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「まみちゃん、これでいいの?」
僕は、まみちゃんの指示で、完全に冷たくなっている囚人服姿の遺体を、上から見たときと同じ姿勢・角度になるように、中年コンビと協力して置き直していた。
こんな不自然な死に方をした人のそばにいるのは初めてで、目のやりどころがない。
まみちゃんはそんな僕たちを尻目に、カレンダーガールのコスチュームに付属のすみれ色の手袋をつけた手で、段ボールの陰をのぞきこんだり、手すりを観察したりしていたが、僕の声かけに振り返ってうなずいた。
「うん、そんな感じだったね。えーと、どこから説明したらいいの? どこから分かってないわけ?」
『親父さん』が苦虫をかみつぶしたような顔で言う。
「そう言うんなら、シラン君が一番分かってないだろう。まみのことだからどうせ、何にも説明せずに連れてきたんだろう? まずは彼に分かるように説明しなさい。こっちでも必要があれば、適宜、話を止めて質問するから」
ありがたい。
「うん。じゃあ、前提のところから手短に。今日、アタシたちがここに来たのは、とある筋から、あっちのビルで今夜大きなドラッグの取引があるという情報をつかんだからだった」
まみちゃんは、隣にそびえるタイル貼りのビルを指差した。
「アタシたち?」
「そう。アタシとポン介は、親父さんのやってる正条探偵事務所の調査員なんだ。流警部は、親父さんがいつも協力してる、警視庁の警部さん。ここのビルでは今夜、ハロウィンにかこつけて、クラブで仮装イベントが行われてたの。シランさんはわかるよね、DJがいる方のクラブね」
僕がうなずくと、まみちゃんは親父さんと流警部を指差した。
「ほらっ。おじさんたちの常識が古いの! 美人のお姉さんが接待するお店じゃないってアタシ何回も言ったでしょ。フロアで踊る店はディスコだろうって、三十年前の常識振りかざしてアタシの言うことちっとも聞かないんだもん」
「まあ、落ち着いてまみちゃん。それで?」
僕が促すと、まみちゃんはオレンジブラウンのツインテールをかるくゆすって続けた。
「クラブの雇われ店長が売人。パーティーに紛れて客が買いに来る。それで、警部と親父さんが、警察の人とクラブに潜入して、誰が売買に関わっているかあぶり出す役割、アタシとポン介と砂川刑事が外にいて、逃げ出したやつを確保する役目だったってわけ」
「ポン介?」
僕がドラキュラ少年に視線をやると、彼は小さくなってうなずいた。
「自分から名乗るときは、正条東介といいます。でも、みんなはポン介と」
よくよく麻雀から逃れられない名前である。トウスケがトンスケでポンスケになってしまったのか。それとも、逆で、ポン介ありきで遡ってトウスケが決まったのか。
「だから、クラブを勘違いしてる時点で、潜入は人選ミスだったんだって。おじさんたち、気づかれちゃったんでしょう?」
まみちゃんは、憤懣やるかたない様子で腰に手を当てた。
「面目ない」
流警部が大きな身体をちぢこませる。
「初めは売買らしき様子が観察できたんだ。でもとにかく人混みがすごくて対象が見えにくい。それで近寄ろうとして、動きが不自然になったのを気づかれたらしい。いつの間にか店長らしい男が消えていた。その時、私の携帯に、外の身投げ騒ぎの報が入ってきて、人混みがすごくて所轄がすぐに入れないから、可能なら対応しろと言われてね」
仕方なく、買い手側だったとおぼしい数人の客には目立たないように声をかけて押さえつつ、様子を知るために部下を一人、外に派遣しようとしていたのだという。
「私はその身投げ騒ぎが怪しいと踏んで屋上に出ようと思った」
親父さんが話を引き継いだ。
「遅かったよね」
まみちゃんが腕を組む。
「鍵がかかってたんだ。スチールのドアをぶち破るわけにもいかんだろう。守衛室に行って鍵を出させるのに、数分かかった。その上、ドアの外側に、コンクリートブロックで重石がしてあったんだ」
「逃げられちゃ世話ないよ。その後の様子は、アタシたちが外で見ていた通りだよね、シランさん」
「どんな様子だったんだ?」
親父さんに問われて、僕は手短に説明した。
「囚人服姿の人物が屋上の柵の外に立っていた。下の有象無象の連中に見つかって、写真がサエズリにアップされて騒ぎになっていたんだ。屋上の人物は、最初は道路に面した側にいたけれど、怯えたように、隣のビルと接した方の辺に移動した。その時、レーザーポインタの光線を当てられて、振り払おうとするような仕草をして、バランスを崩して落ちた。ちょうどそのタイミングで、はぐれていたまみちゃんが僕を見つけて、人命救助だと言って、この六階建てのビルの非常階段から屋上に上がってきた」
「それから?」
「僕らが屋上から隣のビルを見下ろしたら、変な姿勢になって倒れている囚人服姿の男が見えた。守衛が駆けつけて、声を掛けたりしていたけれど、ピクリとも動かなかった。それで、担架を持ってきて、下に下ろそうとしていたんだ。そのとき、ポン介も三階建ての屋上に来ていたよな?」
僕が話を振ると、彼はうなずいた。
「僕は、まみさんに言われて路地で見張りをしていました。男が落ちる直前、まみさんからのメッセージで、三階建てのビルから逃げ出すやつがいるかもしれない、チャンスがあれば内部に潜入して確認しろと言われて。その後で、守衛の制服を来た人物が、けが人を下ろすのに、エレベーターがないから人手が必要だと、手助けを求めたんです。最初はみんな引いていたんですが、ミイラ男が手をあげると、数人が後に続きました。僕もその中に志願して入り込みました。会話をしているのを聞きましたが、お互いに全く知り合いではなさそうでした。屋上に来ると、上からまみさんが声をかけてきて、路地の先の交差点にいる警察官を呼べと。大声を出したので、周囲の人達も聞いていて、下に着いた瞬間、僕が何も言わないうちから、伝言ゲームのように周りの人達に伝え始めて、砂川刑事が担架までたどり着いたのは数分のうちだったと思います。でも、僕も砂川刑事もさっぱり事態がつかめなくて。救急車を呼んだから路地まで運び出すのを手伝ってくれという守衛の言葉に、そのまま、路地の出口に向かっている途中で、まみさんが守衛を蹴り倒したんです」
ポン介は怯えたような視線をまみちゃんに送った。
「何よ。アタシだって、むやみやたらに蹴り倒したわけじゃないよ。だって、その状況なら、どう考えても、あの守衛姿の男がクラブの屋上から逃げ出したヤツでしょ」
憤慨したように、まみちゃんは腕を組んだ。