1.枯れ谷の復活
谷底の平野まで降りたアクナバサクは、辺りを見回しながら腕組みした。
「さて、魔王谷再生計画の第一歩を踏み出そうというわけなのだが」
「はあ」
「木を植えようにも、苗木は勿論種もない現状では手詰まりではないか?」
「王様の『創る力』で種くらい作れないんですか」
「あー、それも思ったんだけど、全盛期の一割しかない今の力じゃ命のあるものは出来ないっぽいんだよね」
アクナバサクはそう言って、種の形をしたものをばらばらと地面に振り撒いた。
「見たまえ。これは石の象形素を弄って精製したものだ。見た目も中身も種なんだが、形を作る事はできても、命が吹き込まれていない。芽も出さないし、無論成長する事はない」
「成る程」
「こんな風に無生物の形を変えたりするのは余裕なんだけど。後はあれだ、『与える力』で、生き物の成長を促したり、傷を治したりとか、そういう事はできると思うよ。でも命のあるものの形を変えるのはちょっと厳しいかも」
「リンゴの木をレモンの木に変えるのは無理とか、そういう感じですか」
「そうそう、そんな感じ。魔王時代は出来たけどね、今はちょっとね」
「ご自分の胸をしぼませたりは出来たじゃないですか」
「このホムンクルス体はそもそもわたしが作ったものだもん。『創る力』の及ぶ範囲だから形も変えられるんだよ。でも別の命は無理だ。わたしの力の管轄外」
「大分難しい状況になりましたナ。せめて種が創造できれば何とかなったんですが」
「まあまあ、焦る事はないぞホネボーン君。我々は時間だけは有り余っているんだから、地道にやって行けばいいんだ。二百年に比べればなんでもないだろう?」
「はあ」
不死の魔人とアンデッドである。時間だけは腐るほどある。
アクナバサクは腕組みしたままざらざらした大地を歩き回った。ホネボーンは屈み込んで、指先で砂をつまんですりつぶした。
「完全に生命力が失われてますね。変だな」
「ここまで乾燥していると、雨が少し降ったくらいでは水は残るまいね」
「そうですね。みんな地面に吸い込まれて消えちまうか、表面を流れて行っちまう」
「草や木々が根を張って水を捕まえるからこそ、大地も潤うというわけだ。やっぱり草木は偉大なものだネ」
「おだてても草は生えて来ませんよ」
「そんな馬鹿な思惑があっての発言ではない」
「いずれにせよ、このまま腕組みしてても仕方がないでしょう。植樹の段取りは追々考えるとして、取りあえず家を建て直したらどうですか。大丈夫とはいえ、吹きっさらしの中で膝を抱えるのは嫌でしょ?」
「それもそうだね。それだったら『創る力』も使えるし、ウォーミングアップに丁度よさそうだ」
それで二人はまた高台の廃墟に戻った。かつて城壁だった石がごろごろしていて、材料には事欠かない。アクナバサクは難しい顔して、ああでもないこうでもないと唸った。
「デザインが煮詰まらんな」
「はあ」
「二人しかいないのに城なんか建てても仕方ないしな。あ! そうだよ、二人きりなのに王様も何もあったもんじゃないな! ホネボーン。今後は王様じゃなくて、気さくにアクナちゃんと呼んでくれて構わないぞ!」
「王様、もう日が暮れますよ」
ホネボーンは面倒臭そうに言った。相手にならぬつもりらしい。アクナバサクは詰まらなそうに口を尖らして両腕を掲げた。
「ま、気取った家など必要ないな。小屋で十分。おりゃー」
アクナバサクがそう言って手を振ると、辺りの瓦礫がむくむく動き出して、それぞれに溶け合うようにしてくっ付き、形を変えて、やがて小さな家が出来上がった。アクナバサクは腰に手を当ててふんすと鼻を鳴らした。
「どんなもんだい」
「お上手ですね」
「そうだろう。もっと褒めていいのだぞ」
ホネボーンはそれに答えずにさっさと家に入ってしまった。アクナバサクは慌ててその後を追った。
内部は簡単な作りだった。一部屋しかない。しかし象形素を弄ったからか、すべてが石造りという風ではなく、寝床には綿製らしいふかふかした布団があり、長椅子にはクッションが置いてあった。床は大理石の様につるつるしていて、壁には松明が燃えていた。ホネボーンが部屋の中を見回した。
「派手なんだか貧相なんだか解りませんね」
「まあ寝起きに等しいからその辺は勘弁してくれ。どうせ後でいくらでも弄れるのだし」
アクナバサクは「とりゃー」と言って寝床にダイブした。柔らかな布団が小さな体をふかふかと受け止めた。そのまま布団の上で体をよじらせる。
「うひょひょ、こいつはいい。この体だと布団の柔らかさが身に染みる」
「王様、馬鹿みたいですよ」
「やかましい。クールぶりよってからに、お前も来たらどうだ」
「遠慮しときます、骨ですから」
日が落ちて、夜になるにつれて辺りが明らかに寒くなって来た。日中は日差しと照り返しで汗をかくくらいだったのに、夜になると身震いするくらいだ。
アクナバサクは布団にくるまりながら、ふむふむと頷いていた。
「前の体よりも暑さ寒さを感じるな。まあ、不快という風でもない。むしろ刺激的でいい感じだな」
「そいつはよかったですね」
「さて、明日からどうしよう」
「ともかくも、生きている種か苗がひとつでも見つかればいいんですけどね」
「そうだな。そうすればわたしの力で何とかなる。というか、草木一本生えないくらい徹底的にぶち壊すとか、人間マジで怖い。どうやったんだろ」
「どうやったんでしょうね。まあ、敵方の大魔法使いが空から念入りに地表を炎で焼き尽くしていたのは覚えていますよ。それこそ何回も何回も。それで炙られて逃げ出て来た精霊とか精獣を片っ端からぶち殺したわけです。私や王様の今の体が見つからなかったのは奇跡ですね」
「うわ、こわあ……わたしよりあいつらの方が魔王っぽくない?」
「まあ、もともと仕掛けたのはこっちですし」
「だからってやり過ぎだろ。自然を何だと思ってるんだあいつら……というか、今あいつら何やってるのか解ってるの?」
「はあ」
「この近くにいるんだろうか」
「私だってあんたと一緒に寝てたんですから、知る筈ないでしょう。まあ、これだけ不毛の大地が広がっているとなると、ここらに近づくのはいなさそうですがね」
「喜んでいいのか何なのか解らんな!」
アクナバサクは寝床でごろんと転がった。
「でも近くにいないのはありがたい。今攻めて来られちゃ勝てる要素が何一つないからね」
「はあ」
「明日はあれだな、生きている草木を探そう。一つでもあれば何とかなる」
「単一の植物がはびこっても仕方がないのでは?」
「ないよりマシだろう。大地がむき出しの状態を回避すれば、そのうち別の植物が目を覚ますかも知れないし」
「そうですね」
しかし何となくホネボーンは納得がいかない様に考え込んでいる。
「なんだよ、何か気になるの?」
「いえ、さっき調べてみたんですが、土自体に生命力がないんですよ。だから仮に植物を植えても育つかどうか」
「ふーん? まあ、ともかく何もしないよりいいだろ。色々考えるのは後だ後」
アクナバサクはそう言って、さっさと布団に潜り込んで仰向けになったりうつ伏せになったりした。
それでぐだぐだと横になったまま翌日を迎えた。小屋は高台に造ったから、朝日がよく当たる。
外に出てまぶしい夜明けの陽光を見たアクナバサクは、大きく伸びをした。
「んー、よい目覚めだ。全然寝てないけど」
「睡眠要らないんですよね」
「うん、要らない。寝る楽しみを取っちゃったのは勿体なかったかな……」
「睡眠欲が残っていたら、王様ずっと寝てるんじゃありませんか」
「あり得る! よかったー、寝る必要なくてー。あ、でも魔力をあまりに大量に消費したら睡眠状態じゃないと回復できないかも。ま、その時はその時だな」
そうして見た目少女と骨の二人は、生き残った植物を探すべく谷を下った。
ごろごろした大小の石が転がっている。乾いた地面からは風が細かな砂塵を巻き上げ、鼻の奥や喉をざらざらさせた。
「うーむ、あまり心地よい感じじゃないね」
「そうですね」
「乾燥がひどいからな……あ、もしかして日陰になる様な所には、ちょっとした草なんかが生えてるかも知れないぞ」
「はあ」
「いい思い付きだろう。行ってみよう」
それで二人は谷陰の方に行ってみた。ここは脇に高い崖があって、日当たりが悪い。その分地面が乾くのも遅い様に思われた。アクナバサクは期待に胸を膨らまして、あちこちの岩の陰や、凹凸の中を確かめたが、気づいたら日が暮れかけていた。
「ないね」
「ありませんね」
とホネボーンが言った。それでおしまいで、結局何の成果も得られぬまま二人は小屋に戻った。
アクナバサクはベッドに腰かけて足をぶらぶらさせた。
「ここまでないもんなの?」
「はあ」
「これだけ広域のあらゆる生命を一片残らず殺しつくすなんて、闇の神獣でも出来ないぞ、そんな事。人間に出来るとは思えないんだけど」
「そうですね。ちと不自然な感じがします」
「資源ゼロで増加なしの再出発とはたまげたなあ……まあ、明日はもう少し探索範囲を広げてみようか。考えてみれば、別に毎日ここに帰って来る必要ないしね」
果たして翌日である。二人は再び連れ立って出かけた。行けども行けども、起伏や地形の差こそあれど乾燥した土と岩ばかりである。
アクナバサクにしろホネボーンにしろ、疲労というものが溜まりにくい上に睡眠が必要なわけでもないから、ともかく枯れた谷川に沿って昼も夜も歩いて三日ばかり経った。
谷の起伏が次第になくなり、緩やかな丘陵が続く様になって来た。ここはもうかつてのアクナバサクの領地ではない。しかし生命の気配が全くない。
枯れた川の岸がすっかり乾燥して崩れている。すくい上げた灰色の砂を指の間からさらさらとこぼしながら、アクナバサクはうんざりした様に言った。
「からっからだ。うーむ、いくらわたしの気が長いとはいえ、流石に途方に暮れそうだ」
「これはちと異常ですナ。二百年も経てば、人間が破壊し尽くしたとしても、ある程度は植物が戻りそうなもんですが」
「うん」
「しかもこの辺は他の王様が管理する領地だった筈。我々の領地よりも破壊されていなかった様な気がするのですが」
「二百年のうちに何か異常事態が起こった可能性があるね。ホネボーン君や、ここは進路を一転して、谷の奥側に行ってみようじゃないか。今までは谷から離れるほど人間の破壊がないと思っていたが、どうもその線は薄そうだ。あまり行き過ぎて人間と出くわすのも嫌だし、川の源泉辺りに行けば何か見つかるかも知れないぞ」
「なんでそんなに早口なんですか」
それで二人は取って返して、谷の奥側へと歩を進めた。
「行って帰って、何だかのんびりしたものだねえ」
「はあ」
「何もしないでいいってのは退屈だけれど泰平の心持だネ。わたし、そんなに働くの好きじゃないから、こういう風にずっと散歩してるのは幸せだなあ」
「石と砂ばっかりでも面白いんですか」
「いや、多分飽きるよね。今は起きたばっかだからいいけどさ。はー、わたしの思い描いていた第二の人生とはだいぶかけ離れた事態になっちゃったなあ」
二人は谷の奥まで歩いて行った。緩やかに上に昇って行く形になっていて、時折振り向くと、多少遮られるものの、谷の下流の方を見る事が出来た。
奥に行くほどに、両側の傾斜がきつくなって来て、ついには壁の様になる。最奥は切り立った断崖がそびえていて、その向こうには山脈が連なっているのが見えた。要するに最奥は三方を壁に囲まれた状態である。
その崖の前には神殿が建てられていたが、どちらも人間たちに破壊されたと見えて、見るも無残な瓦礫の山と化していた。
「んん?」
アクナバサクは怪訝そうに目を細めた。風化しつつある瓦礫の山の上に、何だか変なものが見えた。
まずもって巨大である。アクナバサクを縦に五人並べたよりも大きい。奇妙な甲殻が全体を覆っているが、その間に見える部分は蛭の様に黒く、ぬらぬらと光っている。黒くぬめぬめした変なものが鎧をまとっている感じに見えた。
「なんじゃありゃ」
「生き物、でしょうか」
二人が首をひねっていると、その大きなものが急に動いた。億劫そうに体をよじって、どうやら頭らしい部分をこちらに向ける。鋭い牙を持った咢が見える。
目に当たるらしい部分は大きく、しかし瞼はない様で、むき出しの赤い球体がぎょろぎょろと動いていた。丸めていたらしい虫や甲殻類の様な四肢が、しっかと瓦礫を踏みしめている。その体躯の周囲を、何だか黒い霧みたいなものが不気味にまとわりついていた。
「ぎゃー、ホントになんじゃありゃ!」
とアクナバサクは悲鳴を上げた。ホネボーンは杖を持ち直した。
「ふむ……まさか現世喰……?」
「え? なんて?」
「王様、向こうはこっちを攻撃する気満々みたいですよ」
巨大な怪物は、這う様な恰好で瓦礫の山から駆け下りて来た。
「冗談じゃないよまったく! ああいうフォルムは生理的に無理だよわたし」
「王様の元の姿も似た様なものでしょう」
「あれ、今わたしディスられてる?」
「ともかく迎え撃ちましょう。あれは恐らく現世喰です」
「ウツシヨグライ?」
「現世喰です。あんな巨大なのは見た事がありませんが」
「倒しちゃうの? 折角の生き物なのに……」
「説明する暇がないので端的に言いますけど。あれを倒せば植物が復活する可能性がありますよ」
「マジで! なんかテンション上がって来た。よーし、やったるで!」
アクナバサクは近づいて来る巨大な現世喰に向かってずんずんと歩いて行った。肩をぐるぐる回して不敵に笑い、現世喰をびしりと指さした。
「ふっふっふ、今は華奢だが元は魔王だ。お前みたいなのに負けたりしないんだから勘違いしないでよねっ!」
怪物は大きな口を開いて咆哮した。何だか苦しげなうめき声の様で、アクナバサクは嫌そうに目を細めた。
「わたしそういうの好きじゃないぞ! ぶっ飛ばしてやる!」
アクナバサクは素早く足元の小石を拾い、それを両手の中でこねる様にした。そうしてそのまま手を両側に開くと、抜身の長剣が現れた。『創る力』である。
「覚悟しろやー」
とアクナバサクは剣を振りかぶって現世喰に飛びかかった。現世喰は唸りながら体をよじり、細長い体をアクナバサクに鞭の様に叩きつけた。
「甘い!」
アクナバサクは素早く剣を構えて防御の姿勢をとった。
しかし現世喰の体は剣ごとアクナバサクを跳ね飛ばした。
アクナバサクはぽーんと吹っ飛んで、地面を何回かバウンドして転がった。ホネボーンが「あっ」と言って、素早く駆け寄って来た。
「王様、どんな気分ですか」
「何その質問」
アクナバサクは剣を杖代わりによろよろと立ち上がった。
「カッコつけて剣とか使うんじゃなかった……」
「王様武器とか使った事ないですもんね」
「そうなんだよなー」
そうしている間にも、現世喰は猛烈な勢いで突っ込んで来る。ホネボーンが素早く杖を構えて呪文を詠唱した。
「クィニアーリナ・ナヒグバム(崩壊せよ)」
杖の先端から雷の様な光が迸り、現世喰を打った。しかし怪物は歩みを止めずに向かって来る。ホネボーンは怪訝そうな顔をした。
「ふむ? これが効かないとは……」
「よーし、ここでアクナちゃん再登場。下がっていなさいホネボーン、ありのままのわたしを見せてやる」
アクナバサクはそう言うや、思い切り剣を振りかぶって現世喰に投げつけた。現世喰は唸りながらそれを弾き飛ばす。その隙を突く様に、アクナバサクは凄い勢いで懐に飛び込んだ。
「イクゾー」
ぐっと拳を握り込み、現世喰に猛烈な打撃を次々と浴びせかける。体は怪物よりも遥かに小さいけれど、その中に秘められた膂力は強烈である。
現世喰はその場でたたらを踏む様にして数歩下がった。外殻にはひびが入った。
「ちぇすとおー!」
駄目押しに、とアクナバサクは飛び上がると、一気にかかと落としを放った。激烈な勢いで打ち下ろされたかかとが現世喰の脳天を打ち抜いた。衝撃が顎にまで突き抜けて、頭部が破裂した様にはじけた。
「どおりゃ!」
さらにアクナバサクは回し蹴りを放つ。腹部のど真ん中にもろに食らった現世喰は跳ね飛ばされて、瓦礫の山に激突して沈黙した。
と同時に、まるで強風に吹かれた砂細工の様に現世喰の体が崩れたと思うや、それらが皆細かな光る粒になって。そこら中に散らばった。そうして、急に風が巻き起こり、地表を撫でる様にして谷中へと吹き広がって行った。
「よーし、やっつけたぞ」
「お見事です」
「ぬはは、わたしにかかればこんなもんよ。ん?」
不意に物音がしたので、アクナバサクは瓦礫の山の方に目をやった。
果たして瓦礫の山が崩れる様にして動いており、そこから木がむくむくと伸びている。地中に埋まっていたらしい大小の岩なども巻き込みながら幾本もの木々が絡み合う様にして急激に成長し、それらの幹が一本の太い幹になった。
あちこちから種々の木の枝が伸びて地面に影を落とし、さらに太い根が大きな岩を幾つも抱く様にしており、その岩の間からさらさらと澄んだ水まで流れ出て来る。
アクナバサクもホネボーンも呆気に取られてこの光景を眺めた。
「ひええ、なんだこりゃ。どういう事なの……?」
「やはりあれは現世喰だったようですね」
とホネボーンは一人合点がいった様に頷いている。
「わたしを置いてけぼりにするなよ! 何だったんだよ、さっきのキモイのは!」
「現世喰です。王様は知らなかったかも知れませんけど、魔領で研究していたものなんです。専ら研究職の連中が所属を超えて集まりましてね、魔法や魔導生物を開発していたわけです。そのうちの一つです」
「どういう奴なの、その……ザリガニなんとかって」
「現世喰です。イナゴって虫がいるでしょう。あれみたいに、ともかく周囲のあらゆるものを食い尽くす兵器です。イナゴと違うのは物質的な栄養素ではなくて、エネルギーを吸収して体内に蓄えるという事でして」
「はー、なるほど。ちっとも解らん」
「……つまり、この連中は生命力自体を吸い取るんです。生物だけでなく自然環境からも吸収しますから、現在の様に草も生えない荒れ地と化すわけです。加えて、体に吸収した生命力を蓄えるんですよ。それを二次利用する事も理論上可能、という筈でした」
「えぐいなあ」
「えぐいですね。そんな風に人間どもの領土をこれで滅ぼして、奪った生命力を魔領で利用しようという魂胆だったと思われます」
「あー……それって超ヤバい気がするけど、気のせい?」
「気のせいではなくて超ヤバいです。実際それでこの辺りもこんな風になっているわけですからね。しかし生体兵器としては優秀なものでしたから、実用化に向けて急ピッチで研究が進められていました。その前に負けましたが」
「な、なるほど……えっ、じゃあもしかしてこの辺りが全部こうなってるのって、そのウシ……何とかが土地の生命力を吸い取っちゃったからって事?」
「現世喰です。そうでなくては説明がつかないですね。普通はどれだけ環境が破壊されても、そこに適応した生態系が作られる筈ですから」
「でも生命力そのものが皆無となると……あれの仕業ってわけか」
「そういう事です。しかしこんなに強力だったかどうか……」
「全然知らんかった……そんなヤバいものを誰が作ろうって言ったのよ」
「指揮を取っていたのはデモナスゴス陛下ですね」
「げっ、あのクソ野郎か。そりゃ物騒な筈だよ」
「実用化にこぎつけたという情報はありませんでしたが……戦争のごたごたでどこからか逃げ出したんでしょうかね。野生になって凶暴化したんでしょうか」
「結局身内の犯行とか笑えないわ……どいつもこいつもわたしの足を引っ張りやがって!」
アクナバサクはしばらく地団太を踏んでいたが、やがてふんと鼻を鳴らして、瞬く間に育った巨木を見上げた。
「ともかく……そのウントコドッコイショを見つけて潰せば、こうやって大地が蘇るわけか」
「現世喰です。そもそも他にいるかは解りません。あれから二百年です。流石に現世喰が食い続けるにも限界があります。さっきの大型個体は休眠状態だった様ですし、食い物がなくなったら共食いも起こったんじゃないでしょうか」
「あー、そっか。寝ていた身としてはついこの前の事だけど、二百年経ってるんだもんな」
「まあ、ひとまずこの周辺は大地が蘇ったと思いますよ」
とホネボーンは屈んで、砂を手に取って眺めた。
「……やはり生命力が戻っている様ですね。この土なら植物も育つでしょう」
「これで魔王谷復活の足掛かりが出来たわけだ。ふふふ、さてさて」
アクナバサクは巨木の幹を手の平で撫でてにまにま笑った。
「木と水源を一気に確保できたな。さっきのあれで大地の生命力が復活したとなれば、わたしの『与える力』で木を育てるのは造作もない事だ。魔王谷再生計画本格始動だぞホネボーン」
「はあ」