2.『最下位』
――「何位?」
「58位かなー」
モダン風の廊下を歩いていると、黄色い悲鳴や、落胆きた声が聞こえる。
なぜなら――
「人気ランキングってさ、そんな高校生になってもするかなぁ」
学校の一大イベントの一つ!と囁かれるほどの、大規模。
いや実際、非公式だし、見つかったらまずいんだけど、と言いそうになる。
しかも、ずる賢いことに、教師に見つからないよう、ロッカーのドアの内側に順位が張り出されている。
それが、とても迷惑。
つまり、張られている、ということは、張る人がいるということだ。
それが、なぜ迷惑かと言うと……
「最下位の張り紙知ってる人ー!」
知っている人は、最下位を知っていると言うことだ。
本当にややこしいのである。
「あ、俺知ってるー!」
「たしか、こいつ!」
それに男子が知っている。
人気ランキングは、主に男子が投票者。
理不尽なことに、殆どの場合、美人な人が上位に立つ。
一学年250人の生徒の中で、最下位の者は当然蔑まれる。
外よりはましだけど。
その蔑みも、一ヶ月で飽きられるし。
そんな無意味な投票なのだが、顔が良い生徒が投票されているに違いないだろう。
無論、特殊例はある。
例えば――
「はあっ!?」
そう。
五大王子が投票した場合。
その他の男子は、その投票に引っ張られ、上位に上がる。
まあ何と、公平性に欠けるものだろうか。
だが、それよりも重要なことがある。
凛雨が……
「龍斗、ボクに投票した?」
隣の彼に声をかける。
「してねぇ」
「絶対うそ!」
凛雨がロッカーを開けた先に待ち受けた数字は、16位。
「ボクがこの順位なんて、ある訳ないだろ!」
「さぁ?」
「去年は106位だったんだぞ!?」
「昇進おめでとさん」
「おい!」
永遠にループしそうな展開。
少しだけ手に力を込める。
サイコキネシスで先程は割れた花瓶を使ったから、次は――と、思い立つ。
しかし、それは不発に終わった。
その理由は、ロッカーを見たクラスメイトにあった。
「さ、最下位……」
自分から言ったら自殺行為でしょ、とは言えない。
「あら、咸鬼羽さん!最下位だったのー?」
「かわいそ〜!」
「あ……」
彼女――咸鬼羽由奈は、目を伏せる。
それが、いかにも不憫だった。
由奈の周りに立つ生徒は二人。
猫耳の『亜人』と、クラスのボス的存在、『魔法使い』だった。
「きゃーっ!莉々も同情しちゃ〜う!」
「あらあら!可哀想ねぇ」
煽り立てるのは、『亜人』であり、猫耳を持つ相林莉々と、『魔法使い』の羽瀬川 美来。
俗に言う、いじめっ子、と言うやつだ。
由奈は、顔を下に向ける。
莉々と美来は、それを嘲笑うように見る。
その顔が、今朝の使用人の顔と重なって。
「やめなよ、醜い」
さすがに夢見が悪くなって来た。
凛雨は止めに入る。
目立ちたくないのに、と内心思いながらも、由奈を庇って仁王立ちになる。
どこの学校でも、虐めとは醜いものだ。
だが、それは莉々達のご機嫌を損ねたようだ。
「えーっ!?凛雨ちゃんひど〜い!莉々は本心を言っただけだよお〜!」
「あんた、何様なのよ?」
二体一とは、何と卑怯だろうか。
凛雨は臨戦態勢になる。
「私は38位。偉そうに言うんじゃないわ!」
順位でものを言わせるとは、何と浅はかな。
「ボク、16位だけど?」
ロッカーに張ってあった紙を見せる。
その途端、二人の顔色が変わった。
「嘘お!あり得ないよお!」
「あり得るんだけど」
「ぐっ」
それ以上は何も言って来ず、すごすごと引き下がる。
大分騒ぎになったものの、大方片付いたと言った感じだ。
「大変だっただろう?大丈夫かい?」
「あ、ありがと……!えと、木舟さん……?」
「凛雨で良いよ。由奈」
「うぉぉお!すげぇ!」
「木舟さんかっこい〜!」
芽生えた友情に、周りが拍手を送る。
その中に龍斗がいたことに、物凄い不満を覚えるのは何故だろう。
凛雨は顔を少しだけ赤らめた。
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「はーっ。目立ちたくなかったのに……」
「お前、典型的な陰キャ派だよなー」
教室へ向かう傍ら、彼女の愚痴を聞いている、と言うのが良いだろう。
肩を落とす凛雨の側で、龍斗がしみじみと呟いた。
「はー、しかし。順位をひけらかすとはな。意外」
「元々、君が発端じゃないか。ボクが陽キャではないと、知ってるくせに」
恨言を口にする彼女に、龍斗はからかい顔を向ける。
それはさらに、凛雨の逆鱗に触れたようで、随分とお怒りになった。
「大体、サイコキネシスでも使えばよかった」
「それはそれで、目立ってただろ」
「遠隔操作できるだろう?」
そもそも、人気ランキングなんて、なければ良かったのだ。
邪推していると、階段に差し掛かる。
「そんな怒るなよ」
「君に対して、怒りマークが出そうだよ」
大変お怒り。
ぷりぷりと怒る凛雨は、下へ降りる階段へと足をかけた。
「おい、凛雨、危な――」
そして、一段。
階段を踏み外した。
「えっ」
「あ、凛雨!!」
龍斗が叫んだ時には時、既に遅し。
空中に放り出される。
あ、と言う間も無く、くるくるくると舞っていく。
下向きの階段により、地面に激突しそうになる。
「ひゃあっ!」
投げ飛ばされて、投げ飛ばされて。
地面まで、後2メートル。
1.5メートル。
1メートル。
「嫌ぁ!」
「人が落ちて来てる!!」
「誰か!」
皆、遠くに下がるだけで、離れていく。
サイコキネシスを使うにはスピードがあり過ぎるし。
終わりかな、と思った時。
トスン
「ナイスキャッチ!」
悲鳴が上がるのと同時に、誰かに抱きかかえられた。
「おっ、お姫様抱っこ!?」
130センチ位の、小柄な体。
その腕に、凛雨は抱き止められていた。
「もー!りゅうも見てなきゃ駄目じゃーん!」
ふわふわな、凛雨より明るめな茶髪。
つぶらな瞳で、見つめられる。
「ふぇ」
「ねぇ、りうりうだっけ?」
幼い顔立ちから出る、純真無垢な声。
驚きと安堵で口が塞がれる。
もしや、この子。
本当に男子生徒か、と思わせる顔立ち。
優しげに笑う顔。
本当に、まさか。
「君が、りゅうのお姫様?」
――五大王子の一人!?