3 親の愛
「あの、私はつい先程目覚めたばかりで、それ以前の記憶が無いのですが……」
『記憶が無いのはあなたが眠っていたからです。あなたの魂は、前世での沢山のつらい経験のせいでとても傷付いていました。だから生まれてからも自我は眠っている状態だった。此処はあなたのための揺り籠。あなたの父上が用意したものです。あなたは優しい繭の中で、傷付いた魂が癒え、自我が芽生えるその時まで守られていたのです』
「わたしの、父が……」
私はうっかり涙ぐみそうになった。
前世での私の父は、私を愛してくれなかった。別に虐待されたり、罵倒された訳ではないわ。
前世での私には、両親の他に兄が一人いた。両親は十人中十人がブスという私の両親だけあって美形とは程遠い顔立ちであったけれど、世間一般でいえば中の中とか、中の下とか、そういった評価を下されるレベルの容貌だったのじゃないかしら。
兄は幸いにも、両親の良い所だけを受け継いだ顔立ちで、家族の中では一番顔が綺麗だった。対して、残念なことに私は父と母の悪いところを寄せ集めた顔をしていたわ。
兄には自分から声を掛けるのに、私にはそっけない父。母は出来るだけ平等に接しようとしていたけれど、それでもやっぱり兄の方を可愛がっていたと子供心に感じていた。
ポロリと内情を漏らした友人には、「田舎って長男教が根強かったりするじゃない? 大した財産も無いのに、跡取りの長男を他の子どもと区別するやつ。気にするだけ無駄よ」と励まされた。
別に私の両親は田舎出身では無かったけれど、そういう価値観の人なのかもしれない、と思うことで自分を誤魔化していた。
けれど――ある日、私は聞いてしまったの。
長期休みに訪れた父の実家。一人遊びに飽きて室内に戻ると、祖父に向かって父が話していた。
「自分の子はどんな子でも可愛く見えるって言うけど、俺、どうしても麗子を可愛いと思えない。アレを愛せない。父親失格だけど、視界に入れたくないって思う」
その後に続く言葉なんて、聞かなくても分かった。"だってブスだから"。
父の子なのに、私の半分は父の遺伝子で出来ているのに。
その後、祖父がなんて答えるのか聞くのが怖くて私は逃げ出した。
以降、父に自分から話しかけることは無かった。元々、父から話しかけてくることは無かったので、父とは滅多に口を利かなくなった。
母はそれを突然やってきた反抗期だと思っていたみたい。父は罪悪感を感じながらもどこかホッとしているように見えた。
最期に話したのがいつだったかなんて、もう思い出せない。
私が死んだ時、両親はまだ健在だったわ。視界に入れるのも不快な娘が自分より先に死んで、父はどう思ったのかしら……。
女神様の慈悲で異世界に転生して……まだ顔も分からない両親だけれど、それでも今の私は確実に前世よりも愛されている。だって、女神様は此処を今の私の父が作った、私のための揺り籠だって言った。こんなに美しくて、キラキラして、優しい場所を作ってくれたのだもの。
女神様の前で泣くのは失礼よね。そう思って涙を必死に堪えた。女神様にはきっとバレていると思うけれど。
あ、そもそもユニコーンて涙を流すのかしら? 自分のことながら、生態はよくわからない。
「女神様、私の両親は、父は、母は、どこにいるのでしょうか」
出来るなら、会ってきちんと御礼を言いたい。私を生まれ変わらせてくれてありがとう、って。
そんな思いを込めて女神様を見つめると、女神様はバツの悪そうな表情を浮かべた。
『ああー……その、ちょっと言いづらいのだけれど、蜜月中なのです』
……んん? 私を生む前に長い蜜月があった筈では?
『ええ、二度目の蜜月ですね。原因はある意味あなたと言いますか……あなたの父が、あまりにも妻に似たあなたを可愛い可愛いと可愛がるので、あなたの母がヤキモチを焼いて拗ねてしまったのです。そこから世界を股にかけた追いかけっこが始まり――あなたの父が漸く妻を捕まえ、再びの蜜月期間に突入しました』
「なんと……。ち、因みに蜜月期間とはどのくらいで?」
『個人差がありますが、あなたのご両親の場合、前回はちょうど百年でした』
「ひゃ、ひゃくねん!?」
予想外の長さに驚く私を尻目に、ラブラブなのですよねーあのふたり、と女神様はニコニコしている。
『心配せずとも、その内会えますから』
にこ、っと笑った後、多分百年後くらいに……って小さく呟いた女神様。聞こえてますわよ!
それにしても、ユニコーンの寿命って長いのかしら。少なくとも私の両親は百年以上は生きているってことだものね。というか、今の私って一体何歳なのかしら!?
『今のあなたは生まれてから三年経ったところです。ヒトで言うと、九歳位の幼子くらいでしょうか。ユニコーンの寿命は保持する魔力量による個体差が大きいですが、あなたの両親はかなり魔力量が多いので、それを受け継いでいるあなたの寿命もそれなりに長い筈です』
なるほど……って、こ、この世界はやっぱり、魔法がある世界なんですね?!
『ええ、勿論です。気付いていないのですか? さっきからあなた、言葉を発さずに会話していることに』
「わ、わああああ、本当だっ」
そういえば、途中から言葉を口にしていないのに会話が成立していたわ!
今更、自分がユニコーンなくせして本当に今更なのだけど、魔法がある世界だったなんて、重度の中二病既往歴がある私にはかなり嬉しい。
『そんなわけで、第二の人生を楽しんでくださいね~』
「え、ま、待ってください女神様っ。私、これからどうすれば」
『だいじょーぶ、大丈夫! ユニコーンの独り立ちは早いのです。三歳なら充分ですよ~』
両親は蜜月中で、私は三歳。ヒトなら九歳の子どもらしいけれど、どちらにしてもまだ親の庇護が必要な年齢だ。
そんな私の不安をよそに、女神様は話しかけてきた時動揺、かるーく答えながらいずこかへフェードアウトしていった。