1 ブスの人生は辛い
読んでいただきありがとうございます。
※作中にブスや童貞、処女といった単語が多く出てきます。また、容姿や性事情についてかなり偏った考えや意見が登場する可能性があります。それにより不快になる方がいたら申し訳ありません。あくまでフィクションの登場人物による経験や考えに基づくものであり、現実世界の世情を反映したものや、作者の考えを反映したものではありませんので、ご了承ください。
たまたまブスに生まれた、ってだけで、どれだけ人生ハードモードか、わかる?
『美人は三日で飽きる』って言うじゃない? ブスはそもそも三日も猶予を貰えないから。人によっては三日どころか三時間……否、三秒も見てくれない。
こんなことを言うと、「人は見た目より中身だ」と偉そうに言ってくる奴が夏場プールに湧くボウフラのように大量発生するわけだけど、いくら内面を磨いたって、そもそも見た目が良く無ければ中身を知ってもらうことすら出来ないのよ。
なんだっけ、あれ。多分どこかの大学か研究所とかが調べた研究結果。美人はそうでない人より平均で三千万〜一億円くらい生涯年収が高い、ってやつ。あれ、事実よね。っていうか、これ調べたやつ絶対男よね。そんでもって多分不細工じゃない奴。
だってブスはそんなの、調べるまでもなく実際に体感してるから。
男の人って、よく言うじゃない。
『女はいいよな』って。
うん、そう言いたくなる気持ち、まるで分からないわけでもない。
でもそれ、違う。そうじゃないの。正しくはこう!
『(顔が良くてスタイルもいい美人の)女はいいよな』
自他ともに認めるブスの私が断言するわ。女のブスは男の不細工より余程人生ハードモードなんだから!
学生時代はブスといじめられ、就活だって美人な子から決まっていく。会社に入れば『折角入った新入社員がブスかよ!』と陰口を叩かれ、美人との扱いの差に心はボッキボキ。
当然モテないから男に逃げることも出来ないし、結婚なんて夢のまた夢。そもそも億が一結婚出来たところで、自分と同じブスが生まれたら……と思うと、子どもを産みたいとも思えない。
それでも周りに取り残されるのが怖くて婚活してみれば、無いわーって男の人にも馬鹿にされ告白してもないのに『ちょっと無理です』とお断りされたり。
だから他人様を不快にさせないように、マスクを付けて出来るだけ俯いて歩くの。出来るだけ人通りの少ない道や時間を選んでね。
いっそのこと、有名な魔法使いの映画に出てきたみたいな透明マントがあればいいのに、っていつも思っていた。確か海外では光学迷彩の技術がかなり発達していて、それに近いものが軍事用で開発されているって記事を読んだことがある。軍事用じゃなくて、私のようにいっそ背景と同化したいブスに売り出したらバカ売れするんじゃないかしら。あ、でも私レベルのブスは中々いない、って結構な人数に言われたことがあるから、もしかしたらそれ程売れないかもね。
スマホを皆持つようになってから、あちこちでパシャパシャ写真を撮るのが普通になったけれど、写真なんて大嫌いだった。それにブスの写真なんて、誰も見たくないでしょ。
それなのに、何故か中々いないレベルのブスだと、ある意味美人と同じ位被写体としての価値があるらしい。通りすがりの人や、大して仲良くない人間にこっそり写真を取られて何回もSNSにアップされたことがある。普通に犯罪よね。
こちらが反応すればする程、相手を愉快にさせるだけだから無関心を装っていたけれど、心の中では大出血よ! 物理攻撃だったら殺人未遂で逮捕される案件なのに、目に見えない傷なら何の罪にも問われないなんて、おかしくない?
そういえば、いつだったか、美人の子が私に漏らしたことがある。
「街を歩いていて、何気なくショーウィンドウを見て、すごく綺麗な人がいるな、って思ったら自分だったことが何度もある」って。
普通に考えて嫌味よね。美人やイケメンと呼ばれる人達は、何故か私のようなブスの前では遠慮とか謙遜をせず、本音を話す傾向にある。多分あれって、ブスが何を言おうが、何をしようが、圧倒的容姿の優位性の前には自分が不利になることは天地がひっくり返ってもないと、ブスを見下しているからこそ、ブスの前で気が緩むんじゃないかしら。
でもこの時ばかりは、私が一番に感じたのは劣等感ではなくて「わかるー!」っていう共感だったのよね。だって似た経験を、いつもしているから。
何気なく鏡やショーウィンドウに映った時、息が止まりそうになるもの。なんかすっごいブスがいる! って思ったら自分なのよね。
自分がブスなことなんて充分理解しているのに、時々それを忘れてしまうのは何故なのかしら。ずっと自分はネガティブな性格だと思っていたけれど、もしかしたらポジティブな思考の持ち主だったのかも。
あれ、思い返すとどんどんブスエピソードが出て来て止まらないわ。ブスの人生って、思ってた以上に悲惨じゃない?
そもそも、なんで今更深い悲しみだらけの人生を振り返ってたんだろう。
………そうだ。私、車に轢かれたんだった。
スーパーに寄った帰り、青信号で横断歩道を渡る子どもの向こうから、凄い勢いで大型トラックが突っ込んで来るのが見えて――思わず、子どもを庇って突き飛ばしたんだ。
視界いっぱいに二つのヘッドライトが迫った次の瞬間、衝撃と共に地面に寝転んでた。身体が全然動かせないから、目だけを必死に動かして。
前方にアスファルトにへたり込む、助けた男の子と目があった。よかった助けられて、って思ったら、思わず微笑んでいた。私の人生で一番、穏やかな微笑みだったと思うわ。そうしたら――
『化け物オオオオ!!!』
って大声で叫ばれたんだ。命の恩人にヒドくない?
そして、ブラックアウト。
さっきまでのは、走馬灯ってやつだったのかな。
それにしても、最後に聞いた言葉が『化け物オオオオ!!!』か……。なんて悲しいブスの人生。
ブスに人権はない、っていつか誰かが言ってた。あれ、本当だね。
身体から力が抜けていくのが分かる。もう目も開けられないし、意識を保つのが難しい。
私はきっと、死ぬんだろう。
ねぇ神様、私、いい子でいたよ?
殺しも詐欺も盗みもしなかったし、他人には出来るだけ優しくしたし、困っている人は助けたよ。決して明るいとはいえない性格だったけど、かなりのブスというハンデを背負っていた割には、真っ直ぐ育ったと思うよ。
それでも、ただブスっていうだけで、つらくて、暗くて、孤独な、悲しい人生だった。
幸せに、なりたかった。
私だって、幸せに、なりたかったよ!!!
だから、神様……。
もしも、生まれ変わるなら………来世は可愛く生まれたい。
もう顔を隠して、俯いて歩く必要なんてないように………。
太陽の下を、堂々と胸張って歩けるように……。
《その願い、聞き届けましょう》
薄れゆく意識の中、遥か遠くからそんな声が聞こえた気がした……――。