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#幸せと人外の明日を  作者: 夜風 邑
第一章 『人外の学校』
7/11

7. 『運命の矢は居住地にまで及ぶ』


「ふーっ。疲れた」


ゆっくりと伸びをする凛雨を、木陰が優しく受け止める。

初夏の気温はまだ暖かく、暑いとは到底言えないくらいの暑さである。

皆、この適温に、少なからず心が安らいでいる様だ。

通学路の側にある公園には、仲睦まじく座る老夫婦までもが見える程なのだ。

その近くで大きな気が揺れる様は、まるで絵本の世界だった。

誰もが新しい年度にも慣れ、ゴールデンウィークボケからも立ち直っていく5月の今日この頃。


麗しき日に、凛雨の気分は――怒りの絶頂である。

ブチギレ寸前である。憤慨している。

そして、肩より短い髪を然りに弄り、横目で隣人を――否、敢えて、隣人()と言っておこう。

彼らを睨む。

だが、特に効果は無し。

しかも、その度に1人が苦笑を返すもので、美味なる油を凛雨の怒りの火に、優雅にも注いでくれるのだ。


「ねぇ、何でいるわけ?」


何も、厳しい言い方をしたいのでは無い。

そうなってしまうんだ、と言うのが、凛雨の弁であるからして。

隣の彼は、また苦笑した。

――凛雨に1ℓの油が輸入される。


「ボクはね?君が嫌なんじゃ無いんだ。君と帰るのが嫌なんだよ!」


「それは、俺が嫌いって事なんじゃないのかなって思うんだけど……?でも、そうじゃないなら、嬉しい限りだよ」


「かっこいい言葉と顔で女性の心に土足で上がるな最低」


「君が振ってきたんじゃないか……」


余りにも理不尽な掛け合いに、後ろから付いてくる、他の2人も諦める。

――つい5分前、凛雨に話し合いで粉砕されたのも、理由の一つだが。

折角の5月の程良い陽気だというのに、各々下校中の4人、様々な問題で頭を抱える。

しかし、勇気のある1人は、凛雨の側に駆け寄った。


「りうりうー、そんなに僕達と帰りたくないの?」


「そうですよ、凛雨さん。何で嫌なのか、教えてくださらないと、どうにも……」


「何が嫌なの?」


凛雨の側に駆け寄った男子――瑠衣で1人、それに付いてきて、狐の尾を揺らす男性――綾で1人、隣人の彼――櫂で1人。

凛雨も含め、合計4人で帰宅中の放課後。

怒り心頭の凛雨は、周りの迷惑にならない程の声で叫ぶ。


「そんなの、君達が王子だからに決まってるだろう――!」


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


――事の発端は、5限目の終わりにまで迫る。


「凛雨。今日、俺、リーダー関連の用事あるから、一緒に帰れないんだよ。どうする?」


5限が終わり、6限と7限の支度をしていると、突如、龍斗が話を持ち込んできた。

次は移動で、皆急いで用意しているのか、若干騒がしくも感じていた時だ。

無論、凛雨の答えは決まっている。


「どうするって、自分で帰るよ」


――寧ろ、1人で帰りたい。

目立つのは嫌いだ。


「いや、でもさ……」


「杞憂だよ。黙っとくし」


「や、でも……」


中々諦めようとしない。

それに少しだけイラッとしつつ、極上の笑みを浮かべる。


「1人で帰るよ」


「誰かと変わるか……」


「1人で帰るよ」


「櫂とかだな……」


「1人で帰るよ」


極上の笑み。

その真意に気付いた龍斗は、ゾッとした様に、背を退け反らせた。

周りも凛雨を取り巻く空気の冷たさに、王子である龍斗がいながらも、自然と離れていく。

――チャンス


「じゃ、次、移動だから。先行くよ」


「あ、おい!話はまだ終わってねえぞ!」


龍斗の怒号から逃げる様に、その場を去った。

凛雨は、制服のスカートを持ち上げると、階段を二段飛ばしで駆け上がる。

後ろから、猛烈な勢いで『異能力者』の実力を行使する龍斗から逃げる様に、走って走って第二実験室に辿り着いた。


「……っ…はぁ……もう…っ…はぁ……追ってこないだろうね……?」


息も絶え絶えになりながら、凛雨は後ろを見る。

龍斗は諦めた様子で、ゆっくりと階段を上がってきているのが見えた。


「ふーっ」


大きく息を吐く。

凛雨はそこで、安心してしまったのだ。




――放課後。

いつも通り……では無い。

1人での下校は久方ぶりだ。

正門の近くまで来ると、龍斗が千隼とミーティングをしているのが見て取れた。


「良かった。追ってきてない……」


凛雨が、これ程までに1人で帰りたがるのは訳がある。

それは、龍斗の王子としての知名度。

毎度毎度下向するたび、朝から女子生徒達の事情聴取を受けなくてはならない。

その原動力は嫉妬か、あるいは羨望か。

凛雨自身は、どちらもだと思う。


しかし、龍斗にも凛雨と帰る理由がある。

凛雨との契約なのだ。

凛雨の両親は優しさ故か、登下校中を大変気にしている。

そのことは、決して凛雨が『魔法使い』だと、他人に知られたくない訳では無い、と主張しておこう。

ただ純粋に、純朴に、心配しているのだ。

世間から、暗黙の了解として知られている『人外』。

凛雨は、まだ外見から分からないが、いつ力が分かってしまうか知れたものでは無い。

外でどんな批判を浴びるか。


それが、『人外』の宿命だと割り切ることもできる。

だが、両親と、さらに姉も、凛雨のことを気にかけていた。

しかし、しかし、だ。

両親や姉が高校について行くのは難しい。

各々予定もある上、家族と登下校など、凛雨が悪目立ちするからだ。


契約が決まった日の事を、凛雨はずっと覚えている。

高校に入学する前、幼馴染の龍斗の前で、いつも両親と姉は話し合っていた。

そして、誰が行くのか、と言う最難関の場所に踏み込んだ途端、凛雨以外の全員の視線が――龍斗に向いた。


それ以来、凛雨がどんなに避けようと、龍斗は契約で結ばれている為、片時も離れずいてくれる。

片時も離れず。

片時も。


彼が、どうして契約したのかは、凛雨には分からない。

が、凛雨にとっては、王子と帰る方もありがた迷惑なのだと言う事を記しておく。


校門を出ようと、角を曲がる。

龍斗達の姿が見えなくなった所で、一息つき――


「あ、木舟さん」


「りうりう〜っ!」


「凛雨さん、先程はどうも」


「――!!」


霜峯櫂、夕凪瑠衣、火秋綾が門に佇んでいた。

まあ予想通り、生徒達の視線が、注がれる注がれる。

その光景に、凛雨は大変不機嫌になった。


「あ、どうも。じゃね」


「〰︎〰︎〰︎!?」


瑠衣の、声にもならない声が響く。

櫂と綾も呆れた目をした。


「で、火秋先輩、霜峯くん、瑠衣、何でいるわけ〜?」


満面の笑み。

否、満面の怒り顔、と言った方が正しいだろう。

案の定、鬼の形相をした凛雨に、3人とも見事同時に顔を逸らす。

それでも尚、説明を求める凛雨に、最初に観念したのは綾だった。


「すみません。龍斗に頼まれまして。断れずに……」


「そ、そうそう!何も、僕が行きたくて進み出たんじゃ無いし、駄々をこねたんじゃ無いし……」


「今、君が無理矢理来た事がバレたけど!?」


口を挟んで、瑠衣が撃沈。

続く綾も、凛雨の一睨みで轟沈した。

残るは櫂だが、王子各々のファンクラブの中で、飛び抜けて大規模な櫂のファンクラブを敵に回したく無い。

ここは潔く、勝ち逃げしよう。


「とにかく、ボクは帰らせてもらう」


「え〜っ、え〜っ!」


「凛雨さん……!」


「ちょっ、まっ」


3人の声を聞きながら、颯爽と歩き出す。

その立ち振る舞いに、2人は諦めたが、もう1人――瑠衣は諦めなかった。


「待って!りうりう〜っ!」


校門を抜けた凛雨に、小さな体が襲いかかる。

高く高く宙を飛んで。

常人ではあり得ないほどの高さを舞う。

そして、周りが驚く中、凛雨に瑠衣が抱きついた。


「はっ!?」


「む〜っ!逃さないもん!」


凛雨の顔が赤くなる。

頭一つ分低い身長のせいか、腹の辺りに手が回っており、細い体に締め付けられた。

どこかで、風が吹く音がする。


「風の……っ、『魔法使い』……っか」


風を操る『魔法使い』である瑠衣は、風に乗って凛雨に飛びかかることも可能だ。

その事実に、凛雨は大きく溜息を吐く。

火照った頬は、まだ冷えない。

抱きついた彼は、嬉しそうに凛雨の背中に自分の頬を撫でつけた。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「で、何で帰ることになったのか……」


「ふふーん♪」


上機嫌な瑠衣と、不機嫌な凛雨。

ギスギスな2人を見つめるのは、微笑した2人。

何とも、慣れない光景である。

鼻歌を口遊む瑠衣を横目に、凛雨は静かな溜息を吐いた。


「瑠衣……」


何とも言えぬ愛らしさを前に、遂に凛雨も言葉を失う。

その様子を見ていた陵は、彼方よりの疑問を口にした。


「しかし、何故、瑠衣だけ名前呼びなのでしょう?龍斗はともかくとして、何か理由でも?」


あ、と止める瑠衣をさておき、凛雨は待ってました、とばかりに口を開く。

妥当な質問に、凛雨はあっさりと朝の事を暴露した。


「いや?最初は夕凪くん、と呼んでいたんだけど、泣き叫んで頼むものだからつい……」


それで折れていたのでは、顔を上げる術を知らない。

不覚の事態が起こった事に、我ながらショックを受ける。

その話を聞いた2人は、しばらく唖然としている様だったが、先に口を開いたのは綾だった。


「そうですか。では、僕のことも名前で呼んでくださいませんか?」


「ぇ」


自らのことを指差し頼む綾に、言葉もない。

驚きと羞恥(しゅうち)から、風の吹く音だけが、その場に流れる。

いわゆる、沈黙というやつである。


「いいじゃないのー?りうりうっ!呼んであげてっ」


沈黙を最初に破った勇者は瑠衣だった。

彼は凛雨に再び抱きつくと、赤い顔をした凛雨に最上級の甘え顔でねだる。

それを、凛雨以外の2人は黙認。

――薄情な人達である。

瑠衣には弱い凛雨は、渋々と言った様子で小さく名前を呼ぶ。


「綾……先輩」


気恥ずかしさから小声になり、風に攫われそうになるが、言ったは言ったのだ。

二度は言わない心算だ。

だが、しっかりと聞き取ったらしく、綾の顔が嬉しそうに崩れるのが分かる。

凛雨の顔が、真っ赤に染まった。


「見るなぁっ!!」


その後、相好を崩した各々に、凛雨の怒号が響き渡るのは、当然だと言っておこう。


              ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

☆☆


道中での出来事はこのくらいにするとして、舞台は凛雨の家へと移る。


「あのさ、もうすぐボクの家だし。送ってくれてるんだったら、もう大丈夫だけど」


「……あ、いや、その、ね」


「――今、歯切れ悪くなった?今、多分ボクに言ったら嫌がるだろうな、的なことを思った?」


自宅であるマンションに近づく最中、歯切れを悪くした櫂を攻める凛雨が、近くの窓ガラスを通して見える。

その表情は、物凄く強張っていた。


「木舟さん、話さないといけないことが――」


「とにかく帰って!」


そう言うや否や、マンションの自動ドアが開く。

もう、すぐ近くまで来ていてしまっていたのだ。

そして、その中から2人の女性が姿を現す。

左側にいる1人は茶髪。

もう1人は黒髪だ。


「お帰りなさーい。凛雨〜」


「遅かったわね」


――即ち、姉。

これが、凛雨がマンションまで来て欲しくなかった理由の、一つである。


「えと……?」


「木舟さんの知り合い?」


「そうよ〜。凛雨の長姉の木舟華音です〜っ」


「同じく。あたしは、凛雨の次姉の木舟沙月(さが)よ。よろしく」


瑠衣含め、3人が言葉を失う。

凛雨の2人の姉、華音と沙月。

それぞれ性格は違えど、共通点が一つ。

――末妹に対して、過保護だと言うこと。


「ねーえー。凛雨〜。今日どうかしたの〜?電話切っちゃって〜」


「それは、完全に華姉のせいだと思うわ。あたしでも迷惑しちゃうわよ、そんなの」


「あら〜。そう〜?」


おっとりとした華音と、尖った性格の沙月。

どちらも、凛雨にとっては懸念すべき相手であることは確かだ。

一方、瑠衣達3人は、口を開いたままである。

唖然とした面持ちで、見ていてすぐに分かる程、絶句という言葉をなぞっていた。


「あ、昼の電話って……」


櫂の推測は正しい。

昼休み、オリ合宿の打ち合わせ時に電話がかかってきた原因……というか、犯人は華音だ。

学校にも関わらず、寧ろ自分も大学に在中だろうに、ご丁寧な事である。

何故かける気になったのか、知りたい気持ちも山々だが、答えが大方分かっているので敢えて聞かない。


「あら〜っ?この子達……って、彼氏さん?」


「――は!?」


「何を言ってるの!?今、何て言ったの!?」


爆弾発言とは、この事を言うのだろう。

口を挟もうとした凛雨を押し除け、沙月が櫂に掴みかかる。

櫂を壁にぶつけると、黒髪を掻き分けると、尋問に入った。


「アンタ、凛雨の事、どう思ってんの?恋愛感情抱いてんの?変な事とか、してないでしょうね!?」


凛雨にはダダ甘な沙月なのである。

それを許さないのは、当の本人である、凛雨のみだ。


「沙月姉!やめてってば!」


「何故?可愛い妹に彼氏がいるなんて、これは下調べが必要な予感が――」


「うん、一番やめてほしいだけど!やめてくれる!?」


先程から、口を開け閉めする事しか自由が無い櫂を、解放するように促す。

ようやく自由を獲得した櫂は、恐る恐る沙月から離れた。

相当、恐怖は刻み込まれたらしい。


「……じゃ、アンタ達、誰よ?最近は朝にマンションで見かけるけど」


「下調べはしてるんだと言う事が分かったよ!?……って、は?マンション?」


「あ、言うのを忘れてたんだけどね……?僕達、この春から、りうりうと一緒のマンションに引っ越して来たの〜」


「じゃないっ!!」


完全にパニック状態に陥った凛雨は、この場にいる4人と+龍斗に最大級の恨みを覚える。

その瞳を見、綾も尾を丸めて、たじろぐ程に。


「ん〜っ?話終わった〜?」


一番不憫なのは、板挟みになっていた長姉の華音であると、弁護側は主張したい。

ともかく、同じマンションに居ると分かった3人の事情を聞くのは、どうやらお預けの様だ。

何故なら――


グーッ

瑠衣の腹の虫が鳴ったからだ。

丁度、夕食時である事も手伝って、大変な空腹を凛雨も覚える。


「あっ、ねーぇ、今日ね〜、夕飯作りすぎちゃったのよ〜。彼氏さん達も、一緒にど〜お?」


「わーい!やったーっ!」


「彼氏さん達って、付き合ってないし、二股みたいに言うのやめてくれる!?」


凄く心外だ、と言う顔をした凛雨を4人は笑い合って、更に逆上させている光景に、見る人からは映っただろう。

微笑ましい光景である事は、凛雨当人から説明したい。

笑い声と尖った声が響く。

それは、楽しそうで、『常人』と変わらぬ光景だった。



5月のある日。

――オリ合宿まで、実に後1週間。

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