表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

Seasons / シーズンズ

8. 匂

作者: 高橋知秋

 これは…私が高校生だった時の話なんですけど。


 高校生活って三年あって、やっぱり二年がいちばん緩むじゃないですか。担任にも「二年の中弛み」って言葉を嫌というほど聞かされたんですけど、まあ、本当に中弛みしてる人たちには届かないもんですよね。周りもなんかずっとガチャガチャしてたし、私も友達と一緒にひたすら遊び惚けてました。どうせ来年からは受験勉強でまともに遊べなくなるんだから!なんて言って。そんなこと言う奴らが真面目に受験勉強なんてするわけないって、今ならわかるんですけどね。

 大人になってから思うと、あの頃の私たちは一番やなだらけ方をしてたんですよね。ぐれるでもなく、かといって真面目なわけでもない、っていう。非行とかに走ってはいない。ただ普段よりも散漫になっている状態が長続きしているだけで、だから更生もしないっていう…そんな感じでした。

 それに、私の家は結構自由な感じで。門限とかも特になかったんです。まあ、ある程度放任していても変なぐれ方はしないだろう、という家族からの信頼があったんでしょうね。自分で言うのもなんですけど。だから「友達と遊んでくるから遅くなるよ!」と言ったら、少し帰りが遅くなってもちょっと注意されるだけで済む、そんな環境だったんです。だから余計遊びまくってました。


 …夏休みのあと、秋口の頃だったと思います。

 本来だったら二学期になって、中間試験なんかもあるのでびしっとしなきゃいけない時期だったんでしょうけど、例によって私のクラスの連中はだらけきってて。それで私も例に漏れず、週末に友達の家に何人かで集まって夜遅くまでゲームをしたり、くだらない話をしたり、それが過熱したら「明日休みだからいいよね!」なんて言ってそのまま親に連絡を入れてその友達の家に泊まったり…そんな毎日を送ってました。

 一応友達の家に泊まる時には、親に電話するときに泊めてもらう友達の親に出てもらって、「ちゃんと友達の家に泊まってるよ!」っていう証明もしてたんですけど、そんなところだけ真面目でもね…。


 で、その時もNっていう友達の家に泊めてもらうことになって。家に電話して、さて、ってところで着替えが無いことに気付いて。

 普段…金曜日とか週末に友達の家に遊びに行くときは、もしかしたら泊まりになるかもしれない、と思ってたいてい前以て着替えを持って行ってたんですけど、その日はゲームをやってたら遅くなっちゃって…本当に突発的だったんですよね。

 部屋着とかは友達に貸してもらうから良いとしても、下着とかまでは借りるわけにはいかないじゃないですか。その友達の家の近くには幸い…服とか売ってるタイプのちょっと大きめの二十四時間営業のスーパーがあって。じゃあそこに買いに行こうと。

 その日は私とN、あとRとFっていう友達が一緒にいたんですけど、流石に今から一人で行くのは怖いな、と思って、みんなで一緒に行くことになったんですよね。そういう話を一階の廊下でわちゃわちゃしてたら、Nのお父さんがたまたまその会話を小耳にはさんでたらしくて。「女の子だけだと不安だろうから、俺も付いていく」って言ってくれたんです。

 Nだけはちょっと嫌そうな反応だったんですけど、まあ自分の親ですからね…私とRとFはまさにその点をちょっと不安に思ってたんで、それは頼もしい!ぜひお願いします!って感じで。Nのお父さんは気さくで優しい人で、私たちに結構良くしてくれてたんですよね。特に私は、私とNとNのお父さんの三人だけでドライブに行ったこともあって、ちょっとした親戚に近い信頼感があったんです。だからこの申し出にも全然嫌な感じはなくて、若干後ろ向きなNをなだめて着いてきてもらうことにしたんです。


 なんだかんだで家を出たのが、夜の十一時ぐらいだったかな。

 そのスーパーに行くにはいくつかルートがあったんですけど、大通りから行くよりも河川敷の横にある道を通れば近いから、っていうことで、そこを歩くことにしたんです。大通りよりもひと気が少なくて街灯もちょっと暗いんで、女の子だけだったらアレだけど、今日はNのお父さんもいるから大丈夫だろう、ってことになって。

 普段そんな時間にこれだけの大人数で出かけることなんてないから、みんなテンション上がってて、若干はしゃぎ気味でしたね。Nのお父さんもみんなに気さくに話しかけてて、それに対してNが「ちょっとやめてよー!」なんて言ってて。あー、私の青春ってこれだなー、と客観的に思ったのを妙に覚えてます。


 そんな風にワイワイしゃべりながら歩いていたら、急に変な感覚になったんですよ。なんて言うんですかね…何かが間違ってるけど、それが何なのかわからない、みたいな、よくわからない感覚に襲われたんです。

 これ、なんだろう?と思ったら、…桜の匂いがするんです。…秋口ですよ。桜の匂いなんてするわけないじゃないですか。それどころかその辺りって桜の樹なんて植わってなくて。車でよく通るところだったかからわかるんですけど、春にそこを通っても全然花なんて咲いてなくて…。あれ?なんだこれ?ってなって。

 そしたら、周りのみんなもざわつき始めたんです。「これ桜の花の匂いじゃない?」ってなって、あ、私だけじゃなかったんだ!と思ったんですよ。もしかしたら気のせいか、それか私の鼻がおかしくなったのか、と思ってたんですけど、そうじゃなくて。「でもこんな季節に桜なんか咲いてるはずないよね?」みたいな感じになって。なんだろう、なんだろう、って話をしている間にもどんどん桜の匂いが強くなっていく。遠くに匂いの…原因というか…発信源?があって、だんだんそこに近づいている、そういう感じで。

 それで、もう今ここに誰が来ても桜の匂いに気付くだろう、ってぐらいに匂いが強くなったとき、急にRが悲鳴上げたんです。もうみんなすっごくびっくりして。

「どうした!?」

 って聞いたら、Rが泣きそうな声で

「あれ…」

 って上の方を指差して。みんなそっちのほうを見たんです。


 てるてる坊主が木に付けられてたんです。たぶん、布で作った…そうです、子供が雨の日に遊びで作るような。てるてる坊主の普通のサイズってのがどれぐらいかわからないんですけど…まあ、普通のサイズでした。

 でも、その数が異常だったんですよ。木に…それこそ何十個とか…下手したら百個超えてたかもしれない。とにかくすごい数のてるてる坊主が、木の枝という枝に、大量に…こう、びっしりとぶら下がってて。だから一瞬、それがてるてる坊主だって分からなかったんですよ。Rも最初は…「なんかこの木だけ種類が違って実でも成ってるのかな?」と思ったみたいです。

 それで…今でも忘れられないんですけど…そのてるてる坊主のひとつひとつ…全部に、ちゃんと顔が描いてあったんです。なんか…それが…説明しづらいんですけど、怖くしようと思って描いた感じの顔じゃなかったんです。わざとぐちゃぐちゃに描くとか、そういう感じはなくて…子供がちゃんと、可愛い顔にしようとして一生懸命描いた感じというか…。でもそれがその大量のてるてる坊主のひとつひとつに、全部…こう、描いてあるわけですよ。だからもう…本当に異様で。


 もうみんな…Nのお父さんも含めて、悲鳴に近い…「わー!」みたいな声を出して、その場から走って。逃げるような感じでしたね。もう本当にその場にいたくなくて。なんで桜の匂いなのかとか、なんでてるてる坊主なのかとか、もうそういうのを頭の中で処理できなくて、めっちゃ怖いからとにかく逃げるしかない、みたいな。そんな気持ちでした。


 で、大通りまで出たところで、何だあれはって話になって。…まあなんだあれは、って話をしても誰も答えを知らないわけだし、結局まとまった話にはなりませんでしたけど。そもそも桜ではない木から何故か桜の匂いがして、そこにてるてる坊主が山ほど下がってて、っていう状態そのものが意味が分からないんで、まとまった話になりようがないんですよね。なんか…Nが「今日はお父さんがいて本当に良かった」みたいなことを言ってたのは何となく覚えてます。それで、とりあえず目的のスーパーに向かおう、という話になって。それでそこまで行って、必要なものとか、あとお菓子とかを買って。

 結局、帰りはあの道を通りたくない、ってことになって、大通りを歩いて帰りました。その帰り道でもあれは何だったんだ、みたいな話をずっとしてた記憶があります。で、Nの家に着いて、Nのお母さんにそういうことがあった、という話をしたけど…「なにそれ!気持ち悪い!」みたいな話にしかなんなくて。まあ…当然ですよね。怖い話でありがちな、その道になんか変な噂があった、とか、そこらへんにそういうことをする変な人がいた、みたいな話も全く出て来なくて。

 結局みんなでNの部屋に戻って、適当に駄弁りながらゲームをしているうちに、そのことは話題にも上らなくなって…それでまあ話は終わりなんですけど。


 それ以降その道は極力通らないようにしたんですけど、その後そこらへんでなんかあったって話も聞かなくて。私たちに怖いことが起こったとか、そういうのもないです。だから未だにあれが何だったのかはよくわからなくて。結局なんで桜の匂いだったのかもよくわかりません。

 ただ、これ以降…桜の匂いが…なんていうか…苦手とまでは行かないんですけど、どうしても「春」とか「卒業」とか、そういう一般的なイメージが思い浮かぶ前に、あの大量のてるてる坊主が木にぶら下がってた光景の方が先に出るようになっちゃって。それで桜の花そのものにあまり良いイメージを抱けなくなりました。で、春になるとどうしても桜を見たりその匂いを嗅いだりするので、毎回このことを思い出すんですよ。それがなんか…嫌なんですよねえ。


…急に思ったんですけど、…あんな暗かったのに、何でてるてる坊主の顔ははっきり見えたんでしょうね?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ