24.決着
ほぼ土と石の山と化した現世喰のコロニーで、アクナバサクと魔姫たちは、現世喰の残党を倒していた。
もうそのほとんどが撃破され、下位個体はもちろん、変異体すらほぼ一網打尽といった様子だ。
下位個体は何も考えずに襲い掛かって来る分、返り討ちにすればいいのだが、変異体はなまじ知性が芽生えている分、逃げるという選択肢がある。そういった変異体を逃がさぬ様、あちこちを探し回っているのだ。
拳で頭部を撃ち抜いたアクナバサクが、ふうと息をつく。現世喰はさらさらと砂の様に崩れて、風に舞って消えていく。キシュクが大慌てで走って来て、そのままこぼれて行こうとしていた生命エネルギーを固定化した。
「王様、固定化しやがれですよ、勿体ない」
「あー、ごめんごめん。なんかつい忘れちゃうんだよね」
コロニーは殆ど瓦礫と化していた。というよりも最早岩や土で出来た丘だ。アクナバサクは腕組みした。
「なあホネボーン」
「なんです」
「映四位って魔人の力と女の体を持った奴でないと倒せないんだよね?」
「現世喰です。そう聞いています」
「だったら、もし地面に生き埋めになった様なのはどうなるの?」
「その辺りは私も把握しておりません。しかし推測するに、条件に合った者が引き起こした事象に巻き込まれたならば、そのまま力尽きる事も考えられますが……まあ、地面から出られなければ結局ずっとそのままになるでしょうね」
「この感じだと、埋まってる奴が結構いそうな感じしない?」
「いえ、下位個体は戦いにつられて殆ど外に出ています。変異体も私が巣を破壊し始めると、巣から逃げる様な行動をとりました。埋まっているとしてもそう多くはないでしょう」
「見つけられる?」
「その為の術式を構築する予定です」
「宰相さんはホントに何でもできやがるですね……」
キシュクが呆れた様に言った。
そこにアルゲディとグリーゼが連れ立ってやって来た。
「もうこの周辺には見当たらないな。隠れているのかも知れないが」
「王様、そろそろ戻ろうよ。シャウラちゃんが寂しがってるかも」
思ったよりも時間がかかったから、もう日が傾き始めている。赤みを増した日の光が斜に射して来て、影が少し長くなった様に思われた。
その斜陽に照らされて、瓦礫の山の上でレーヴァティがしゃがんでいるのが見えた。アクナバサクは
「おーい」と声を上げた。
「レーちゃん、そろそろ帰りますよー」
「おー……」
レーヴァティはのろのろと立ち上がると、野太刀を肩に担いで降りて来た。ぽつりと呟く。
「もう終わりか……呆気ないもんじゃの」
「えっ!? 何!? レーちゃん何か言ったかよ!?」
「独り言じゃい! ハクヨウはどうした?」
「さっき、あっちの方に……あっ、戻って来た」
瓦礫の山を回り込む様にして、ハクヨウがやって来た。
「もう大体片が付いたみたいだ。これ以上は時間がかかりそうだよ」
「結構です。残りは後々、探知の術式を構築してから根絶やしにします」
とホネボーンが言った。
ともかく、それで概ね討伐が終わった形勢である。意気揚々と引き上げるアクナバサクを先頭に、ぞろぞろと廃村への道を辿る。まき散らされた生命エネルギーで青々と茂った草が、冷たい風に吹かれて寒そうに揺れている。
レーヴァティは最後尾をのろのろと歩いていた。
「……落ち着かない?」
その隣に並んでいたハクヨウが、少し遠慮がちに言った。レーヴァティは苦笑いを浮かべる。
「なに、呆気なさ過ぎて頭が追い付かんだけじゃい。拍子抜けしたというか……」
「……すまない。少し性急だったかな」
「今更何を言っとるんじゃい。まあ、ええわい。時間があった所で、踏ん切りをつけるのは難しかったじゃろうしな……荒療治みたいなもんじゃわい」
「そうか……なあ、戻ったら、おいしい夕飯を食べようね」
「お、おう」
一行は急ぎ足でずんずん進んだ。太陽もどんどん低くなって来て、段々と風が冷たくなって来た。アルゲディが体を抱く様にしてぶるりと身を震わせる。
「うう、冷えて来た……シャウラちゃん、焚火、おこしてくれてるかなあ?」
「魔法でちょちょいのちょいとやってくれやがるでしょ。ほら、そろそろ着くですよ」
向こうに黒いシルエットになった森が見えて来た。
「……あれ? なんか変だぞ?」
とアクナバサクが言った。
「変? 何が……」
と言いかけて、ハクヨウもハッとした様に目を見開く。まだ葉がたくさん残っていた筈の木々が、枯れた様に枝ばかりになって、中にはかしいでいるものも見受けられた。
「やっべ、何かあったみたいだぞ! シャウラちーん!」
アクナバサクが猛烈な勢いで走り出す。魔姫たちも慌ててその後に続いた。
近づくほどに、現世喰たちが木々に食らいついているのがはっきりと見えた。レーヴァティが舌を打つ。
「別動隊がいやがったか……チッ、すれ違いとは運が悪いわい!」
「シャウラーッ! 無事なのかーッ!」
鬼気迫る表情のグリーゼが槍を構え、現世喰を蹴散らしながら、真っ先に森の中へと飛び込んで行った。木々にかじりついていた現世喰たちは、たちまち魔姫たちの方に攻撃の矛先を向ける。遮二無二かかって来る辺り、下位個体ばかりらしい。
アクナバサクは枯れ木ごと現世喰を拳で撃ち抜いた。木はもうエネルギーをすっかり吸い取られてしまったらしく、ぼろりとくずれて、それから音を立てて倒れた。
「くっそー、折角森になってたのに……」
「ふむ……そこそこの範囲が既にやられている様ですね」
そこかしこで立ち枯れている木々を見て、ホネボーンが言った。
アルゲディが心配そうに呟く。
「シャウラちゃん、どうしたんだろう……普通の現世喰に負ける筈ないのに」
「普通じゃねえのが来やがったって事じゃねーですかね? 初代様をさらった様な奴が来たとしたら、シャウラ一人じゃやべーかもですよ」
「急ごう。いるとすればあの噴水跡だ」
ハクヨウも駆け出す。魔姫たちはその後に続く。
「よーし、わたしもイクゾー」
と駆け出そうとしたアクナバサクの襟首をホネボーンが引っ掴んで押し留めた。
「待ってください」
「何だよ」
「魔姫を追い込む様な個体であれば、何かしらの情報を得られる可能性があります」
「それが?」
「シャウラが苦戦する相手であっても、王様ならば鎧袖一触でしょう。考えなしにそうされて、何の情報も得られないと後々困ります。ここは彼女たちに任せて、我々は一歩引いておきましょう」
「つまり指揮官をやれって事だな? ふはは、そういう事ならいいぞ。アクナちゃんの智謀が冴え渡る時が来たというわけだ」
「そんな時は一生来ませんよ」
「あれ? 今私ディスられてる?」
「ともかく行きますよ」
それで二人は魔姫たちの少し後を追っかけて行った。
森の木々は随分現世喰にやられてしまったらしいが、幾本かはまだかろうじて生きているものもあった。アクナバサクは道々そういった木々に力を分け与え、目についた現世喰を倒した。
そうしてしばらく行くと、噴水跡の泉のある所までやって来た。そこには現世喰の変異種といった様子の連中が集まっていて、既に来ていた魔姫たちと戦っていた。変異体は大まかには似通った見た目だったが、所々に個体による違いの様なものが見て取れた。
変異体は戦いの駆け引きの様なものをしている節があるが、それでも魔姫たちの方が強い。アクナバサクの力が与えられているから当然である。アルゲディやキシュクといった、比較的力の劣る魔姫たちも問題なく対処できている。
ホネボーンが腕組みした。
「ふむ、あの程度の現世喰にシャウラがどうこうされるとは思えませんが」
「というかシャウラちんはどこに行ったんだろ? おーい、シャウラちーん! いてもいなくても返事してー!」
無茶な事を言いながら、アクナバサクはその辺をうろうろと歩き回った。
辺りの木々は、大なり小なり現世喰にやられていた。変異体が魔姫たちと戦っているうちに、下位個体が木をかじっていたらしい。泉の傍らで枝を伸ばすひときわ大きな木も、所々が脆く崩れかけていて、枝葉も茶色くなっていた。
「ああ、もう……」
アクナバサクはそんな木にエネルギーを『与え』ながら、きょろきょろと辺りを見回した。
広場を通り過ぎ、村の外れの方にまで歩いて行く。やがてレーヴァティの隠れ家になっていた古い祠が見えて来た。
「あっ、いた」
果たして、そこには祠を背に、追い詰められたという様な表情のシャウラと、背の高い、黒い甲冑を着た者とがいた。それに付き従う様に、変異体たちがぞろぞろと群がっている。
シャウラの周囲には魔力で出来ているらしい光弾がいくつも浮かんでいて、それらがじりじりと回りながら、現世喰たちを牽制しているらしかった。
「おーい、シャウラちーん」
とアクナバサクが手を振ると、シャウラがハッとした様に顔を向けた。
「お、お、王様」
「む……」
黒甲冑が後ろを向く。その顔はフルフェイスの兜といった風だが、目に当たる部分には現世喰の赤い眼がらんらんと輝いていた。アクナバサクは首を傾げる。
「あれ、どちら様?」
「こっこ、こいつも、うつっ、現世喰、なな、なのっ! すす、凄く、強い……!」
「なぬっ! そりゃ大変だ! 今助けるぞーっ」
とアクナバサクは身を躍らして現世喰の一隊に襲い掛かった。変異体がたちまち数体倒れ伏し、砂の様になって宙に舞った。
黒甲冑は驚いた様にアクナバサクを見、それから打ち出されて来た拳を、身を翻してかわし、そのまま体を回してアクナバサクに蹴りを入れた。アクナバサクはまともにそれを食らって後ろに吹っ飛んだ。
「ぶべらっ!」
「おっ、王様っ!」
シャウラが悲鳴に似た声を上げた。
アクナバサクは宙をくるくると回って、それからすとんと着地した。蹴られた腹を撫でる。
「はーっ、びっくりした! やるじゃねーか、コノヤロー」
まともに入った一撃の割に、アクナバサクにはちっとも効いていないらしい。黒甲冑はシャウラを見、それからアクナバサクに目をやった。
「本物……そ、うか。ここが復活したのは、貴様の、仕業、か」
「キェェェェェェアァァァァァァシャベッタァァァァァァァ!!」
「現世喰、が、喋るのは、嫌い、か?」
黒甲冑は少し嘲る様な口調でそう言った。アクナバサクの後ろをついて来ていたホネボーンが、面白そうな顔をしている。
「ふむ、それなりの知性レベルを有している様ですね」
「お喋りになられるとか予想外にもほどがあるんですけど! なんでそんなに成長してるんだよ、冗談じゃないぞコンニャロ! 亡き者にしてやる!」
「動く、な。動けば、この魔姫を、殺す」
黒甲冑が言うと、控えていた変異体たちがシャウラを取り囲み、ずいと一歩踏み出した。シャウラは緊張で青くなっている。周囲の光弾で現世喰たちを貫けたとしても、数匹は間違いなくシャウラに爪と牙を届かせるだろう。
「お、おのれー、卑怯者め!」
とアクナバサクは地団太を踏んだ。
その時、アクナバサクの脇を小さな影が走り抜けた。まるで滑る様に地面を駆けて行き、ぎらりと光る白刃が現世喰たちを切り刻んだ。そうしてたちまちシャウラの元へと駆けつける。レーヴァティが鋭い視線で現世喰たちを睨みつけた。
「これ以上、妹分に手ぇ出さしてたまるかい!」
そう怒鳴って、黒甲冑に野太刀を突き付けた。現世喰たちは怒った様に牙を鳴らした。呻く様な鳴き声も聞こえる。
黒甲冑は鋭い爪のついた指先をレーヴァティに向ける。
「粋がる、な、チビ。弱く、見えるぞ」
「なんじゃと! てめえ、バラバラに切り裂くぞ!」
「やってみろ。やれる、なら、な」
黒甲冑はちっとも恐れた様子はない。レーヴァティの方も一歩も引く気がなさそうだ。剣呑な雰囲気が漂って来た。
ふと、黒甲冑が首を傾げる。
「……チビ。お前、どこか、で、会ったか?」
「寝言ほざくな!」
レーヴァティは怒鳴り、不用意に近づいて来た現世喰を切り捨てた。
「王様」
アクナバサクが見ると、ハクヨウが傍らに立っていた。グリーゼ、アルゲディ、キシュクも一緒だ。
「おー、みんな。あっちは大体終わったの?」
「ああ、目につく現世喰は大体片付けた……あれも変異種みたいだね」
「うん。喋るんだぜ。凄いよね」
「わたしをさらった変異種も口を利いた。けれど、あれはそれよりも進化している様な……」
その時、レーヴァティが野太刀を振りかざして黒甲冑に襲い掛かった。黒甲冑が応戦し、たちまち戦いが始まる。
レーヴァティの身のこなしは見事だが、黒甲冑もさながら歴戦の古強者といった風で、レーヴァティを相手にして一歩も引かないどころか、むしろ圧倒してかかっている様にさえ見えた。予想外の強敵に、レーヴァティの表情にやや焦りが生じる。
それを見て取ったハクヨウが、即座に駆け出して助太刀に入った。黒甲冑も予想していたのか動じる事なく迎え撃ち、初代魔姫二人を相手に互角の勝負を繰り広げている。
その合間を縫うようにしてグリーゼが駆けて行って、すっかり憔悴した様子のシャウラを抱く様にして助け出して来た。シャウラはアクナバサクの足元にへたり込んだ。
「しっ、しっ……しぬっ、死ぬかと、おお、思った……」
「大丈夫かシャウラちん。ほら、背中をさすさすしてあげよう」
「あの二人相手にあんなに……わたしも助太刀に」
と槍を構えたグリーゼを、ホネボーンが押し留めた。
「三人になっても連携を訓練していないならば互いに邪魔し合うだけです。あの二人ならば勝てなくとも負けはしません。お前たちはこの間に他の現世喰をせん滅しなさい」
「でも……い、いや、わかりました!」
グリーゼもホネボーンの言う事に異議を差し挟む勇気はないらしい。アルゲディとキシュクを伴って、戦いの隙を窺っている様子の現世喰たちに向かって行った。
アクナバサクがシャウラの背中をさすりながら、言った。
「落ち着いた? 留守の間に何があったの?」
「ふえぅ……あっ、あのっ、結界を張って、守りを、かかっ、固めようっておもっ、思って……そしたら、あっあ、あいつらが、きき、来て……す、すごく、つっ、強かったから、自分を守る方に、ひっ、必死で、追い詰められて……ごご、ごめんなさっい。木もいっぱい、枯れちゃって、留守番、でで、出来なかった」
とシャウラはしょんぼりとしながら俯いた。その頭をアクナバサクはよしよしと撫でてやる。
「気にするな! あんな喋る様な奴が来たらそりゃ驚いてそうなっちゃうさ! わたしが来たんだからもう安心だぞ!」
「う、うん……」
とシャウラは遠慮がちに微笑んだ。
周囲の現世喰が減って行く中、黒甲冑とレーヴァティ、ハクヨウの戦いは続いていた。
二人は代わる代わる、野太刀と長剣とで黒甲冑を攻め立てたが、黒甲冑の両腕を振り回し、それらの斬撃や刺突を防いでしまう。ハクヨウの剣も、レーヴァティの野太刀も、甲冑の様な分厚い甲殻を斬り裂く事も貫く事も出来ないらしい。
ハクヨウが下段から切り込むと、黒甲冑は飛び上がってそれをかわした。それに合わせる様に、レーヴァティが高く跳躍して上段から太刀を振り下ろした。
黒甲冑はレーヴァティの野太刀を交差させた腕で受け止め、力任せに押し返す。小さな体は力負けして、押し返された勢いそのままにくるくると宙を舞って、背中から地面に落っこちた。
ハクヨウが駆け寄る。
「レーヴァティ!」
「チッ……こんなのが潜んでおったとは、知らんかったわ」
レーヴァティは体を起こして野太刀を握り直す。ハクヨウが背中の埃を払ってやった。
「怪我はないか?」
「受け身は取った」
黒甲冑は嘲る様な視線を二人に向けた。
「魔力の質、からして、初代の魔姫、か。だが、本物、がいる以上、お前たち、に用は、ない。私には、勝て、ない。諦めろ」
「寝言ほざくな。お前こそわしらを倒せやせんわい」
「どう、かな? 私は、力を持って、いる。お前たち、魔姫、から得た」
「なんじゃと?」
レーヴァティは眉根を寄せた。
「てめえ、そりゃどういう事じゃ?」
「お前たち、は、本物に起因する、魔力を持って、いる。我ら、は心がな、い。だが、お前たち魔姫を倒す、うちに、お前たちの魔力が体に蓄積、した。すると、少しずつ、我らは知性を、得た。だから、もっと求めた。魔姫の心を覗き、秘密、を探った。本物の魔力、を探った。そして、心を手に入れた。強くなったのだ」
「心じゃとぉ? お前らにそんなもんがあってたまるか!」
「本物……たしか、わたしをさらった現世喰もそんな事を言っていたな」
捕まっていた時に見た夢の事を思い出す。懐かしい思い出の中に罠が仕掛けられていた。
もしあの時、少女が差し出した花輪を受け取っていたとしたら、ハクヨウを捕えたあの変異体も、眼前の黒甲冑の様になっていたのだろうか。
そうすると本物とは、とハクヨウはアクナバサクの方に目をやった。アクナバサクは腕組みして、なんだか気取った様子でこの状況を見守っている。
(わたしたちは魔王の魔力を持って産まれて来た。すると、現世喰は魔王の力によって強化された、という事になるのか?)
今や、現世喰全体がそれを意図的に狙っているとしたら、と考えると、ハクヨウは背筋が寒くなった。現世喰が魔姫たちの中の魔人の魔力によって進化したのならば、魔人そのものであるアクナバサクなどは、現世喰にとっては垂涎物の獲物だろう。
(……まあ、王様がわたしたちみたいに捕まるのは考えられないか)
少なくとも、魔姫は勿論、現世喰が束になってかかった所でアクナバサクには勝てないだろう。アクナバサクの心配をするのは筋違いというものだ、とハクヨウは改めて黒甲冑の方に目をやった。
レーヴァティは鋭い目で黒甲冑を睨みつけている。
「……お前は、この近くで生まれたんか?」
と言った。黒甲冑は肩をすくめる。
「関係ない、事だ。だが、そうだと言えば、どう、する?」
「昔……」
レーヴァティは野太刀を握り直した。
「魔姫数人とそれを補佐する人間の大隊が、この近くのコロニーの討伐に向かった。結局帰って来んかったが……」
「ああ」
黒甲冑の赤い眼が光った。表情というものはない顔だが、その目の光は明らかに嘲笑を含んでいる事が見て取れた。
「そう、だ。お前の事、を、思い出した。その魔姫の、記憶で、見た。くく、く、あの魔姫は、長く生きた癖に、心が弱かった。だから、お前の姿に、すぐ、心を開い、た。だから、私も秘密を、見れた」
黒甲冑が言い終わる前に、レーヴァティが野太刀を振り上げて飛びかかっていた。刃と爪とが打ち合わされて、大仰な音を響かせる。
「く、くく、怒ったか? お前の、仲間のおかげで、私は強く、なった。礼を、言う」
「てンめぇえええーッ! 許さん! ぶっ殺してやる!」
「動きが荒く、なったぞ? そんな事で、勝てると、でも?」
黒甲冑はレーヴァティを押し返し、そのまま蹴り飛ばした。レーヴァティは吹っ飛ばされて、地面をバウンドして転がる。
ハクヨウが慌てて駆け寄った。
「レーヴァティ!」
「手ぇ出すな!」
素早く起き上ったレーヴァティは、ぎりっと歯を食いしばって野太刀を構える。
「こいつは……こいつだけは、わしの手で仕留める!」
「し、しかし……」
「仇敵なんじゃ……! 頼む……!」
とレーヴァティはすがる様な目でハクヨウを見た。それでハクヨウはぐっと言葉を吞み込んだ。
「……わかった。でも、わたしたちは君を死なせるつもりはないよ」
「死ぬ気なぞありゃせん。わしはあいつの首をすっ飛ばす。それだけじゃ!」
言うが早いか、レーヴァティは再び突進する。若干頭に血が上った様な動きだが、流石に場数を踏んだ魔姫だ。今度は反撃を食らう事もなく、黒甲冑に猛烈な斬撃を次々と浴びせかけた。しかし、そのどれもが中々決定打にならない。
アクナバサクがはらはらした様子で足踏みした。
「ど、どうしよう? このまま見てていいもんなのかな、ホネボーン?」
「今手を出したらレーヴァティから一生恨まれますよ」
「ダヨネー。でもあのままじゃ決着つきそうにないし……うー、もどかしい」
「あの、ち、ちょっとだけ、そそ、それとなく手助け、ししし、して、みたら?」
とシャウラが言った。
「それとなく? どうやって?」
「まっ、魔法で、転ばせる、とか」
「おお、それならいいかも! よーし、アクナちゃんの魔法が火を噴くぜ!」
「火が噴いてはまずいのではないですか」
「うるせえ! 比喩だよ! ……というか、わたしそんな繊細な操作が必要な魔法使えたっけ?」
「無理でしょう。王様は力ずくでどうにかするタイプですからナ」
「ちくしょう、その通り過ぎて反論できねえ!」
漫才をやっている間に、周囲の現世喰を倒しに向かっていたグリーゼやアルゲディ、キシュクが戻って来た。
「なにしてやがるですか。助けに行かねえんですか?」
とキシュクが言った。
「いやあ、あの黒くてでかいの、レーちゃんの因縁の相手らしくて……下手に手を出すとレーちゃんごとこっちに攻撃が来そうで」
「なんだそりゃ……でも、一人で勝てるのか?」
グリーゼが心配そうに言った。レーヴァティは激しく攻め立てているが、やはり黒甲冑に有効打を与えられた気配はない。疲労で動きが鈍っているのか、少しずつ反撃も受けているらしく、細かな傷から血が流れているのが見えた。
アルゲディがじれったそうに左右に揺れている。
「うう……あの鎧の人、すごく強そう……」
「アルゲディ、あれは人じゃねえですよ。あれも現世喰です」
「そ、そっか。現世喰ってあんな風にもなるんだね」
「いずれにせよ、レーヴァティがくたびれてしまうのを黙って見ているのも面白くありませんな。ひとつ、こっそりと手を貸してやりましょう」
ホネボーンがそう言って、手に持った杖を軽く振った。そよ風が微かに巻き起こり、足元を吹き抜けて行く。アクナバサクたちの足元を抜け、その先のハクヨウの足元を抜け、戦っているレーヴァティの足元で渦を巻いた。
「ぐむっ!?」
黒甲冑の体勢が崩れた。足元を風が取り巻いて、バランスを崩したらしい。レーヴァティの方も少し驚いた様な顔をしたが、すぐに野太刀を返し、斬り上げた。黒い甲冑に逆袈裟に傷が走った。黒甲冑がうめき声を上げ、赤い眼に怒りの炎が灯る。
「おお、すげえ! なんの魔法?」
「風に手助けさせました。しかし今のは不意打ちゆえに入った攻撃でしょう。このまま押し切れればいいのですが」
「よーし、ホネボーンにばっかいいカッコさせないゾ!」
とアクナバサクは両手を胸の前で合わせて、何かをこねくり回す様な仕草をした。
「何をする気です」
「『与える力』さ!」
「それをレーヴァティに?」
とグリーゼが言った。アクナバサクは自慢げに頷く。
「いい考えだろ?」
「……間違って敵に当てやがらないでくださいよ、王様?」
「あ、キッシュんめ、そういう事を! 後でおしおきだ!」
「うげっ!」
「アクナちゃんの全力の手助けを見ろ!」
手の中には光る玉が出来上がっていた。それを振りかぶって、全力投球といった様子で放り投げる。光の玉は物凄い勢いで飛んで行き、戦っていたレーヴァティの背中に直撃した。
ちょうど、レーヴァティが野太刀を振りかぶり、上段から袈裟に斬り下ろすところだった。当たった光の玉がほどけて、淡い光がレーヴァティの全身を包む。
剣閃の勢いが急に増した。刃先まで淡く輝いた刀身が、黒甲冑が防御に掲げた腕ごと、その体を袈裟に両断した。
レーヴァティも黒甲冑も、何が起きたのかわからないという顔をしていたが、黒甲冑の体がくずおれた事で、状況が理解できたらしい。レーヴァティは動きを止めて大きく息を吐いた。
「……ざまぁ、見やがれ」
その背後から、物凄い勢いで駆けて来たアクナバサクが抱き付いた。そのまま抱き上げて頭をよしよしと撫でる。
「やったーっ! やったなレーちゃん! いい子いい子!」
他の魔姫たちも駆け寄って来て、銘々にレーヴァティに抱き付いたり肩を叩いたりした。
「ぐおおっ、やめんかっ! そこは傷がっ……痛くない」
「ぬはは、そうだろう。『与え』たからネ」
「……はあ、結局お前の仕業かい」
「あっ……い、いや、今の嘘! レーちゃんのパワー!」
「ええわい。あのまま戦っとっても仕方がなかったじゃろうしな」
そう言って、レーヴァティは地面に横たわる黒甲冑を見た。左肩から右の腰まで斜めに両断されて、立ち上がる事はできないだろう。しかし目はまだ赤い光が爛々と宿っていた。
「く、くく……助けられな、ければ、勝てもしなかったな、チビ」
「……放せ。こいつにとどめを刺してやる」
そう言ってレーヴァティが野太刀を握り直し、振り上げた。
そこにホネボーンが割り込んだ。
「ちょっと待ちなさい」
「なんじゃい骨。邪魔するなら容赦せんぞ」
「容赦されなくともお前にどうこうされはしません。後でとどめは刺させてやりますから、少し待ちなさい」
そう言って黒甲冑を見下ろした。
「なんだ、お前は」
「何でも構いません。少し確かめたい事がありますので」
そう言うや、ホネボーンは杖の先端を黒甲冑に向けた。
「クィニアーリナ・ナヒグバム(崩壊せよ)」
杖の先端から、雷の様な光が迸った。
「馬鹿な、魔姫以外の攻撃など、効か、ぬ」
「成る程。ではこれはどうですか」
と言うや、ホネボーンはまた別の呪文を唱えた。
「フェユナヨーゼ(醒めぬ悪夢)」
「無駄な、事をぐ、が、がぁぁぁあああぁぁああああああぁぁッ!!」
黒甲冑は苦痛に悶えて、上体だけが激しく痙攣した。アクナバサクたちが目を白黒させる。
「え、え? なんで? こいつらにはホネボーンの攻撃は効かないんじゃなかったの?」
「肉体を傷つける事は相変わらずできない様です。しかし、どうやら『死』や『傷』は与えられずとも、『苦痛』は与えられる様ですね。ゆえに精神干渉の魔法で精神的な苦痛を与えてみました。どうやら効果はあるようで」
「な、なぜです? こいつらにはあらゆる魔法も攻撃も効かないと人間たちは言っていましたが……」
とハクヨウが言うと、ホネボーンは肩をすくめた。
「現世喰の強さは、『魔人の力と女の肉体を持つ者』以外からの攻撃は受け付けないという制約があっての事です。しかしそれだけ強力な制約があると、他の部分が犠牲になる。この場合は知性や社会性などに当たるでしょうが、こいつの様に知性が芽生え、統率が可能になったとすれば、その制約が緩和されている可能性があると考えたのです。つまり、知性と引き換えに、弱体化した部分が出て来た。なまじ知性を得たゆえに、精神面にほころびが出たと考えていいでしょう」
ホネボーンはそう言って、黒甲冑の方を見た。手に持った杖をくるくると回した。
「さて、では現世喰の現在の規模、お前の様な現世喰はどれだけいるか、西側の人間たちの状況はどうなっていて、どの様な戦いが展開されているか、現世喰がどの地点にどれだけ生息しているか、他諸々、私の質問にすべて答えてもらいましょう。素直に答えればよし。言いよどんだり嘘をついたりすれば、死を希うほどの苦痛を与えるのでそのつもりで。すべて答えるまで楽になれると思わない事です」
黒甲冑の赤い眼が恐怖に染まった。
「……やっぱり、この骨が魔王なんじゃねえか?」
レーヴァティがぽそりと呟いた。
他の魔姫たちだけでなく、アクナバサクでさえそんな気がしてしまった。




