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第9話

 髪が伸びた。もともと量が多くくせ毛なので伸びると制御不能になってしまう。梅雨の湿気を含み恐ろしい重さをかもしだしていた。自我をもった蛇のようだった。小さなころはこのくせ毛が嫌でたまらなかったが大人になってからは小まめに散髪をしてさほど気にならなくなっていた。しかし無職になってからは髪を切る必要がなくなり伸びるに任せた結果、このいまいましい生き物が復活してしまった。


 風呂場の鏡には頭に大きな黒い化物をのせた顔色の悪い男が映っていた。その化物に精気を吸われてしまったかのようだった。

 その化物の存在をどうにか無視してあらためて鏡を見た。僕はその男の顔に見覚えがなかった。


 お前は誰だ?


 僕以外であるはずはなかった。中肉中背。無職になってから痩せたわけでもないし、太ったわけでもない。

 違和感があるのは目つきだろうか。目つきは確かに悪くなった気がする。よどんでいる。しかし目つきという言葉にしっくりこなかった。何か、目そのものが知らぬものに変化しているように思えた。

 白目の部分は白い。少し血走っているがただのドライアイだろう。

 虹彩は黒い。……黒すぎる気がする。僕はもともと日本人らしい顔つきをしている。髪は黒々としている。しかし一般的な日本人より少し肌が白く、虹彩の色は薄いと自覚していた。その記憶の中にある虹彩よりも、鏡の中にある虹彩は、いくぶん黒すぎるように感じるのだ。


 風呂場についている照明の影響だろうかと根拠のない納得をして、そうそうに考えることをやめ、風呂に入った。


 次の日の朝、二階にある洗面所で顔を洗っている最中に前日のことを思いだし、改めて自分の顔を見た。照明だけでなく窓から入る日光につつまれた僕の顔は見覚えのある顔だった。虹彩の部分も僕が知っている色合いで、明るい茶色をしていた。


 顔を洗い終わり、窓の外を見ると、隣の家の奥さんが庭の手入れをしている姿が目に入った。

 我が家と同じく広い庭を持っており、我が家ほどたくさんではないが数種の花が咲いていた。ムクゲが特に目を引いた。二階から見ても大きな花であることがわかる。白い大きな花弁の中央あたりには水面に落ちた鮮血のような赤が滲んでいた。今朝は無風で、花たちもじっと息を潜めているようだった。


 お隣の庭から目を離すと、なみなみと水の張った田んぼが何枚も並んでいた。やはり静かで、波一つたたず鏡面のようだった。田んぼの合間を縫うようにして伸びていく道は、ずっと遠くにあるいくつかの山のふもとまで続いていた。にわかに空が騒がしくなった。痛々しいほど赤くなった。朝焼けだった。今日は午後から雨が降るらしい。午前中に庭仕事をしようと決めた。

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