4.豊穣の女神
あたふたしているナエユミエナと名乗る女性を見て、ホネボーンが怪訝な顔をして言った。
「ナエユミエナ……? モアド神族ですか?」
「あっ、そうですぅ」
「えっ、お知り合い?」
アクナバサクが言うと、ホネボーンは「違います」と言った。
「知識として知っているだけです。王様、モアド神族はご存知ですか」
「モアドねー。いやー、あれはうまいよねー」
「だから知らないなら知らないって言ってください。モアド神族は上位存在である神族のひとつです」
「えっ、じゃあまさか闇の神獣とかと一緒な感じ?」
「ちっ、違いますよぅ」
とナエユミエナの方が慌てて否定した。
「わたし、元々この辺りで信仰を集めていた豊穣神なんです。でも闇の神獣さんが降臨した時に封印されてしまって、それからずっと眠ってたんですぅ」
曰く、この辺りもかつては人間たちの暮らす国があった。ナエユミエナはその人間たちからの信仰を集め、農作物や森の産物を豊かにする力を貸してやっていたらしい。
しかしそこに闇の神獣が降臨して人間たちの国は滅びてしまった。
ナエユミエナも石像に封印されて、以来ずっと地中に押し込められていたそうである。
話を聞きながらすっかり同情してしまったアクナバサクは、涙ぐみながらナエユミエナの肩を叩いた。
「苦労したんだなあ、ナエちゃん……わたしもあのバカには迷惑をかけられまくった身なんだ……」
「そうなんですねぇ……闇の神獣さんはゾマ神族でしたから、格ではとても敵わなくて……」
とナエユミエナはしょんぼりしている。
アクナバサクはそっとホネボーンに耳打ちした。
「モアドとかゾマとか、神族って色々あんの?」
「魔王の癖にそれくらい知らないんですか。ゾマ神族は世界創造に携わった神々で、モアド神族は、その生まれた世界の中で、主に人間たちの信仰によって後天的に発生した神々です。だからゾマ神族の方が格は上なんですよ。その上に理を司るヘルガ神族というのもいますが……まあ今は関係ありませんね」
「碌でもない奴の方が上にいるってどういう事なんだよ……理不尽だろ!」
憤慨しているアクナバサクをよそに、ホネボーンはナエユミエナに目を向けた。
「しかし、どうして今になって復活したんです?」
「それがですねえ、この辺りの自然がすっかり豊かになって来ましたので、わたしも力が戻って来たんですよぉ」
と、ナエユミエナは一転、にこにこしながら嬉しそうに言った。
「闇の神獣さんの支配下だとわたしは出て来られませんでしたし、その後はずっと荒れたままで草も生えませんでしたから」
「ははーん」
期せずしてアクナバサクたちの魔王谷復興計画によって、より古い時代のナエユミエナが目を覚ましたというわけである。
ナエユミエナは改めてアクナバサクとホネボーンをじっと見た。くりくりした深緑の瞳はきらきら光っている。
「あなたたちが、こんな風に木を生やしてくれたんですかあ?」
「まーね! 凄いだろ!」
「凄いですぅ。あのう、お二人はどういったお方なんですかぁ?」
「ああ、こちらは魔王――」
「ちょちょちょ」
紹介しようとするホネボーンを、アクナバサクは慌てて制した。
「何ですか」
「ナエちゃんは闇の神獣にひどい目に遭わされたんだろ? わたしらがその眷属だって解ったらいい気はしないんじゃない?」
「どうせ隠し通せるものじゃありませんよ」
「でもさ……」
「向こうが敵対する気ならそれはそれでいいじゃありませんか。モアド神族如き、私一人でも何とかなります。豊穣神だか何だか知りませんが、王様の力があれば別に必要ありません」
「物騒な事言うなよ! そんな怖い子に育てた覚えはないぞ、どこでやさぐれたんだよ!」
「私、人間とその信仰を集める神は基本的に嫌いなんです」
とホネボーンはぷいとそっぽを向いた。
ホネボーンは魔領崩壊の現場を見ていた事もあるし、その後人間たちの攻撃を逃れてアクナバサクの体を守り続けていたのもあるから、人間と、それを守護する神々に対しては強い不信感を抱いているらしかった。
アクナバサクは嘆息して、ホネボーンをちょんちょんとつついた。
「気持ちは解るけど、そうやって種族だけで判断するのはよくないぞ。それじゃ魔族だからってむやみやたらと攻撃する様な人間と変わらないし、わたしが一番嫌いな他の魔人どもとおんなじだよ。どんな種族にも悪い奴はいるけど、いい奴だっているよ。一緒くたに判断するのは間違ってるぞ」
「……ま、感情はそう簡単に変えられませんが、王様がそう仰るなら私は従いましょう。しかしご自分の正体を隠しておくのはお勧めしません。後々不信感を生むだけですよ」
きょとんとしているナエユミエナをちらりと見て、ホネボーンが言った。
アクナバサクは思惟した。ナエユミエナは豊穣の神だという。とすれば、谷の自然を復興させるのには、能力的にも合う。
不本意ながら闇の神獣の眷属であるアクナバサクに対して、ナエユミエナがどういう感情を抱くのかは解らないが、可能ならば仲間として引き入れたい。だが、ホネボーンの言う通り、そうやってここで共に何かをしていく仲間になるならば、自分の正体もそう隠しておけるものでもあるまい。
「あのう……」
うなっているアクナバサクに、ナエユミエナがおずおずと声をかけた。
「お腹でも痛いんですかぁ?」
「ううん、大丈夫。うん、よし、決めた」
「ほえ」
「ナエちゃん、わたしはアクナバサク。気さくにアクナちゃんと呼んでくれたまえ。こっちは部下のホネボーン」
「アクナちゃんとホネボーンさんですねぇ。解りましたぁ」
「それでね、あのね……」
アクナバサクは俯いてもじもじしていたが、やがて顔を上げた。
「その、わたし、実は昔魔王やってたんです。不本意ながら闇の神獣に生み出されてしまいまして……あっ、でも別に破壊活動とかしてなかったし、むしろ闇の神獣も他の魔人連中も大嫌いで、だからずっと領地の奥に押し込められてたというか何というか」
あたふたと言葉を重ねるアクナバサクを見てきょとんとしていたナエユミエナだったが、不意にくすりと表情を和らげた。
「ふふっ、大丈夫ですよぉ。わたし、そんな事気にしません。それに、ここにこうやって森を取り戻してくれたのはアクナちゃんたちでしょお? 悪い人がそんな事する筈ないですよお」
「やだなんか涙出てきそう。やって来た事が評価されるって嬉しいもんだなあホネボーン!」
「はあ」
「よっしゃ、それじゃあナエちゃんも今後は魔王谷再生計画に参加してもらおう! 豊穣の神様だし、きっと凄い事が出来るに違いないぞ!」
「ええ、そんなに大した事できませんよぉ……植物を元気にしたり、ちょこっと成長を早めたり……」
「おお、『与える力』だな」
「王様の劣化版ですね」
「そういう事言わない! ナエちゃんが可哀想だろ! 他には?」
「後は、お水を綺麗にしたり、一応少しだけ地母神の性質もありますんで、種とか、ちょっとした動物を生み出したりもできますよぉ」
「マジで!」
「王様が劣化版ですね」
「そういう事言わない! アクナちゃんが可哀想だろ! でもこれで生き物皆無だった魔王谷に動物が現れるって事か。嬉しいな! ひゃっほー!」
「しかし王様」
とホネボーンが声をかけたけれど、アクナバサクは興奮気味に一人でその辺を跳ね回っている。聞こえていないらしい。
「すげーやすげーや、ここに来て期待の新戦力登場なんて素晴らしいじゃないの!」
「王様」
「いやー、感動です感動です。植物ばかりの森についに生き物が来るのだ、がははは! どうしよっかなー。鹿とか可愛いよなー。熊とか狐とか、穴熊にイタチも欲しいな」
「王様」
「このままではどうなる事かと思っていたが……天は我を見放さずだな!」
ホネボーンはしばらく呆れ気味に主を眺めていたが、やがて手に持っていた杖でアクナバサクをつついた。
「ひょわあっ! なっ、なにをするっ」
しかしホネボーンは黙ったまま攻撃をやめない。身体能力に優れている筈のアクナバサクの防御が全く追い付かない。
「はうっ! そこをつつかないで! あっ……」
わき腹やヘソや腰の辺りを容赦なくつつかれて、アクナバサクはへたり込んだ。体を抱く様にして、恨めし気な視線でホネボーンを睨んだ。
「わ、わきはやめろ、わきは……滅茶苦茶くすぐったいんだぞ」
「はあ」
「というかお前、杖捌き速過ぎだろ、文官ってレベルじゃねーぞ!」
「護身術です」
「で、なんだよ」
「動物はもう少し後の方がいいですよ。森になっているとはいえ、まだ生態系的に安定しているわけではありません。下手に動物が増えたら食物が足りなくなります」
「あっ、そっか。わたしらと違って動物は食べ物がないと駄目だもんね……うーむ、それじゃあナエちゃんには悪いけど、動物創造はもうちょっと待ってもらうって事で」
「うふふ、わたしは全然気にしないですよぉ」
とナエユミエナは面白そうな顔をしている。
「よし、そんじゃあうちに案内しよう。こっちにいらっしゃい」
「はぁい」
アクナバサクとナエユミエナは連れ立って歩いて行く。ホネボーンはやや呆れた様にそれを見ていたが、やがてその後ろをついて行った。
○
「はい、これが玉黍ですよぉ」
ナエユミエナが、淡く光っていた握りこぶしを開いてさっと振りまくと、濃い黄色の種が、テーブルの上にばらばらと散らばった。
アクナバサクは感心した様にそれを手に取って、裏に表にじっくりと眺めた。
「凄いなあ、本当に種を出せるのか。これで植物の種類が増えるなあ、ホネボーン」
「そうですね」
「この辺は野菜の種だな。わたしは食い物が必要ないけど、味がいいなら食べたい。農耕を視野に入れて展開するのもありだな」
「わたし、農業は得意ですよぉ」
とナエユミエナが言った。確かに豊穣の女神であれば、農業なぞお手の物だろう。
すっかり乗り気な二人を制す様に、ホネボーンが言った。
「そうなると灌漑を考えねばなりませんよ。もう少し用水路を伸ばして、畑部分は日当たりもよくしなくては。そうなると森にする部分とは別になります」
「むむう、そうか。そうだよな。同時展開は人手が足りないかなあ……『与える力』頼りじゃわたしがひっくり返ってしまう」
「そのうち精獣や妖精が現れたら、畑くらいはやってくれるんじゃないですか。畑妖精なんかはそういうのが好きでしょうし」
「そうだね。ナエちゃんも復活したのだし、そういう連中もそのうち姿を現すかも」
「わあ、そうなったら素敵ですねえ。ホネボーンさん、冷静で頼りになりますねぇ」
とナエユミエナが言ったが、ホネボーンはさして嬉しくもなさそうだった。
アクナバサクはテーブルに手をついてホネボーンを見た。
「森の生態系を作るなら、草食動物と、その過剰増加を抑制する肉食動物が必要だと思うんだが」
「はあ」
「肉食動物を養うには餌になる草食動物が必要で、その草食動物を養うだけの植物がまずは必要って事だよね?」
「そうです」
「どれくらい必要なんだろ?」
「動物の数にもよりますが、王様の考えているくらいの規模となると、谷全体が森として循環が始まっていなくてはいけないでしょう。まだ森は谷全体に広がっていません。下草の量も不十分ですし、特に鹿などは苗木や新芽を食べます。しかもまだ王様の力に頼っている部分も大きい。森自体が安定していない状態では、却って森林の広がりを阻害しますよ」
「じゃーどうすんだよ」
「まずは虫と鳥を増やすのがいいでしょう。虫は花粉などを運びますし、鳥は果実の種を遠方に落とします。虫は鳥の餌にもなりますし、そうそう絶えません」
「なるほどねー。ナエちゃん、出来る?」
「はぁい、大丈夫ですよお。ちょっと時間がかかっちゃいますけどねぇ」
「我々には時間だけは腐るほどあるから平気だ! な?」
「腐りませんよ、骨ですから」
「そっか、お前骨だったな……まあわたしも腐りゃしないんだが」
「? なんの話をしてるんですかぁ?」
「いや、別に……ともかく、それなら貯水池に魚とかも放そうぜ。川が戻った時に魚もいない様じゃ詰まんないし」
「それもそうですが、それならまずは魚の餌になる水生の虫が必要ですよ」
「あー、そっか。うーむ、食べなきゃいけないってのは大変な事だなあ……じゃ、ひとまず虫をあれこれ出してもらうって事で。いいかね、ナエちゃん」
「はぁい」
そういう事になった。
かくして、それから数か月後、谷間の森ではミツバチが羽音を響かせながら、木々の間を縫う様にして飛び回っている光景が展開されていた。そこかしこで開いている花の蜜や花粉を集め、巣に持ち帰っている。
ハチの他にもバッタが草むらを飛び、ハエや蝶、蛾にムカデ、蜘蛛、カマキリ、蟻、トンボ、テントウムシ、貯水池の水の中にはカゲロウやトビケラ、ミズスマシなどが泳ぎ、土の中ではミミズやオケラなどもいた。他彼らが思いつく限りの虫たちが、あちこちで賑やかに生命の営みを始めていた。
ナエユミエナの生命創造は、やはりかなり力を消耗するものらしく、数を揃えるという意味でも、ひと種類に数日はかかった。それでも少しずつ進めて行った結果、こうして虫たちの楽園が出来上がっている。
森の一角で蚊柱の様にむんむんと飛んでいる小さな羽虫の群れを見て、アクナバサクは満足げに頷いた。
「なんか一気に賑やかになったな! わはは、森らしくなって来たぞ!」
「これで虫さんたちが自分たちでどんどん増える様になった頃に、鳥さんとか、蛙さんとか、お魚さんとかを生み出しましょうねぇ」
「いやあ、ナエちゃんのおかげで魔王谷再生計画が一気に前進したネ」
「うふふ、これで動物たちの駆け回るところまで行ったら、きっと素敵な風景になりますよぉ。楽しみですねえ」
「ねー」
アクナバサクとナエユミエナは、きゃっきゃとはしゃいでいる。ホネボーンは手帳にしばらく何か書き込んでいたが、やがて顔を上げた。
「ともかく、今ある森をさらに広げる方向で進めましょう。畑などは川が復活してから具体的な事を考えた方がいいでしょうし」
「そうね」
出来る事が増えたが、増えた分忙しくなる。
しかし人の身でない三人組だから、時間に焦ってはいない。アクナバサクも復活したての頃の闇雲な勢いも落ち着いているから、数年くらいはどっしり構えて事をなすつもりである。
それでも、やはり先の事を想像するとはやる気持ちもある様で、やっぱり一日中、谷のあちこちを行ったり来たりしているのであった。
少しずつ季節は移り変わり、段々と空に雲がかかりやすくなって来た。しかし雨の頻度が増えたという風でもない。少しずつ日中の風も冷たくなり、今までは照り付ける様に厳しかった日の光を不思議と待ちわびる様な心持になる。
アクナバサクはホネボーンと連れ立って、川沿いの道を下っていた。
「なんかこう、湿り気が残る様になったね」
枯れている谷川を見ながら、アクナバサクが言った。
「そうですね」
とホネボーンが言った。
今までは雨の後の急流が過ぎた後は、元の通りからからに乾いていたのが、今では木の陰があるのと、その根が保水をしているのか、流れというほどのものはまだないけれど、水たまりや湿り気が目に見えて残る様になっていた。その辺りには勝手生えの草の芽などが見え、土そのものが力を取り戻して来たらしい。
ホネボーンが手元の紙にさらさらと何か書きながら、言った。
「水源はいくつもできましたし、ひとまず川岸を中心に植樹を進めて行けば、今度の夏までには川が復活しそうですね。冬が来れば雪が降ります。雪解け水をとどめておける様になればかなり違う筈です」
「それ何書いてるの?」
「環境の変化をデータにして記録しています。後々役立つかも知れないので」
首を伸ばしてホネボーンの手元を覗き込んだアクナバサクは、嫌そうに目を細めた。
「うわー、数字がいっぱいだ、わたしそういうのパス」
「大丈夫です」
「何が」
「王様には最初から期待しておりません、特に頭脳労働面では」
「あれ、今わたしディスられてる?」
「ともかく、雪が降り出す前に結界付近まで植樹を進めましょう。本来なら時期が悪いですが、王様の優秀な力がありますから問題ありません」
「あれ、今わたし褒められてる?」
「川が復活したら橋もかけなきゃいけませんね」
「おっ、わたしはそっちの方が得意だぞ。今やっちゃおうか」
「駄目です。川が戻ってからの川幅と岸の浸食の具合を見て長さと位置を決めなきゃいけませんから」
「あっ、そう」
アクナバサクはつまらなそうに口を尖らして、頭の後ろで手を組んだ。
「しっかし復活したのが夏の初め頃だったっけ? 時間が経つのは早いねえ」
「はあ」
「でも思ったよりも面白く過ごせているからわたしは満足だよ」
「そうですか」
「ガーデニングってこんなに楽しかったんだね。こんな事なら魔王時代にもやってればよかったよ」
「あの頃の王様が今みたいに木に力を与えたら精獣化していたと思いますよ」
「あ、確かに……そう考えるとやっぱり力は落ちてるんだなあ」
「おや、落ち込んでいるんですか?」
「ううん、別にぃ?」
二人は川沿いの、まだ木の植わっていない所まで来た。続きの作業の為、苗木がまとめて仮植えされている。それらを再び掘り返して、川辺に等間隔に植え直して行くのである。
「川辺は柳、その外側を形成する森は何でもいいんだよね」
「はい」
「いっそあれだね、森は川に沿って延ばして行くのもありかもね。そうしたら長い範囲水が流れる事になるし」
「それも一考に値しますね。ともかく木々が自然に生育して世代を重ねられる環境を整えられればいいわけですから」
「その為にはともかく水というわけだネ」
「そうですね」
「ま、今日の作業をしてしまおう。ホネボーン、苗木は頼んだぜ」
「はあ」
アクナバサクが穴を掘って、ホネボーンが抱えた苗木を植え付ける。ある程度の本数を植えたら、アクナバサクが『与える力』を振りまいて活着と生育を促進する。
もはや慣れた作業である。慣れているから動きに無駄がない。だから早い。あっという間に百本ばかりの柳の木が川沿いに並んだ。
アクナバサクはふうと息をついて、植えたばかりの柳の木の根元に腰を下ろした。
「はー、早く川が流れて欲しい。素足をちゃぷちゃぷさせたい。気持ちいいだろうなー」
「はあ」
「青い空に白い雲。さわやかなそよ風と透き通る冷たい川の水……そんなものを全身で感じられる日が来る事をわたしは夢見ているのです」
「そうですか」
「しかし、もう秋になるというのに、春の花が咲いていたり、新芽を出していたりする木があるのはどういう事なんだろう?」
領地を見回っていると、特に大きく育った木にそういった傾向があった。ホネボーンが顎に手をやって考える。
「おそらく、王様の力によって、木の中にエネルギーが有り余っているのでしょう。それで季節外れに花を咲かしたり芽を出したりしているわけです」
「このまま冬になったら枯れちゃうかな?」
「かも知れません」
「うーん、困るな……まあ、全部が全部そういうわけじゃないから、仕方がないか」
「そういった実りに関する部分では、ナエユミエナの方がバランスはいいのでしょう。豊穣の神ですから、適正な時期に適正に育つ様やれるんじゃないですか」
「そうかも。やばそうな木たちはナエちゃんに見てもらって、調整してもらおうかな」
基本的にアクナバサクとホネボーンの二人が森を広げ、ナエユミエナはその森の中をいつも見回って、細かな部分を修正したり、整えたりしている。そういった実地の目線は、ナエユミエナが一番豊富に持っているらしかった。
アクナバサクは頭の後ろで手を組んだ。
「ナエちゃんなら動物も生み出せるし、適材適所ってやつだね。世の中は上手くできてるなあ」
「はあ」
「というか、考えてみたら仮に今のわたしが生命創造出来たとしても、やっぱり動物じゃなくて精獣になっちゃうんじゃないか? 不本意ながら闇の神獣の力を受け継いでるわけだし、魔力の質的に」
「そうかも知れませんね」
「な? ホネボーン、ナエちゃんを仲間に引き入れておいてよかっただろ?」
「そうですね」
そんな話をしていたら、ナエユミエナが「おーい」と手を振りながら、ぽてぽてと走って来た。
「アクナちゃーん、ホネボーンさーん」
「お、噂をすれば。どーしたナエちゃーん」
「ちょっと力を貸して下さーい」
「おー、任せろ。ホネボーン行くぞー」
「はあ」
三人は森の中へ入って行った。季節は冬に向かっている。