18.廃村の魔姫
断続的に降る雪で、魔王谷は常に銀世界が広がっていた。谷川の水量も減り、ホネボーンの研究所周辺の池も分厚い氷に覆われた。その上に雪が積もっているから、どこからが陸でどこからが水の上だか解らない。実際歩いても大丈夫である。
冬になると、どこからともなく冬の精の類が現れる。彼、彼女らは冬の間に谷じゅうで遊び回り、春になるといつの間にかいなくなっている。
そんな風に寒いながらも谷が賑やかになり出した頃、アクナバサクが大広間で逆立ちしていると、ホネボーンがやって来て出来ましたと言う。
「なにが?」
「魔姫探索の術式です」
「マジで」
アクナバサクはさかさまだった世界を元に戻し、ホネボーンの方を見た。
「すげえ早いじゃん」
「それほど難しい術式ではありませんから」
ホネボーンは懐からペンダントの様なものを取り出してアクナバサクに差し出した。アクナバサクは頬を赤らめた。
「やだ、急に愛のプレゼントとか大胆」
「違います。これが魔姫探索の為の魔道具です」
紐の先についた丸い魔晶石の先に、三角錐の石がある。アクナバサクはそれをぶらぶらさせながら首を傾げた。
「どうやって使うんだよ」
「魔力を込めてみてください」
それでアクナバサクが魔力を込めると、魔晶石が淡く光り、三角錐の石が動いてバルコニーの向こうを指した。先端が小刻みに動いて向きを変えている。
「キェェェェェェアァァァァァァウゴイタァァァァァァァ!!」
「これは流した魔力と同系列の魔力に反応します。つまり王様の魔人の魔力が、魔姫たちに反応しているという事です」
「この先に魔姫がいるって事?」
「そうです」
「でもこれ、うちにいる誰かに反応してるんじゃねーか?」
「そうです」
「そうなると、ハクにゃんと一緒に旅に出ちゃったら、こいつずっとハクにゃんに反応しちゃうんじゃないの?」
「そうでもありません」
「どうすんだよ」
「この魔晶石には記憶の術式を組み込んであります。前もってうちにいる魔姫たちの情報を記憶させ、反応しない様にしておけばいいのです」
「なーる。範囲はどんなもんなの?」
「込める魔力の強さによります。王様が全力で注げば、かなりの距離を超えて反応する筈ですが」
それでは早速やってみよう、とアクナバサクはあちこちで銘々に何かやっていた魔姫たちを呼び集めた。そうして一人一人反応しない様に魔晶石に登録させ、それからアクナバサクはペンダントを手にバルコニーに立った。
「よし、いくぞ」
それで手に持った魔晶石に魔力を流す。魔晶石の輝きが増して行くにつれ、しばらく動かなかった三角錐がぴくりと反応した。そうして先端を一方に向けてぴたりと止まる。アクナバサクが動いても、先端だけは同じ方向を示し続けている。
ハクヨウが感心した様に口を開いた。
「この先にわたしたち以外の魔姫がいるって事か」
「ま、ま、まだ、他にも生き残ってたんだ、ね」
シャウラがしみじみと言う。
「人間の拠点にはまだ魔姫もいると思うが……まさか人間の国の魔姫に反応してないよな?」
とグリーゼが言う。ホネボーンは肩をすくめた。
「そこまでは解りません。しかし人間の国は遥か遠くでしょう。込めた魔力の量から見ても、そこまでの距離はないと思いますが」
「そこまで行くのは徒歩ですか? 帰りはどうにかなりやがるんですかね?」
とキシュクが言った。
ホネボーンが懐からもう一つ魔道具を取り出す。
「簡易の転移ポータルです。これと石柱に魔力の糸をつないでありますから、帰りは一度だけ転移が可能です。ただし一度使ったら壊れますからそのつもりで」
高度な事をあっさりやるなぁ、とハクヨウは感心した様な呆れた様な、妙な心持でホネボーンを見た。肩にネズミを乗せたアルゲディが嬉しそうに言った。
「えへへ、どんな子かな。友達になれたらいいな」
「なれるさ。ここに来れば家族みたいなものだよ」
と言って、ハクヨウはアルゲディの頭を撫でた。
ともかく、それで旅に出る算段が立つ様になった。
アクナバサクは着の身着のまま、荷物なぞ何も要らないけれど、ハクヨウはそうもいかない。アクナバサクの魔力で強化されて、人間よりもよほど丈夫な体になってはいるけれど、食べなければ魔力エンジンの回転が悪くなるし、夜は眠らなくてはならない。携帯食に寝袋など、必要なものをいくらかは揃える必要がある。
幸い、ナエユミエナや屋敷妖精たちの尽力で、保存食もたっぷりと蓄えられている。取捨選択の必要はあるが、何かが足りないという事はなさそうだ。
そんな風に準備をしているハクヨウの後ろで、アクナバサクがうろちょろしながら、「大丈夫? 何か手伝おうか?」などとしきりに言っている。自分も参加したくて仕方がないらしい。
ハクヨウは、しばらくの間は大丈夫だとあしらっていたが、しつこいのでちょっとうんざりし始めていると、ホネボーンがやって来てアクナバサクの頭を杖で一撃し、昏倒したのを引っ張って行ってくれたので、それでようやく準備が整った。
石柱の転移システムを利用して、森の際まで来た。他の魔姫たちも皆見送りに来ている。大げさだな、と思う反面、嬉しいともハクヨウは思った。アクナバサクはとても嬉しそうである。
荒野も雪に覆われている。ふきっさらしの風にさらされて、谷の雪よりもごつごつと硬い様に思われた。
見返ると雪景色の魔王谷が見える。いずれもっと森が広がって行くと考えると、アクナバサクはやっぱりワクワクした。
アクナバサクは腰に手を当てて荒野を見た。
「さーて、出発だ。ハクにゃん、準備はいいかね?」
「うん」
「ではでは」
と言うが早いか、アクナバサクはハクヨウをひょいと抱き上げた。俗に言うお姫様抱っこである。
ハクヨウは目を白黒させてアクナバサクを見上げた。
「お、お、王様?」
「行って来まーす!」
駆け出した。手を振っている魔姫たちを背に、物凄い勢いで雪の上を疾走する。
顔に当たる風が冷たくて、ハクヨウは思わず身を縮こめて、腕で顔を守る様にした。何となく気恥ずかしい。しかし同時に妙に嬉しさを感じている自分に驚いた。
(……魔王の因子のせいかな)
事実がどうかは解らないが、そういう事にしておきたい。
ハクヨウがぼんやりとアクナバサクを見ていると、ちらと見た目が合った。ハクヨウは赤面して目を逸らす。アクナバサクはにんまり笑って、ハクヨウを抱き直した。
アクナバサクの胸に下がった三角錐が、向かう方を指している。
この先に仲間がいる。恐らくは、同じ様に捨てられてしまった仲間が。それを思うと、何となくハクヨウの気持ちはざわついた。
しばらく雪景色が続いたが、次第に地面が見えて来た。日陰の所にだけうっすらと雪が残る様になり、乾いた地面が広がる。呼吸をする度に、乾燥した冷たい空気がちくちくした刺激を喉や胸に残した。
およそ半日ばかり走ったのち、アクナバサクは足を止めた。もう周囲は完全に荒野だ。昔は丘陵地帯だったのか地面は平坦ではない。ハクヨウは水を飲んで息をついた。
「喉が渇くね」
「そう? わたしは平気だぞ」
「王様は丈夫だからなぁ……」
ハクヨウは呆れ顔で笑った。第一世代で、最強格の魔姫と言われても、魔王にはとても敵わない。
アクナバサクは周囲を見回して腕組みした。
「この辺りにはもううんたらかんたらがいそうな気がするネ」
「う……? ああ、現世喰? そうかも知れないね」
ホネボーンみたいな鋭いツッコミは出来ないなあ、とハクヨウは頭を掻いた。
地面に起伏はあるけれど、遮るものがないから、風が強い様に感じる。肌に刺す様だ。しっかりと長袖を着てはいるけれど、頬や額が突っ張る。
空は晴れている。日差しは強い様だ。しかし体を温めてはくれない。単に眩しく、そうして晴れている分だけ、却って乾燥が強くなっている様に思われた。
アクナバサクがあちこち見回しながら首を傾げている。
「どの方角に進んでんのかな? わたし、ひたすら突っ切って来たから解んなくなっちゃった」
ハクヨウは、アクナバサクの下げているペンダントを見、それから太陽を見た。
「……大体、南西の方向みたいだよ」
「えっ、なんで解るの?」
「現在時刻と季節と、太陽の位置から考えると、かな」
昔、現世喰の討伐の為に各地を転戦していた時は、方角を読む技術がなければ道に迷う危険性があった。城塞都市に移されてからは久しく使っていない技能だが、一度身に付けたものはそうそう忘れない様だ。
アクナバサクが感心した様に口を開いた。
「すげー、なんかそういう何気ないスキルって憧れるわー」
「そ、そう?」
ハクヨウは照れ臭くなって頭を掻いた。当然の技能として、特に褒められた事もなかったけれど、こうやって褒めてもらえると妙に嬉しい。
アクナバサクはうんと伸びをして、それから体を曲げたり伸ばしたりし、よし、と言って腰に手を当てた。
「んじゃ、行きますかー」
「うん。あっ、ちょっと」
抱き上げられそうになって、ハクヨウは慌ててアクナバサクを制止した。
「なによ」
「さ、流石にちょっと恥ずかしくて……背中におぶさるのでもいいかな?」
「イイヨー」
それで再び先へと進む。太陽は次第に傾いて行く。向かい風が冷たさを増して来た。
砂埃が目に入るから、ハクヨウは薄目を開けるか閉じるかしか出来ない。アクナバサクはひたすらに直進している。
やがて夜が来た。明るい月が煌々と地面を照らす。
睡眠の要らないアクナバサクは突っ走っているが、ハクヨウはその背中でうとうとして、そのまま目を閉じた。寒い事は寒いけれど、焔石を加工した懐炉があるし、アクナバサクに抱きついている様なものだから、体の前面は温かい。
そんな風にうとうとしながら、ハッと目を開けると、どんよりと曇った空が見えた。
驚いて起き上ると、すぐ傍で焚火が燃えていて、向かいにアクナバサクがいた。
「ぐっもーにん、ハクにゃん」
「お、お早う……ごめん、すっかり寝ちゃって」
「よいよい。寝る子は育つ。背中があったかくて丁度良かったよ」
アクナバサクはそう言って、手の中でこねくり回していた何かを、焚火の脇に置いた。小さな人形である。
「それ、もしかして宰相殿?」
「え? あ、これ?」
アクナバサクは一度置いた人形をまた手に乗せた。文官服を来た骨の人形だ。どう見てもホネボーンを象ったものである。よく見ると随分精巧に作られている。
焚火の傍らには、他にも人形が置いてあった。魔姫たちを象ったものもある。
「暇つぶし、暇つぶし。中々綺麗だろ?」
どうやら、その辺りに転がっていた石を使って『創る力』で作ったらしい。ハクヨウは素直に感心した。
「凄いな……王様、意外に器用なんだね」
「そりゃ君ぃ、この体はわたしが自分で作ったんだぞ? 手先は結構器用なんだ。魔王時代は引きこもり生活を強いられていたから、やれる事と言えば工作くらいのもんだったからちょっと待って何か切なくなって来た」
アクナバサクは額に手をやって肩を落とした。ハクヨウはくすくす笑う。そうして人形を一つ手の平に載せた。
「これがわたしかな?」
「そうそう」
自分の人形を見るのは何だか変な気分だ。
ハクヨウは他の人形も手に取ってしけじけと眺めてみた。どれも上手に出来ている。アルゲディの肩にはネズミが乗っているし、キシュクのいたずら気な表情や、シャウラのおどおどした笑い顔など、特徴がしっかり捉えられている。
「王様、これもらってもいいかな?」
「いいよ。壊れやすいから布に包んで、箱に入れて、それをさらに布で包んで、懐に入れて、寒いから懐で温めておきましたって渡してあげるんだよね」
「えっ……な、何の話?」
その時、きいきいと何かがこすれる様な音がした。ハクヨウが即座に立ち上がって剣を抜く。アクナバサクの後ろの岩陰から現世喰が顔を出した。
「ぬお!」
驚くアクナバサクを飛び越えて、ハクヨウは現世喰に切りかかった。硬い甲殻をものともせずに、魔力の剣は現世喰を切り裂く。たちまち現世喰は崩れて砂になった。
「……この辺にはもう現世喰がいるんだな」
固定化したエネルギーを荷物にしまいながら、ハクヨウは辺りを見回した。風を避ける為に、岩の多い辺りにいる。物影が多い分、どこから現世喰が出て来るか解らない。
「王様、もう行こうか」
「合点承知の助」
ともかくそれで出発した。
昨日は晴れていたけれど、今日は曇っている。尤も、移動した距離もかなりあるから、天気の悪い地域に入ったという事かも知れない。
それで二日ばかり進んだ。
次第に現世喰と遭遇する回数も増えたが、ハクヨウはすっかりかつての調子を取り戻しているし、アクナバサクは当然負ける筈がない。足を止める必要がある、という他は何ら問題なく進行した。
昼も夜もアクナバサクが走り続けたから、通常の倍以上の速度で進んでいる。
南に下っているから、少し気温も高くなっているらしく、雪はすっかり姿を消した。時折物陰に茶色く汚れた雪が散見されるばかりである。
乾燥していた地面も、場所によってはぬかるみがある様になった。ずっと天気が悪いらしく、断続的なみぞれ交じりの雨に降られた。
「地面が悪くなって来たね」
「うむ。こっちの方は雨が多い地域なのかな? 滑って転ばない様にしないと」
「王様がそう言うとむしろ転びそうな気がするんだが……」
「気のせい!」
アクナバサクの裸足の足が、すっかり泥にまみれている。灰色の雲が分厚く垂れ下がって、何だか重苦しい雰囲気だ。泥にはみぞれが混じってくしゃくしゃと音を立てている。
やがて雨が降り出した。
「歩きづらくなって来たなー。暗くなりそうだし、ちょっと休もうか」
「王様がそう言うなら、わたしはいいよ。ずっと歩いてもらってるわけだし」
「うむ。しかし、このペンダント、方向が解るのはいいけど、距離まで解ればよかったんだけどなー。ホネボーンの奴、横着しやがって、帰ったらここを突いていじめてやろ。げへへへ」
(やめておいた方が……)
どう考えてもアクナバサクが返り討ちに遭う光景しか想像できない。
雨の中で膝を抱えるわけにもいかないから、適当に雨が避けられる場所を探した。いよいよ駄目だったら、『創る力』で屋根でも作る心づもりだが、アクナバサクは何でもそれでやったら面白くない、と自力で雨宿りが出来る場所を探している。
「んお?」
雨の向こうに、何か見えた。現世喰か、とハクヨウはアクナバサクの背から降りて剣を手に持つ。
そろそろと近づいて、遠目によく見てみると、何だか巨大な蟻塚の様なものがあるのが解った。土や泥で出来ているらしく、そこかしこに窓の様なものがある。その周囲を大小の現世喰がうろうろしていたり、あるいは呆然と雨に打たれていた。
「うわー、あれって巣?」
「みたいだね……どうする?」
二人は顔を見合わせて少し思案した。
「……ま、スルーでしょ。わたしらは魔姫を探しに来たのであって、渦潮苦無をせん滅しに来たわけじゃないからね」
「うず……いや、現世喰……まあ、そうだね。取りあえず離れよう。この近くじゃ休むにも休めないだろうし」
ペンダントは現世喰の巣とは別の方を指している。ともかく先に進んでしまおう、と二人は歩を進めた。
小一時間ほどアクナバサクが走った先に、再び影が見えた。
ハクヨウが身構える。
しかしその影は現世喰ではなく、廃墟になった村の建物だった。
アクナバサクが「おお」と言った。
「こりゃ都合がいいぞ。廃屋とはいえ屋根がある。雨除けには十分だ」
「ああ。でもまず現世喰が潜んでいないか確認しないと」
もう日が落ちかけて、辺りはすっかり暗くなっている。廃墟の陰は暗く、何がいるか解らない。二人は手分けして村の中を歩き回り、現世喰がいないか確認した。
村は廃墟になってから随分時間が経っている様だった。どの廃屋も屋根が抜け、壁が崩れている。それでも、いくらか雨が避けられる様なものもあった。
ハクヨウは剣を片手に用心深く進んで行った。アクナバサクはどこかを歩き回っている。
(王様なら心配は要らない、が)
むしろ現世喰以外の要因が気になる。変にはしゃいで廃屋を崩して埋まったりしていないだろうか。
だが、そんな事が起きれば大きな音がする筈だ。尤も、埋まった所でぴんぴんしたまま飛び出して来るのも容易に想像できる。
ハクヨウは思わず表情を緩めた。
気づくと村外れの辺りまで来ていた。
かつては建物があったと思しき瓦礫の山があり、その向こうに小さな祠が立っている。この先には何もなさそうだ、とハクヨウが踵を返しかけると、不意に背後に気配がした。
「――ッ!」
咄嗟に剣を構えて振り返る。
小さな影が飛びかかって来た。野太刀を振りかぶっている。上段からのすさまじい斬撃を、ハクヨウは何とか受け止めて押し返した。小さな影はくるくると回って着地した。
暗くてよく見えない。
相手がいるのは解る。しかし雨と、それを避ける為にかぶっているフードのせいで、顔が解らない。
現世喰だろうか。しかし武器を使う現世喰など見た事がない。或いは変異種か何かだろうか。もしくは……。
とハクヨウが考えながら剣を構え直している間に、小さな影は滑る様に近づいて来た。今度は下段からの切り上げだ。
ハクヨウは地面を蹴ってそれをかわしながら、目を細めて相手を見た。剣を握る手は確かに人間のものらしい。
「待て! わたしは現世喰じゃない!」
切り結びながら、叫んだ。小さな影はぴくりと反応して、刀を引いて後ろに跳んだ。
ハクヨウは相手を見据えながら剣を収める。
「落ち着け……こっちに敵対の意思はない」
「……お前、まさか魔姫か?」
幼い声がした。どうやら見た目そのままの年齢の様だ。しかし声には奇妙な老獪さが含まれている様にも聞こえた。ハクヨウは不思議な懐かしさを感じつつ口を開いた。
「そうだ。ハクヨウという。第一世代だ」
「ハクヨウ……?」
小さな影は少し考える様なしぐさを見せたが、すぐにハッとした様に顔を上げた。
「おお、思い出したぞ! ハクヨウ! 覚えとらんか、わしの事を!」
そう言ってフードを取る。八、九歳程度の顔立ちの少女が、そこにいた。赤みがかったこげ茶色の髪の毛が濡れてしっとりとしている。それを肩辺りで束ねて、右肩から前に流していた。
ハクヨウは目を見開いた。見覚えのある顔だった。靄がかかっていた過去の記憶が急に形を持って浮かび上がって来る。
「君は……確か第一世代の」
「レーヴァティじゃ! わっははは、久しいのう!」
レーヴァティと名乗った魔姫は、嬉しそうにハクヨウに飛びついた。
その時、「ハクにゃーん」という声と共に、アクナバサクが飛び込んで来た。
「狼藉者めーッ!」
「うっ!? だっ、がっ……」
アクナバサクの拳骨が、レーヴァティの頭を直撃した。この不意打ちに、レーヴァティは頭を押さえてうずくまる。
「お、おい、レーヴァティ、大丈夫か?」
「ハクにゃん、無事かっ? いやあ、本当に変なのがいたとは……」
「い、いてえ……お、お前ぇ……なにすんじゃあ……」
レーヴァティは涙目のままアクナバサクを睨みつけた。アクナバサクは目を丸くする。
「あれっ、喋った? しかも可愛いぞ? 変異体?」
「いや、王様、この子は現世喰じゃないよ……」
「えっ、嘘……わ、わたし、またやっちゃいました?」
青ざめたアクナバサクは、胸元のペンダントに目を落とした。下げられた三角錐は、真っ直ぐに小さな少女を指している。
アクナバサクはハクヨウを見た。
ハクヨウは何と言っていいか解らずに口をもごもごさせた。
レーヴァティは頭をさすりながら黙っている。
何とも気まずい沈黙が場を包み込んだ。




