11. 『オリエンテーション1日目・【違い】』
「凛雨さんっ!だ、大活躍でしたね……って、わわっ!」
「由奈、目は覚めたのかい?」
「ひゃ、ひゃい!なんひょか、ぶひぃに、めふぁ、さまひぃまひぃたあ」
「通訳」
千隼に頬を両手で挟まれ、動けない状態の由奈。
彼女の通訳を、稲嶺千隼に依頼する。
一瞬、戸惑いを見せた彼女だったが、即座に返答へと身を翻した。
「受けてやる。『は、はい!何とか、無事に、目は、覚ましましたあ』、だ」
「満点」
フルスコアを挙げた凛雨。
それを肯定するかの様に、当然だ、と千隼は自慢げに胸を張る。
それをまだ頬を挟まれたまま、傍観していた由奈は、あっ、もしや!と声を張り上げた。
「あっ、もしや!」
「いや、今、そのくだりやったから。次どうぞ」
「こ、此処って、一流旅館じゃ無いですかっ!自由時間ですし、探検しませんか!?」
そう。
此処は旅館『ゆり』。
凛雨達の合宿の宿泊地である。
――バス車内に侵入した『魔獣』を倒し、凛雨達一行は、かくかくしかじかで、この旅館に滞在している。
女子3人部屋。
ベッドは一人一つずつ。
丁度良いのか違うのか。
和風で落ち着いた室内とは異なり、各々の言動はかなり斜め上の所にある。
何故なら――
「りうりうっ!久しぶり!!僕、会えなくて寂しかった〜!」
ドアが開かれ、小柄な体が宙を舞った。
凛雨に抱き付く小さい体を受け止める。
凛雨より明るい茶髪に、青色の瞳。
五大王子の一人――夕凪瑠衣。
「夕凪!何故、此処にいる?」
「瑠衣、久しぶりと言う程でも無いと思うよ。10日前、ボクと会ったばかりだろう?」
「わっ、わっ!ご、五大王子の方が、こんな所に……っ」
驚く千隼、訂正する凛雨、パニックに陥る由奈。
それぞれにリアクションを取りながら、瑠衣を取り囲んだ。
「それで、状況は?」
凛雨が尋ねると、彼はあっさりと白状する。
「ん。宿泊期間は変更無し。キャンドルサービスもあるよーっ!りうりう、一緒にキャンドル持とう?」
「嫌だ」
そんな会話はさておき。
『魔獣』騒動の後、凛雨達の宿泊日程に然程影響は無かった。
合宿に影響が無い点、生徒達にそれと言って重傷者は出なかった点、『魔獣』が今、何処にいるか分からぬ状況で動くより、救助を待った方が良い点。
この様な理由からだ。
騒動の後、由奈が深い眠りについた事は、知らぬふりを。
『魔獣』は逃したものの、蓮笹のスパイが情報を操作、この高校が『人外学校』と言う事実の漏洩を防いだ。
『人外』は、暗黙の了解の措置を得ているが、表面上に出れば無事と言う保証は無い。
その様な事を踏まえ、蓮笹以外の『人外』を受け入れる、『人外学校』には普通にスパイがいる。
『人間』側に、弱点を悟られる事を防ぐ為である。
弱点を握られれば、例に挙げると、今回の様な『魔獣』の様な事件を知られれば、学校は勿論、生徒達も危うい立場となる。
その様な事態を防ぐのがスパイ。
そして、それもまた、『人外』である――。
「救助、大きな木が倒れちゃって、結構遅れるんだって!だから、日程変更が無いらしいよ〜っ」
「そ、そうなんですか……。それは、す、少し心配ですね……」
「救助が来ないから続けるなんて、随分と大袈裟な話だな」
「まあ、無くなるよりはマシでしょ」
瑠衣の説明の、千隼達の反応は様々だ。
心配する、疑問に思う、ポジティブに捉える。
それぞれの思う事も、また違う。
「ボクらが合宿を続けるかは別として、注意を払う必要があるのも事実だ。アストラルに釣られて、また『魔獣』が襲ってこないとも限らない」
「あれ……。アストラルって、何でしたっけ?」
「――」
4人の間に沈黙。
由奈の質問に、周りの空気が凍り付いた。
凛雨がゆっくりと口を開いたのは、それから数十秒後の事。
「授業で習ったはずだけど……?確か昨日」
「ぅ」
小さな呻き声。
由奈が顔を赤くし、俯いている最中だった。
肩をすくめた凛雨と千隼は、交互に説明を重ねる。
「ボクらには……って『人間』も含めるけど、アストラルと言う物体が備わっている。アストラルは、謂わゆる生命力だ」
「ワタシ達の目には見えない。アストラルは四次元にあるからだ。誰だろうと、四次元を左右できない限り、アストラルを操ることはできない」
「『人外』と『人間』の決定的な違いは、アストラルの色だ。『人外』はアストラルの色が付いているが、『人間』は透明だ。形もまた違うんだよ。そもそもの話、性質も全く異なる」
そこまで説明をし終えると、隣から瑠衣も参戦、説明に加わった。
「僕達の魔法はね、外気のエーテルと内気の『人外』のアストラルが衝突して出来るんだよっ!エーテルは自然に取り込んでるでしょ?」
「エーテルは3.5次元にある筈だよ」
纏めると、アストラルとは、四次元にありつつ、自らの中に備わる内気であり生命力。
『人間』と『人外』の根本的な違いだ。
また、エーテルと言う3.5次元の空間を漂うモノを吸収し、『人外』の特殊なアストラルと衝突させる事で魔法や異能力、亜人などの形態が行われるのだ。
そして面倒な事に、アストラルとエーテルの衝突は避けられない。
「要はさ、ボク達は『人間』にはなれない。根本的な事が違うんだから。エーテルは『人間』のアストラルと衝突しても特殊反応を起こさない。起こさないのが普通なのか、起こすのが普通なのか。考えさせられるよね」
「そ、そんなの……!アストラルの違いだなんて、個性の一種じゃないですか!」
「そうだ。だが、それが及ぼす影響が多大すぎる。――で、理解したか?」
「あ、はい!ありがとうございます!!」
アストラルについての講義が終わったところで、由奈の兼ねてよりの提案を採用する。
旅館の探検だ。
「それじゃ、探検行く?」
「わ!やったっ!」
「僕も行く〜!」
「そうだな」
一致団結した4人は早い。
千隼は貴重品を詰め、由奈は旅館のスリッパを用意、凛雨は部屋の鍵を持って、瑠衣は各々の靴を片付ける。
「早く行きましょう!楽しみです!!」
由奈は、先程の重い空気を払う様に笑った。
それに凛雨も鼓舞される。
『人外』は『人間』では無い。
髪の色などの見た目も異なり、能力も異なる。
それでも、差別される理由は無いのだと。
「そうだね」
返答した時の凛雨の顔は、どの様なものだっただろうか。