菊の季節にサクラ咲く
菊花賞ーー京都芝外回り3000mで争われるこのレースは、クラシック馬にとって初の長距離であり、また三冠路線の最後の一冠をかけた戦いでもある。それ故毎年目の離せないドラマが繰り広げられるレースでもあるのだ。
今年もまた、新たなドラマが始まろうとしていた。
* * *
待ち侘びた大観衆を前に、今年も高らかにファンファーレが鳴り響く。それに呼応する大歓声。
枠入りは概ねいつも通り。メリーナイスが枠入りを渋るのもいつものこと。しかしなんとか入った。残りは順調にゲートに入る。
私が注目しているのはサクラスターオー。弥生賞を勝った時からこの馬は只者じゃないと感じていた。そして私の期待通り、クラシック三冠の一冠目、皐月賞を見事に制してみせた。
だが、二冠目の東京優駿を前に繋靭帯炎を発症。回避せざるを得なかった。結局この年の東京優駿はメリーナイスが制した。
そのメリーナイスが一番人気なのは理解できる。だが皐月賞馬のサクラスターオーが九番人気なのは理解できない。
まあいい。オッズが美味くなるのは都合がいいし、勝負は結果が全てだ。軽んじてた奴らに一泡吹かせてやればいい。
実況は穏やかな声と言葉選びの美しさに定評がある杉本清アナウンサーだ。
「ゲートが開いて、飛び出した。飛び出した、ゴールドシチー好スタートであります。外からメリーナイスも行った。外からメリーナイスが行った。メリーナイスが行った。これを観て、大歓声が上がっております」
私はゼッケン9番のサクラスターオーを探す。いた。中団やや前目で控えている。長距離の序盤ということを考えれば良い位置取りだ。
「第三コーナーの坂です。第三コーナーの坂を駆け上がる十八頭の馬です、一周目」
そう、この坂こそが、京都競馬場最大の特徴であり難所である。高低差4.5メートル。さらに4コーナーの下りで勢いがつき、ホームストレッチで大歓声を浴びる中で、いかに折り合いを保てるかが長距離戦の肝となる。
「先頭は逃げ宣言をした六番リワードランキング、これが先頭。レオテンザン。メリーナイスはその外であります三番手。メリーナイス三番手であります。内内をカイラスアモン四番手であります。ちょっと、ペースが早いのか、抑えようというメリーナイス三番手。その後ろから、ゴールドシチーも、おっとゴールドシチーも早い先へ先へ行きます。ダイカツケンザンがその外、青い帽子。西日を受けてこれから第四コーナー」
掛かるなよ、掛かるなよと祈りながら馬券を握りしめる。淀の坂はゆっくり登りゆっくり下るのが鉄則だ。
「すう〜っと内へ、サクラ、え〜、スターオーであります。さあ、第四コーナーをカーブして直線に入りました」
私はスターオーの勇姿を拝もうとオペラグラスを覗き込む。大丈夫、落ち着いてる。これなら問題ない。
「先頭は、リワードランキング。この辺りでペースが落ち着くか。レオテンザン二番手。そして、メリーナイスが、外、外を通りまして三番手であります。大歓声が上がります。外からニホンピロマーチも差を詰めてきている。大歓声であります。カイラスアモンも差を詰めた。カイラスアモン。そして、サニースワローであります。この辺りで、さあ、サニースワロー内内、ちょっと掛かり気味であります。ジャックボーイ。そしてメジロアサヒ。外、ウイルドラゴンが、上手ーい感じで落ち着いています。それから、えー、サクラスターオーであります。そして、ジャックボーイ。えー、メジロゴスホークは後ろからという展開であります」
中盤にかけて位置を下げたが、それは行きたがる馬が多いせいだ。長距離戦は何より自分のペースを乱さないことが大事だ。鞍上の東騎手は巧く乗ってくれている。
「さあ、ご覧のように、十八頭がちょっと縦長になって参りました。一コーナーをカーブします。先頭は、リワードランキング。そして二番手に、武豊騎乗の、レオテンザン。三番手、サニースワロー。トライアルの一着二着が二番手三番手。そして、メリーナイス。注目のメリーナイス、根本騎手、抑えきれないという感じで、外、外を通りまして四番手であります。その後ろを見てみましょう。その後ろ、ダイカツケンザン。そして、一番の、カイラスアモンが続きました。ウイルドラゴン、怖い怖いウイルドラゴンがここにいます。そして、ゴールドシチーであります。さあ、その後ろ、ジャックボーイが来た。そして、外を通りましてオレンジ、メジロゴスホーク。そして九番が、サクラスターオーであります。その後ろでありますが、おっとここにマティリアル、マティリアル。そして、メグロアサヒ。それから、ユーワジェームス。その後ろ八番ニシノミラー。そして、ロングムテキ」
各馬バックストレッチを抜け再び第三コーナーの坂にかかる。二周目は二周目で、この坂の存在により仕掛けどころが難しくなっているのだ。
「もう一度、第三コーナーの坂、高低差4.5メートルある、京都の難所と言われている第三コーナーの坂です。さあ各馬が、どのように登り、そして、どのように下っていきますか。固まってまいりました。押し出されるようにしてレオテンザンとメリーナイス。メリーナイスが行った。メリーナイスが行きました。レオテンザンが内、そしてメリーナイス。カイラスアモンが三番手。カイラスアモンが三番手であります。外から、外からウイルドラゴンの方、そしてサニースワロー。サクラスターオーであります」
いいぞ、位置を上げてきている。私はお前が最強なことを知ってるんだ。来い!
「その後ろに、ダイカツケンザンでありますが、さあ、ゴールドシチーは果たしてどのあたりにいるのか。まもなく第四コーナー。メリーナイス早くも二番手。メリーナイス二番手。外から、ウイルドラゴンであります。黄色い帽子三つ固まった。一番外からゴールドシチー差を詰める。さあ、メリーナイスこの辺りで一気に先頭に突き抜けるか」
すでに各馬最後の直線に入っていた。サクラスターオーは先団。よし、いける!
「来い来い来い! 上がれ上がれ!」
言葉が口をついて出ていた。そのくらい私はサクラスターオーに惚れていたのだ。
「レオテンザン粘っているが、レオテンザン粘っているが。さあ真ん中を割って、真ん中を割ってサニースワローか、サニースワローか。サクラスターオー来た。メリーナイス、メリーナイスであります。メリーナイスでありますが」
私は願いが通じる瞬間を目にした。サクラスターオーが、一歩、また一歩と力強く抜け出した。
「さあ先頭はこのあたりでサクラ! サクラ! サクラスターオーです! サクラスターオーです! そしてゴールドシチー追い込んだ! ユーワジェームス差を詰める! しかしサクラスターオー先頭だ! 菊の季節に桜が満開! 菊の季節に桜! サクラスターオーです! そして二着にゴールドシチーです! 菊の季節に九番サクラスターオー! 桜が満開になりました京都競馬場です! そして二着にゴールドシチーです!」
私は歓喜のあまり飛び上がった。馬券が当たったことを喜んでいるのではない。サクラスターオーが怪我から見事復活したこと、それをG1勝利という形で成し遂げたことを喜んでいるのだ。
競馬にはドラマがある。だからやめられない。桜吹雪のように舞う馬券を見ながらそう思った。