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#幸せと人外の明日を  作者: 夜風 邑
第一章 『人外の学校』
3/11

⒊ 『自己防衛』


「全く、驚いたよ」


「りうりうー、大丈夫?」


凛雨に声をかけるのは、先程階段から落ちた彼女を助けた、五大王子の一人、夕凪(ゆうなぎ)瑠衣(るい)である。


「お前、ほんっとにドジだな」


「うるさいよ。傷口に塩を塗らないでくれ」


横から口を挟んだ龍斗に悪態をつき、手をひらひらと動かして体の無事を確認する。

階段から落ちていれば、ただでは済まなかった。

指の調子を確かめる。

どこにも傷はなさそうだ。


「何も校舎裏じゃなくて良くない?」


「ボクが嫌なんだ」


瑠衣から掛けられた言葉に、凛雨は首を振る。


ここは校舎の裏。

殆ど生徒は来ないから、助けられた直後に、瑠衣を引っ張って来たのだ。

それを追って、何故か龍斗までいる始末だが。


「周りの注目を浴びてしまったよ」


瑠衣のファン達が凛雨に嫉妬し、危うく階段のせいではない怪我を負わされるところだった。

あの親の仇の様な目を思い出す。

体全体に寒気が走った。


「だけどー、あのくるくる達に啖呵切った時の方が、僕は凄いと思うなあ」


「掘り返さないでくれ……」


凛雨は頭を抱える。

しかし、何故それを瑠衣が知っているのか。

大方、ファンが噂していたのだろう。

明日から75日間は、その話題で持ちきりだろうか。


朝の生徒達の騒ぎ声が聞こえる。

日差しの降り注ぐ中で、新緑に覆われた風が、凛雨の頬を撫でる。

落ちて来た横髪を掻き分けた。

そして彼女を見つめる視線に気づき、少し顔を上げる。

見つめる視線は頬を赤らめ、愛しいものでも見る様に凛雨を淡い青の双眸で見る。


「なに?」


「りうりう、可愛いね」


「はっ!?」


見ていたのは、瑠衣だった。

後ろ盾を両手を繋ぎ、太陽の様な笑顔を向ける。

凛雨は、慣れない褒め言葉に惑わされつつ、何か裏はないかと黙視した。

別に、疑わしき要素はない。


「こいつに策略は無理だ。安心しろ」


「りゅうー、それ酷くない?」


心を読んだのか、龍斗が口を挟む。

不満がる瑠衣はともかく。

その言葉で、凛雨はようやく緊張を解いた。


「僕、何もしないよ?りうりうって、疑り深い?」


「凛雨は、そういうレベルじゃないから」


「じゃあ、どういうレベル?」


「あ、それは」


凛雨が止めに入る前に、龍斗が口走った。


「凛雨が風邪で、見舞いに行ってやったら、目ぇ覚まして開口一番『変態!!』って言って、枕投げつけて来たり?」


「それはイタイねー」


「ああ。色んな意味でイタかった」


昔の事をいつまでも根に持つのは、龍斗の悪い癖だ。

と思いながら、被害者(自称): 凛雨は、前髪を弄る。


「まぁでも他人をすぐに信用しないところは美点でもある(棒読み)」


「タシカニネー(棒読み)」


「棒読みだと説得力が、倍くらい薄れるよね。不思議」


二人揃って意地悪な、と言いたくなる。

明らかに機嫌を悪くした凛雨に、二人は苦笑した。


「それよりねー、何でくるくると、りりぃと喧嘩したのー?」


可愛らしく首を傾け、瑠衣が問いかける。

くるくる、りりぃ、と言う愛称。

明らかに美来と、莉々の事だろう。


「僕ねー、ずっと気になってたんだよー。何でー?」


凛雨は言いにくそうに目を逸らした。

まさか、最下位の子が可哀想だったから、とは言えない。

しかも、男子に向かって、人気ランキングの話をするのは気が引けるし、投票した当本人に向かって言うのも、何故か癪。


「もしかして、人気投票?」


即バレた。

観念して、白状する。


「まぁね。男子達はどうしてするんだろうね。それに便乗する、ボクら女子も悪いけど」


「人気投票か。興味ねぇ」


「嘘お!りゅう、りうりうに投票してたでしょ〜。僕、知ってるんだからねー!」


「なっ……」


龍斗が顔を赤らめる。

この様子を見ていると、否定はない様だった。


男子達の裏事情。

女子の便乗による煽り。

普通の高校と、さほど変わらないじゃないか、と思う。

凛雨は、美来や莉々の煽りを思い浮かべた。


「ここまで醜態を晒されると、逆に気の毒になるよ。ボクには理解し難いな」


美来も、莉々も、自己中心的だ。

相手の心を踏み躙り、痛めつける。

そして、自分をも傷つけて。だから――


「――そんなこと、言わないであげて」


突如、そんな声が投げ掛けられる。

凛雨を見つめる瞳。

瑠衣の瞳には、微かに同情と共感があった。


「それしか、方法がないんだよ」


「瑠衣……」


龍斗が目で応じる。

その中の心情を感じ、少しだけ俯く。

凛雨も、小さく謝った。


「他人を傷つけることしか、自分を守る方法がないんだよ。お父さんも、お母さんも守ってくれないから。誰も自分を、守ってくれないから。『自己防衛』って言うのかな。ある意味、仕方がないのかもしれないよ」


瑠衣の目には、涙が浮かんでいる。

まるで、自分の事に重ねているかの様に。

気持ちが、理解できるかの様に。


「父さんも、母さんも守ってくれない……か」



☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「――かあさん」


「呼ばないで。その呼び名で、呼ばないで」


母の背中からは、冷たい表情しか読み取れない。

見ようともしない。

見向きもしない、その感情に。

ただ一筋の、涙が伝う。


「かあ、さん?」


救いを求める様に、手を伸ばす。

そしてそれを、無惨にも払われる。


「あんたなんて――」


冷たいイロが、辺りを包む。

周りの温かいものを、無くしていく。


温かい母を、無くしていく。



「あんたなんて、産まなきゃ良かった」



――母の目に。涙が、伝う。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆◇☆☆☆☆☆☆☆


「――う?りうりう?大丈夫?」


瑠衣の声に、思考が引き戻される。


「ごめん。ちょっと僕、言い過ぎちゃった?」


「そんな事は無いよ。ただ、昔の事を、思い出してて」


凛雨は遠い目をする。

ただただ、昔の事を見る様に。


「お前がぼーっとしてるから、こっちが心配になんだよ」


「龍斗らしくない、直な言い方だね。なんかあった?」


「心配した割に、すげぇ馬鹿にされてんのは分かった」


軽口の掛け合いも、いつも通り。

これが平常運転だなんて、過去の自分から言わせてみれば、笑える話。


「りうりう、くるくる……美来達のこと、よろしくね」


「瑠衣……」


「二人とも、助けを求めてる」


瑠衣の瞳は、自分自身を見ている様で。

それでいて、自分ではない誰かを見ている様で。

凛雨は泣きそうになった。


「分かったよ。と言っても、別段ボクに何かできるとは思えないけど、努力してみる」


「ん。ありがと」


あの日は、母がどこかに行ってしまう様だった。

それで、必死に追い求めて。

あの時払われた手が、包み込まれた様に。

あの時払われた心が、大切にされた様に。


幸せは、いつか必ず来るから。


と、柄にもない綺麗事を言ってみたりした。


「今度は、みんなに会えるといいね!」


誰だか分からない『みんな』にも、これから出会えるといいな、と思う。

知りたい、と思う。


『自己防衛』を行う美来達の事も、もっと。


――知れたらいい。


狙ったかの様に、予鈴が鳴る。

瑠衣とも別れて、教室へと急ぐ。


「あいつも、苦労してんだよ」



――それは、龍斗もだ。と、そう呟いた。

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