達に関わるつもりはない」
「で、でも――」
わざわざ敵として用意した光輝姫と仲間になるつもりも、国や世界の味方になるつもりもないナイトメア――タクトは、端的にそう告げてムーンとの対話を拒絶する。
世界征服はまだ始まったばかり。こんな早い段階で関係を進めるなどタクトからすれば論外だった。
「迷ったな?」
「っ!」
それが、先程鬼人の言葉に影響された自分の敗因を指摘する言葉であることを察し、シャインセス・ムーンは唇を噛む。
世界を征服せんとする鬼人から突きつけられた「世界を守るために戦う理由」。
それを見出せていなかったために心を揺さぶられ、手痛い敗北を喫したことをムーンは正しく理解していた。
「迷うことは悪いことではない。だが、それが命取りになる時もある」
そんなムーンに、背を向けたままナイトメアが語りかける。
「ドミネシオン。奴らは征服者だ。奴らが戦争を仕掛けてきたのだということを忘れるな」
戦う理由を迷うムーンに、ナイトメアは宣戦布告をされた意味を冷たく突きつける。
「これは戦争だ。そして敗戦した者達には、財産はもちろん、権利も命も保障されない。なぜなら、それらは全て勝者の裁量だからだ。
先に住んでいたとか侵略者が退く理由にはならないし、対話を求めようが、向こうが拒絶すれば成立しない。
そもそも、異星人にとっては、この星人間の価値と自分達の価値は等しいものではない。地球人が自分達の人権をいかに掲げようが、異星人――全く異なる種族であるあちらにとって、そんなものは尊重する意味もないことだ」
(全部ルー達の受け売りだけどな)
傷ついたシャインセス・ムーンに残酷な現実と事実を突きつけながら、ナイトメアことタクトは自分が同じことを言われた時のことを思い返していた。
たとえ言葉が通じようが、地球人と宇宙人は存在――身体や精神、遺伝子の構造からして全く異なる生き物だ。
侵略や征服を是とする文化を持つ宇宙人がいたとして、「それは悪だ」と説くのは傲慢な正義でしかない。
それは、「肉を食べる動物に、それは残酷だから草を食え」というのと同義だからだ。
言葉があるから分かり合えるのではない。言葉があっても、あるいは言葉があるからこそ分かり合えないのだ。
「――お前がどうしたいのかはしらないが、話し合うにせよ、排除するにせよ、力がなければ何もできない。
敵対した相手を対話の席に着かせるには力がいる。価値観の異なる者達と対等になるためには、自分達の価値を示すしかないんだからな」
思うところがあるのか、考えが定まらないのか、沈黙を守ったままのムーンに、ナイトメアは一方的に語りかけていく。
聞こえているのか分からないムーンの反応に不安を覚えたナイトメアは、背中越しに一瞥を向け、憂いを落とした表情を見る。
「自分が悪だと思って戦ってくれる敵は、お話の中にしかいない」
その姿に憐れみすら抱いたナイトメアは、金色の双眸を抱く目をわずかに剣呑に細めると、最後にそう締めくくって姿を消す。
先ほどまでナイトメアがいた空間を見据えるムーンは、何も言い返せなかった己を恥じているのか、あるいは先の言葉に思うところがあるのか、拳を握りしめて強く唇を噛む。
※※※
(あれでやる気を出してくれたらいいんだけどな。せっかくの正義のヒロインに、こんなところで戦意喪失でリタイアされるわけにはいかないからな。
――ま、傷ついて戦意喪失したヒロインが仲間に支えられて再起する激熱展開も見てみたいものではある)
ムーンの元から離れたナイトメアは、遠くに見せる首相官邸を見据えて心の中で独白する。
一方的で身勝手な都合による期待をムーンに向けたナイトメアは、わずかな不安と期待を抱いた瞳を瞬き一つで無機質なものに変える。
「さて」
小さく呟いて独白したナイトメアは、変身を解くことなく闇の帳を纏って姿を眩ます。
「くそ……っ、あんな奴までいるなんて、全然話が違うじゃないか」
紫血で濡れた身体を引きずり、苦悶の色を帯びた声で絞り出すように恨み言を発した鬼人は、そのまま力なくその場に崩れ落ちる。
同時にその姿は本来のもの――地球人「東亮太」へと回帰していた。
それによって傷は消えたが、身体に刻み付けられた負荷までは消せない。
身体に残る気だるさに耐えかねた亮太は、壁に寄りかかり、そのまま崩れ落ちるように座り込む。
「驚いたな」
「っ!?」
その時聞こえた声に顔を上げた亮太の目の前で、建物の影がめくれるように消え去り、そこから先ほど自分を一撃で撃退した謎の存在が出現する。
「お前は……」
その姿を見て息を呑んだ亮太が苦々しげに歯噛みすると、ナイトメアは一つ息を吐いて変身を解き、自らの真の姿――小山内拓斗としてのそれを曝け出す。
「っ!?」
「まさか、東君がドミネシオンの手先だったとはね」
ナイトメアとしての正体を明かしたタクトは、驚愕に目を瞠る亮太に静かな声で語りかけるのだった。