4.『王子様っ』
「きゃーっ♡いた〜っ!」
教室から歓声が聞こえる。
廊下から、生徒達が突進していく。
この状況の原因はただ一人。
「櫂くーん!」
「ねぇ、こっち見て!!」
「ちょっとどいて!」
「やーっ!踏まないでっ!」
押し寄せる人に潰されそうになりながら、龍斗と凛雨は教室に入る。
先程、瑠衣と別れたばかりだと言うのに、また怒涛の展開である。
溜息を吐きながら、凛雨は不満を口にした。
「今朝の二の舞をされると、幻滅もいいところだね、龍斗」
「そこで俺を見るなよ。これは俺のせいじゃねぇぞ」
「同じ様なものだ」
「お前な!」
あっさりと龍斗への不満へと転換し、ファンクラブの歓声を聞く。
それは、遠くの声や、近くにいる人達の声からもする。
こちらにも龍斗がいることに気づいたらしく、人だかりが早くも出来始めていた。
「ボクは、もう退場するよ。そろそろ、身の危険を感じるからね」
嫉妬と妬みの目で睨まれ、凛雨はあっさりと引き下がる。
龍斗に薄情者と視線で訴えられつつ、彼を囮にして逃げた。
「龍斗くん!こっち向いて〜っ♡」
「おいやめろ!近づくなっ!」
彼の訴えは通じず、ファン達の餌食になってしまう。
凛雨は遠くから見て、嘲笑と言う笑いを噛み殺した。
――高みの見物とは、まさにこれ。
「あ、あの。木舟さん!」
その声に振り向く。
震える手で肩を叩いてきた――肩を軽く触り(本人は叩いたつもりなのだろう)、急いで手を引っ込めたのは、由奈だった。
「なに?君には、凛雨で良いって言ったはずだけど?」
やや厳しめな口調で応答する。
彼女――由奈は、はいぃっ、と言った変な声を出しながらも、質問を投げかける。
人気ランキング事件から、彼女と凛雨は親しくなったいた。
「凛雨さん、宮馬君と知り合い?」
「龍斗?いや?違うけど?」
ボクは何も知りません。
そこで偶々会っただけ。
如何にもその様に装う。
凛雨の嫌がらせに気づいたのか、龍斗の生暖かい視線を浴びた。
「あ、そうなんだ……。そ、それはごめんなさいっ!」
「君、あんまり謝らない方がいいよ」
「それは、すみま……分かりました!」
学習能力が高い様だ。
少し意地悪ながらも、二人は笑い合う。
それを恨めしそうに見つめる目。
「龍斗、ファンに解放されたわけ?」
ようやく人だからから抜け出せた様で、息を切らす龍斗に悪態をつく。
「お前、よくも無関係とか言ってくれたなあ……!」
大変お怒り。
凛雨は、あからさまにため息を吐いた。
「面倒臭そうにすんなよ!」
「君と関わるのは、疲れるんだよ」
「てめぇ……」
ご機嫌が一気に傾いた龍斗に向かい、凛雨は小さく本音を言う。
「良かったね」
「は?」
唖然とした龍斗に、ついさっき耳にしたことに対して、祝辞を述べたい。
「オリエンテーション合宿で、リーダーに選ばれたんだろ?」
「あ。って、何で、お前はそういうところの勘だけ、鋭いんだろうな」
「えへへ」
「褒めてねぇ」
嬉しそうに笑う凛雨に、龍斗は少し赤くなりながら否定する。
オリエンテーション合宿とは、高一のみ行われる合宿で、その名の通り、クラス内の親睦を深めようと言ったものだ。
10月ごろに行われる、親睦会とは別物にせよ、やる事はさほど変わらない。
そのリーダーに選ばれた者は、プログラムを考えたり、時間配分を決める役割を持つ。
当然、期待も背負うし、仕事も多くなるが、名誉がそれに値する。
そのくらい、重要な行事である。
「オリエンテーション、宮馬くん、期待しています!」
由奈は大変嬉しい様で、微笑みかける。
龍斗は普段、凛雨に見せない笑顔を見せた。
「よく見たら、龍斗って案外美男だね」
「案外ってお前……!」
「二人とも、仲良いですね……。やっぱりお知り合いなのでは……?」
再び疑問を感じたのだろう。
由奈が投げかけて来たため、あっさりと白状した。
「全然。ただ、一緒に登下校して、幼馴染で、クラスも同じだけの男子」
「へぇー。そうな――ってえ!?それって、知り合いなんじゃ……?」
由奈の混乱を解くには、随分と時間がかかった。
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――「それじゃ、オリ合宿の係決めをしたいと思います。推薦や立候補、ありますか?」
教室前で騒がれていた、霜峯櫂が陣頭指揮を取る。
王子の言う事は何でも聞く女子。
龍斗がリーダーであり、櫂が司会の今、クラス内では緊張が漂っている。
「まず、司会係。俺は決まったけど、あともう一人、いませんか?」
女子が全員手を挙げる。
無論、全員と言っても、凛雨は挙手するつもりはない。
面倒臭そうだし、女子を敵に回すのも嫌だし。
由奈も手を挙げていない。
まぁ、由奈は櫂に興味無さそうだし、と理解する。
あと、数名くらいだろうか。手を挙げていないのは。
「私!やる気あります!」
「馬鹿!私の方があるよっ!」
「何言っちゃってんの!?私でしょ!私!」
凄いを通り越して怖い。
ここは女子の独壇場で、男子は口を挟む暇がない。
「あー……」
担任の教師も、苦笑いの始末である。
「いや、えっと」
「おい!静かにしろ!」
櫂と龍斗も協力するが、全くもって効果が無い。
いよいよ、教師の怒りの程が高まっていく。
「お前らーっ!!」
その声で、教室が静まり返った。
先程とは打って変わり、静寂が辺りを包み込む。
「よし、手をあげてない奴にする!」
「はーっ!?」
担任の鶴の一声。
全員の前で、そう宣言した。
「それじゃ、咸鬼羽。お前がやれ」
「えっ!?私!?」
女子の視線が、由奈へ向く。
それは決して哀れみではなく。
――嫉妬と牽制だった。
案の定、それに由奈が耐えられるわけがない。
断るのは、目に見えていた。
「わ、私、より、木舟さん……凛雨さんが良いと思いますっ」
「は!?」
まさかのオウム返し。
由奈の推薦は考えなかった。
凛雨も誰かを推薦しようと、目で探す。
しかし、手を挙げずにいた数人は、次は自分が推薦されまいと目を逸らした。
「じゃあ、木舟で」
「いやあの」
「よろしく、木舟さん」
あれやこれやと話が進み、気がつくと、黒板に名前が書かれていた。
女子の嫌悪が突き刺さる。
痛い……。
嫌々ながら、教壇に立つ。
視線の半分(男子)は同情、半分(女子)は反感だった。
「よかったなー、凛雨」
「うるさい。黙ってて」
龍斗の茶々にストップをかけ、櫂を見る。
龍斗よりも少しだけ白い肌。
凛とした表情からは、優しさと、あと――
「木舟さん、よろしく」
声も通っているものの、包み込む様な当たり。
まぁ、よく言う、美人顔。
「よろしく」
手短に挨拶を済ませる。
王子様と庶民は釣り合わないだろうに、と自分を卑下しつつ、今のこの状況を皮肉った。
由奈とついでに龍斗には、後で地獄が待っているとして、問題はその前にあるリーダー補佐役だ。
櫂と仕事ができなかった、ということもあり、今度は全員手を挙げないだろう。
その通りだった。
二の舞は避けたいと言う腹のもと、一気に静かになる。
空気を読まずに手をあげそうな男子を、目で牽制するほどだ。
担任は、見かねた様に呆れ顔をした。
「今度はいないのか」
「じゃー、仕方ないな〜!私がやって――」
一人の女子が手を挙げる。
しかし、それ以前に手を挙げていた人がいた。
「私がやる」
手短に話すと、口を閉じる。
後には、唖然とした全員の顔が浮かび出した。
「え!」
「じゃあ稲嶺、やれ」
「――!」
それは先の話。
櫂との仕事挙手制で、手を挙げなかった人物だった。
凛雨もよくは知らないものの、名前くらいは聞いたことがある。
稲嶺千隼。
存在感がなさすぎて、逆に覚えられている。
その千隼が立候補とは、珍しいこともあるものだ。
入学してから早一ヶ月。
そんな姿は、一度も見たことがなかった。
「い、稲嶺さん!本当にやりたい!?」
「無理しなくても良いんだよ!?」
「無理してない。やるから」
「――!!」
無理矢理過ぎる女子の懇願を、千隼はあっさり切り捨てる。
凛雨はそんな彼女を見て、少しだけ呆れて息を吐いた。
――かくして、司会 : 霜峯櫂・木舟凛雨
リーダー : 宮馬龍斗
リーダー補佐 : 稲嶺千隼
と言う黒板の字が、並べられたのである。