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第二話


コーヒーを飲み終えた彼は帰路に立つ。


彼の住宅は、賑わっている街から少し外れた閑静な住宅街にある。駅付近の喧騒とは対照的に静かすぎるほど静かで、ぽつんぽつんとついている街灯の光だけが街道を照らしていた。


しばらく歩いてから、ふと彼は足を止めた。


誰かが後をつけている。


彼が住む住宅街はとても入り組んだ迷路のようになっている。そうなると、延々自分以外の足音が聞こえるのは珍しいのだ。おそらく、謎のストーカー(?)は彼の後方数メートルにいるのだろう。


最初は気づいて欲しいと言わんばかりに大きな足音だったため、考えすぎかとも思ったが、それにしてはあまりにも歩調が合いすぎている。


ストーカーかどうか確かめるべく十字路を自宅とは真逆の右に曲がって、坂をさらに下り、もう一度右へ。ちょうどそこにはテニスコートくらいの公園があったので、中心に生えた大木の前で足を止め、ストーカーを待つ。


足音がついてきているのを確認し、勢いよく後ろを振り向くと、彼はあっと声を漏らした。目の前にいたのはカフェで見た影と同じ、灰色のフードを着た人物が立っていた。完全に忘れていた、もう少し警戒するべきだったと悔やんでも、後の祭り。脅威はすぐそばまで来ている。


「こんな夜遅くに公園にお出かけですか?」


そう言って彼は少し身構える。先刻思い出したカフェで見た影と、今目の前に居る人物の服装はかなり似通っており、夕方の窃盗犯の仲間が復讐にでも来たのか、と考える。しかし影の言葉は、ある意味で彼の予想を裏切るものだった。


「......付いて来なさい。話があるわ」


フードの中から若い女性の、それも花のようにおしとやかな優しい声が聞こえたからだ。しかしこんな非常事態では、かえってその優しい声が悪魔のささやきにも聞こえる。


「そんな怪しい格好の人の要求なんて、呑めるわけないじゃないですか」


「......そうね。なら......仕方がないわ」


溜め息混じりの、少し残念そうな声で影がしゃべった。

直後、影が黒いフードから鋭い眼光を覗かせた。それは彼が昼間に見せたあの眼光と酷似していて、彼は一層警戒を強める。


「強制連行よ」


突然、女の周りに烈風が吹き荒れる。彼は波のように吹く風に吹き飛ばされそうになり、とっさに地面に這いつくばって抵抗する。


強い風で砂埃が舞っている中、影を捉えようと目を凝らしてみると、すでにフードは飛ばされていて、影は長い髪をはためかせていた。


強い風に身動きが取れず、ひたすら地面に張り付いているうちに、彼の体に異変が起きていた。


だんだんと視界が歪んでいき、体に力が入らなくなる。


「睡眠ガス......?」


しかしガスなどの淀んだ刺激臭ではなく、華々しく咲き誇る桜の匂いが辺りを漂っていた。眠気を誘うその穏やかな春の匂いは、気を抜けばすぐに眠りに落ちてしまう、彼はそう確信した。


しかし彼は歯を食いしばりながら、目の前の影を睨み付ける。だがしかし、それも長くは続かなかった。限界を迎えた彼の瞼がゆっくりと、しかし確実に閉じてゆく。


ふと、閉じた網膜の裏に心に焼き付けた過去が浮かび上がった。それは彼自身が後悔し、そして戒めてきた、彼自身の誓い。


「なんで......こんな......どうして......!」


うわごとのように呟きながら、彼の意識は漆黒に落ちて、消えた。







「こちら天音。対象を無力化したよ。すぐに運ぶ準備を......!?」


じゃり、と後ろで音がした。


「……」


影、改め天音は恐る恐る振り向いた。


信じられなかった。


天音という女が施した術は今の今まで一度も解かれた事はない。それがどうだ。今や素人の、それも自身の能力すらきちんと自覚していない男が、信念だけで自身の術を打ち破り立ち上がろうとしている。その光景がどうしようもなく恐ろしかった。


ふらつきながらも少年は二本の足で立ち上がる。ガスは少年の体に貯まったままで、両足はガクガクと震え、腕からはぶらりと垂れ下がっている。


それでも、絶対に少年は倒れない。


少年は天音を睨み付けた。その眼光がギラリと光る。

まるで爆発するように、少年が天音に向かって飛び込んだ。


急速に飛び込んできた彼を見て、天音は両手で空間を集束させ、極限まで強い風の槍を作り出す。


力の篭っていない、速さだけを残した拳が天音の腹部に当たる寸前、天音は収束した風を少年へと叩き込む。彼の体はあと少しのところで後方へ吹き飛ばされ、公園の中央に佇む大木の幹に打たれて、地に落ちた。


天音は吹き飛ばされた少年に駆け寄って、治療を施す。


「......ごめんね」


そう言って天音は俯き、悲しそうな顔を浮かべたのだった。

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