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5 運命の出逢い()

読んでいただきありがとうございます。

 ユニコーンの里(仮)を出奔した私は、えいやっ! と気の向くまま、放浪を続けた。職業、旅人、みたいな。


 その過程で、色々な不思議生物に出逢った。いや、正確には見かけた、って言うべき?

 

 異世界転生モノで定番のワイバーンも出逢ったし(火を口から噴いていたのでそっと回避)、フェンリルらしき白い大きな犬っぽい生物も目撃したし(血の滴る魔物肉を口にしていて怖過ぎ。回避)、スライムにも遭遇したし(木と木の間をゴムボールのように高速で往復していて狂気を感じた。回避)、ケットシーらしき二足歩行の猫ちゃんも見つけたし(漸く話しかけられそうだったのに向こうが全力で逃げた)。


 ……聡い人には、お分かりいただけただろう。あくまで存在を確認しただけで、誰一人としてコミュニケーションが成立していないことを!


 詰まるところ、異世界に転生しようが、美ユニコーンに生まれ変わろうが、中身が麗子()である限り、良く言えば引っ込み思案、悪く言えばコミュ障な性格はそう簡単に治らない、ってことだ。


 ひとつ分かったのは、どうやら私の姿を見て、極度の興奮状態に陥るのは同じ種族のオスだけみたい。ケットシーの猫ちゃんなんかこの姿を目にするなり、四足歩行で走り去って行ったし……二足歩行のプライドを捨てさせるほど、この姿が怖かったのかしら。反省、反省。


 そんな感じでトボトボ歩いていると、いつの間にか自然豊かな場所から、開けた土地に出ていた。

 前世の世界と比べたら未開の地に等しいけれど、一応整備された道らしきものがあって、遠くに民家らしき建物がポツポツと見える。そして人間らしき生き物の姿も。


 女神様がヒト形だった時点で人間も存在しているのだろう、と思ったけれど、確信があった訳では無かったからちょっぴりホッとした。

 だけど、安堵したのも束の間。視界に人間を捉えた私が最初に思ったのは、


 くっさああああああああああああああああ!!!


 ただ、それだけだった。


 かなり距離が離れているにも関わらず、私の目はその人間の細部まで見ることが出来た。

 離れた場所にいるその人間は、多分若い女性で、金髪の可愛らしい子だった。前世の世界で言うなら、ロシアやウクライナなんかの東スラブ系、って雰囲気の子。


 刺繍の入ったブルーのワンピースは清潔そうで、髪の毛は左右に分けて耳の上で結ばれており、身だしなみもばっちりだ。この世界の衛生環境は知らないけれど、少なくともパッとみた感じで不潔な感じは一切ない。きっとお風呂だってきちんと毎日入っているだろう。


 それなのに――とにかく、クッサイのだ!

 鼻がもげそうなニオイ。信じられないくらいの悪臭。とてもじゃないけれど、近くになんて寄れない。


(ええーこれってどういう現象? 私の鼻が特別敏感なの? それともあの女の子、腋臭だったりするのかしら……。)


 その疑問は、後からやってきた男の存在によって更に深まることになった。

 何故なら、輝く笑顔で女の子に話しかける男性は見た目がすっごく爽やかで素敵なのに、女の子と同じくらい臭かったのだ。


(ど、どういうことなの!? この世界のヒトって皆臭いの!?)


 頭を抱え……たくても出来ないので、鬣を振り乱すことで混乱を表してみる。

 

 しかし数分後、ふたりが若いカップルらしくピンクな雰囲気を漂わせ始めたことで、私は天啓を得た。


 ――ユニコーンといえば、処女厨の急先鋒じゃないのっ!


 前世でユニコーンといえば、清らかな乙女を好む空想世界の生物として有名だった。うろ覚えだけど、普段は獰猛な性格をしているのに、清らかな乙女には弱くて、自分から擦り寄っていっちゃう……みたいな設定?ではなかったかしら。


 なんてこったい……その設定、多分この異世界でも有効なのだわ! 

 ラブラブカップルがピンクな雰囲気を漂わせれば漂わせる程、ニオイがきつくなるんだもの……。

 二人が野外で本格的にいちゃいちゃし始めたものだから、あまりの臭さに私は白目を剥いて(ユニコーンって白目あったかしら? ともかく気分的には白目を剥いていたわ)気を失ってしまった。



******



 どうやら私は殆どの人間には近寄れないらしい、と分かってからも、遠くから人間達を観察することは止められなかったわ。だって、前世から孤独に慣れている、とはいっても、ネットもテレビも無いこの世界では、本当にひとりぼっち。


 今更だけれど、多分、私が目覚めた場所も、その後彷徨っていた場所も、ちょっと特殊な場所だった。空気がとても清浄だったし、人間の姿を見かけなかった。あそこには私が出逢った以上に沢山の種類の生物がいた筈よ。

 そう思うと、人間達やあの場所を荒らしそうなものから認識されない魔法のような何かで、悪い物を遠ざけていたんだと思うのよ。


 よく考えずに人里まで来てしまったけれど、あの場所へ帰るべきかもしれない。少なくともあそこにはこんな悪臭はしなかった。

 異世界だからって、流石に無垢な子どもと、処女と、童貞だけの街なんて、あるわけないもの。


 はぁ。この世界の貞操観念って前世より酷かったりして……。

 

 後ろ向きな気持ちのまま、清浄な空気を求めて彷徨っていたらいつの間にか、大きな湖の畔に辿り着いていた。湖としてはそれ程大きくなくて、前世の麗子の感覚だと溜池に近いかな。


 人の住む街からはそんなに離れていない筈だけれど、幸い誰もいないようで悪臭は感じない。

 久々に思いっきり息を吸い込んだわ!


 そういえば、食べなくても問題ないみたいだから、目覚めたばかりの時に果実を少し食べた後、食事は摂ってないのだけど、そろそろ何か食べるべきなのかしら? ユニコーンなのに、ユニコーンの生態が分からない。野生の本能が目覚めるかと期待していたのだけれど、今のところ、前世の麗子の記憶が強すぎるのか、ユニコーンとしての本能は感じないのよね……。


 暇なのでなんとなく湖一周ツアーに繰り出す。


(……んっ?)


 視界の端に気になる黒が見えて、少し戻る。

 

(……あらっ!? あれは!?)



 私の視界に飛び込んできたもの――それは、どう見ても人間、それも、それなりに年齢を重ねているように見える男性。


(何故、あんな体勢で寝ているのかしら。)


 男が目を閉じているのをいいことに、近づいてみる。気配を抑えているとはいえ、かなり近い距離にいるのに男性は気付く様子が無い。湖の近くの木に寄りかかり、左手を右脇腹に回す不自然な体勢で腰を下ろしている。

 美しい濡れ羽色の髪の毛が俯いた顔を隠していて、表情は見えない。髪や服の隙間から覗く肌は驚く程白くて、真っすぐ立てば背も高そうだ。


 気付かれないのをいいことに、思う存分観察してみる。

 前世でこんなことをしたら、たちまち「こっち見んなっブス!」なんて暴言を吐かれていたわね。


「うっ!」


 私の邪な電波をキャッチしたのか、突然男が呻いたかと思うと、そのまま地面に倒れ込んだ。


(ええっ?! ユニコーン()の視線にそんな効果ないよねっ?!)


 焦ってよく見ると、男は苦しそうに呻いていて、顔色に血の気が感じられない。そのまま視線を下ろすと、腹部に酷い怪我を負っているようだ。身体を黒いローブで覆っていたため、分からなかったのだ。


 よく見ると、右腕の袖は鋭い刃物を大きく切られていて、血で袖が腕に張り付いている。不自然な体勢で左腕で右脇腹を抑えていたのは、右腕が動かせなかったからに違いない。その抑えた左手の下からは出血が止まらず、倒れた先の地面を赤く染めている。


 明らかに誰かに襲撃されている。それも、相手が死んでも構わない。むしろそれが目的でつけられた怪我だ。

 私はのんびり湖を半周してきたが、一度も怪しい人影は見なかったし、殺気も感じなかったから、この周囲に彼の敵はいないだろう。


(襲われて、此処まで逃げてきたということ……なのかしら)

 

 腕の傷は兎も角、腹部の傷はきっと致命傷だ。このまま放置すれば、出血多量で間もなく死に至る。


(ど、どうしよう!? この人、もう手遅れ?! 止血くらいはしてあげたいところだけれど……私、ユニコーンなのよね!! 前足だけじゃどうにもならない、っていうか一歩間違えたら踏みつぶしちゃいそうよっ!)


 これはもう、どうにもならないわ。可哀想だけれど、このままにしておくしか――。


 そう思った時、「ううっ!」と再び男が呻きながら身体をくねらせた。その拍子に、顔にかかっていた黒髪が顔の横に滑り落ちる。荒い吐息でうっすら目を開けた男と目が合う。


 (っ!? こ、この人、なんて――)


「ピ、ピイイイイイイイイイーーーーー!!!(イ、イケメーンっ!)」


 気付けば目が覚めて以降私を追いかけまわして来た、ユニコーン(♂)達と同じような鳴き声を出していた。

 

 そう、これがフォーリンラブ。男と目が合った瞬間、私は恋に落ちた。全身に稲妻が走ったように広がる甘い痺れ。


 目の前の男が瀕死の状況だとか、此方を見て驚きと恐怖で声も出せないくらい固まっているとか、そんな状況はもう頭になかった。

 今や大きく見開かれた目はアメジストのような美しい透き通った薄紫色。苦し気に寄せられた眉は凛々しく、すっと通った鼻梁の下には薄い唇。その唇から漏れる荒い息は、男性とは思えないくらいの色気を醸し出している。


(これが、噂に聞く、"ビビっとくる"ってこと……!)


 前世と今世を通して、初めての一目惚れだった。

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