17.転移装置稼働
甘い、いい匂いが台所じゅうに漂っている。
昼食の片づけが終わった台所で、大きなオーブンの前に屋敷妖精たちが集まって、ワクワクした表情でぴいぴいと何かささやき合っていた。
そこにエプロンをつけたナエユミエナがやって来た。
「もうよさそうですねぇ。出して見ましょうかぁ」
と言うと歓声が上がった。オーブンの中から出て来たのは、大きなパイである。狐色に香ばしく焼き上げられて、見た目にもうまそうだ。
そこにタイミングを見計らったかの様にアクナバサクがやって来た。
「うおー、いいにおいがするぞ。わっ、なんだそりゃ?」
「アップルパイですよぉ」
「これが噂の! ひゃあ、うまそう!」
大量に収穫されたリンゴは、煮られたり干されたり潰されたりして、色々な加工品に姿を変えた。屋敷の食品貯蔵庫にはジャムや干しリンゴがたっぷりと蓄えられ、大きな樽にはリンゴ酒が仕込まれてじっくりと熟成させられていた。
そんな中、ナエユミエナはリンゴを使って様々な料理を作り、魔王谷の住民たちの舌を喜ばした。焼きリンゴに始まり砂糖煮、サラダ、ゼリー、リンゴジャムパン、リンゴソースなどなどである。
どれもうまいのでアクナバサクや魔姫たちは大喜びだった。ものを食わないホネボーンだけは知らぬ顔をしていたが。
焼き上がったアップルパイの周りに屋敷妖精たちが集まって、わあわあと催促する様に騒いでいる。ナエユミエナは口の前に指を当てた。
「まだまだ。魔姫ちゃんたちも来てからじゃないと。それに、ちょっと粗熱を取ってからがおいしいんですよぉ。こら、アクナちゃん。めっ、ですよ」
アクナバサクは素知らぬ顔で、そーっと伸ばしていた手を引っ込めた。
ナエユミエナは腰に手を当てた。
「後でちゃんとあげますから、今は我慢我慢、ですよぉ」
「へぇーい」
アクナバサクは不承不承に返事をした。屋敷妖精たちも不満げだが、豊穣神の意向に逆らうつもりはないらしい。気を紛らわす為なのか、銘々に台所の掃除なんかを始めた。
手持無沙汰になってしまったアクナバサクは、台所を出てぶらぶらと歩いて行った。屋敷の中に生えている草たちも、冬の訪れによって少し色が褪せている様に思われた。
大広間の方まで出ると、バルコニーの向こうに谷の景色が見える。昨晩降った雪で見渡す限りが白く染まっている。今は晴れていて、降り注ぐ陽光が雪に照り返されて目に眩しい。
アクナバサクはバルコニーまで出た。
出ると、急に冷たい外気が体を取り巻いた。吐く息が白くなる。広間とバルコニーを仕切る物はなにもないのだが、ホネボーンが何か魔法を使ったらしく、外気を遮断する様になっているらしかった。
欄干にもたれて、アクナバサクは谷を見回す。
昨晩も雪が降ったせいで落葉樹は葉の代わりに枝に雪を載せている。常緑樹も白く染まっている。目を凝らしてみれば、日の光で少し溶けて、ぽたぽたと水滴を滴らせていた。
屋敷の脇を落ちる滝も、完全になくなる事はなさそうだが、上流の方が凍って幅が狭まっているのか、随分量が少ない様に見えた。
「また冬が来たなあ。はー、真っ白だこと」
谷川も、水の流れがない所は氷が張っていた。その上を妖精たちが滑って遊んでいる。
崖のすぐ下にはアクナバサクが新しく立てた石柱があった。先端に魔水晶が据え付けられ、既にホネボーンとシャウラによって転移の術式が刻まれている。もう少しで起動するとの事だ。
思い起こしてみれば、随分目まぐるしく変化し続けているなあ、とアクナバサクは思った。
毎日楽しく暮らしているアクナバサクだが、時折こうやって一人でぼんやりすると、あまりの変化にちょっと困惑してしまう。
アクナバサクは指折り数えてみた。
「復活して、木を植えて、川が復活して、ナエちゃんが来て、魔姫たちが来て……うーむ、色々あり過ぎてわけが解らなくなって来たぞ」
その上、もう転移魔法が起動予定で、その後は別の魔姫を探す事になるだろう。
元々は怠け者である筈の自分が、ずっと何かやっている事がアクナバサクには不思議だった。
魔王だった頃は、そもそもあまり城の外に出してもらえなかったから、いつも窓や縁側から谷を眺めていた。同じ様に今バルコニーから眺める景色と随分違う。当然なのだが、それが当然という事が不思議だ。
アクナバサクが漫然と視線を動かしていると、向こうの畑の辺りに立てた石柱が目に留まった。
そういやあの辺にも立てたなあ、などとぼんやり思っていると、その周囲で妖精たちと、どうやらアルゲディとキシュクらしいのが雪玉を放り合っているのが見えた。
瞬時にアクナバサクは目を見開いて、バルコニーから飛び降りた。そのまま勢いで宙を飛んで畑まですっ飛んで行く。
「まーぜーてー!」
「うわっ、王様が飛んで来やがったです!」
驚く一同の目の前で、アクナバサクは雪の中に突っ込んで、雪まみれのまま立ち上がった。ぶるぶると震えて雪を振るい落とし、きらきら光る眼で歩み出た。
「わたしもやる!」
「えー、いいですけど、王様強そうだから普通にやるんじゃ不公平ですよ」
「じゃーどうすんだよ」
「王様一人対他全員はどうです?」
「マジで。いいぜ上等だよ。かかって来いコラァ!」
とアクナバサクが言うが早いか、周囲の妖精たちが一斉に雪玉を放り投げた。たちまちアクナバサクは雪まみれになる。キシュクがけらけら笑った。
「あははは、すげえ事になってやがるですよ、王様」
「コノヤロー、お前ら全員雪まみれの刑じゃい!」
アクナバサクは屈んで雪玉を作ると、猛然と投げ始めた。速い。妖精たちが雪玉を食らってきゃあきゃあと逃げ惑う。キシュクとアルゲディは大急ぎで物陰に隠れた。
「うわわ、王様め大人げねえです」
「キシュクちゃんが煽るからでしょ……」
「しっかし固定砲台みたいになってやがるです。あれを崩すのは骨が折れるですよ」
妖精たちも二人の所に集まって来た。既に皆髪の毛や服が雪まみれである。
アクナバサクは笑いながらずんずんと近づいて来る。
「キッシュんどこだー。お前には特別に服の中に雪をプレゼントフォー・ユー!」
「とんでもねえ事言ってやがるです……アルゲディ! 何としても王様をやっつけるですよ」
「えっ、どうやって?」
「あれを見るです」
キシュクが指さした先には、まだ枝にたっぷりと雪を残している木があった。
「アルゲディがあの下に王様をおびき寄せるです。そうしてボクの矢で木に衝撃を与えて雪を落として、王様を埋めてやるんです」
「うまくいくのかなあ?」
「まともにやり合って勝てるわけねえですからね。こういう時にボクの頭脳が冴え渡るってわけですよ。よーし、おめーらアルゲディと一緒に行くですよ。王様をおびき寄せるです」
それでアルゲディと妖精たちがアクナバサクをおびき寄せるべく物陰から飛び出す。
「おっ、そこにいたか! がははは、逃げられるとお思いか!」
たちまち雪玉がぴゅんぴゅん飛んで来る。アルゲディは手に持った木の棒でそれを打ち払いながら、ぺろりと舌を出した。
「当たらないよーだ」
「むきーっ! 小癪なアルちゃんめ!」
あっさり挑発に乗ったアクナバサクは、アルゲディを狙って雪玉を放った。
しかし距離があるし、アルゲディも普段は剣士だから、飛んで来る雪玉を危なげなく打ち払ってしまう。その後ろから妖精たちがぽいぽいと雪玉を放って来る。
「攻防のバランスが取れ過ぎてない? ちくしょー、そっちがそれなら距離を詰めるまでじゃい」
それでアクナバサクが前に出ると、アルゲディたちはさっと踵を返して逃げ出した。アクナバサクはむきになって追いかける。それでキシュクの指定した木の下まであっさり誘導された。
「こらー! 逃げてばっかりじゃ雪合戦になんないだろ!」
アクナバサクが喚いた。木の下に入ったのを確認してアルゲディが足を止める。
「王様、勝負だよ!」
「おっ、覚悟を決めたな! イクゾー」
とアクナバサクが雪玉を振りかぶった瞬間、先端に布を巻き付けた矢が凄い勢いで飛んで来て、幹をしたたかに打った。木が震えて、枝の上の雪がぼさぼさと落ちる。
結構な量があって、アクナバサクは雪に埋まってしまった。妖精たちが歓声を上げる。
弓を持ったキシュクが呆れ顔でやって来た。
「ここまで綺麗に決まると、逆にわざとじゃねーかって思いますね」
「ちょっとかわいそうな気もするけど……」
雪がもこもこと膨れて、アクナバサクが顔を出した。
「わははは、やられた。これが目的だったとはやるじゃねーか、ちびっこどもめ」
ちっとも堪えた様子がない。アルゲディは苦笑した。
「ごめんね王様。大丈夫だった?」
「へーきへーき。キッシュんが考えたの? 一本取られたなー」
「ふふん、参りやがったですか」
「参りやがったですよ。でも服の中に雪はプレゼントするね」
「ふおっ!?」
首元から雪を突っ込まれたキシュクは「ひょわああ!」と叫んで跳ね回った。アクナバサクは満足そうな顔をしている。
その時、石柱の先端の魔晶石が光った。
おやおやと思っているうちに、石柱に刻まれた魔術式に光が走り、そこから光の玉が出て来て、それが人の形になった。
ホネボーンが現れて、すとんと着地する。その後からシャウラが現れて、「ふぎゃ」と地面に落っこちた。
石柱の光が収まる。ホネボーンは前を見て後ろを見た。
「ふむ、どうやら問題はなさそうですね」
「はうう、つっ、つめたいっ」
シャウラは体を抱く様にして足踏みしている。アクナバサクが興奮気味に駆け寄った。
「なんだなんだ、もう稼働してたのかよ!」
「試運転です」
「でも問題ないんだろ? うははは、これで領内の移動がかなり楽になるって事だな!」
「はあ」
「わたしもやりたい、どうやんの?」
「せっかくですからここにいる者たちで同時に移動できるかやってみましょう。王様、石柱に触れてください」
アクナバサクは手を伸ばして石柱に触れた。冷たい石の感触である。
「で?」
「魔力を込めてください」
それでアクナバサクが石柱に魔力を流すと、さっきと同じ様に魔晶石が輝き、アクナバサクの前に谷の地図の様なものが浮かび上がった。
「うわ、すげえ!」
「目的地は屋敷にしましょう。この赤い点を指で押してください」
地図のあちこちに赤い点が明滅している。これは各地に建てた石柱の位置を表しているらしかった。アクナバサクが屋敷の辺りの点に触れると、赤が青に変わり、石柱の魔術式が光り始める。
「さあ、寄って」
とホネボーンが魔姫たちをアクナバサクの方に集めた。魔晶石から光が放たれ、アクナバサクたちを包み込む。目の前の景色が急にぐにゃぐにゃとゆがんだ。眩暈でもする様な心持でくらくらしていると、急に足元の感覚がなくなって、体が引っ張られる様な感じがした。
しかし体が動かせない。力が入らないのである。
アクナバサクが混乱していると、急に周囲の風景がくっきりした。
「おわっ!」
宙に現れたせいで、アクナバサクは床に落っこちる。一緒に来た魔姫たちも着地に失敗して床に転がった。ホネボーンだけは難なく着地している。
「多人数での転移も問題なし、と」
アクナバサクがむくりと起き上った。
「なんでちょっと上に出るの?」
「間違って地面の中などに入らぬ為の保険です。着地は慣れてください」
「あれっ、なんかいいにおいがしやがるですよ?」
キシュクが立ち上がってきょろきょろした。アルゲディもすんすんと鼻を鳴らす。
「ホントだ。あまーいにおい」
「おっ、そうだそうだ。ナエちゃんがアップルパイを焼いてくれてたんだった」
「アップルパイ!?」
「ホント!?」
二人は目をきらきらさせた。誰かのお腹がきゅうと鳴いた。シャウラが頬を赤らめてお腹を押さえた。
「ずず、ずっと、じゅ、術式描いてて、お、お腹すいてて……」
「うむ。雪合戦に赴いてすっかり忘れてた。粗熱が取れた方がうまいって言ってたから、もういいだろ。行ってみようぜ」
転移装置はたちまちアップルパイに塗り潰され、一同は台所へと向かう。
そこでは屋敷妖精たちが皿を持って行ったり来たりしていた。ナエユミエナがちょうどオーブンからパイを取り出したところらしく、いつの間にかハクヨウとグリーゼが来ていて、もう粗熱が取れたらしいパイをつまんでいた。
「あっ、ハクヨウ姉さん! グリーゼ姉さんも!」
「なんで先に食べてやがるんですか!」
二人はむぐっと声を詰まらして、ふるふると頭を振った。
「んぐ……い、いや、鍛錬を終えて、水でももらおうと思って来たら」
「皆出かけてたし、味見はどうかってナエさんが言うから……」
「ずるい!」
「ボクたちにも寄越しやがれですー!」
「あれ、ナエちゃんまた焼いてるの?」
「そうなんですよぉ。この子たちの分もって考えると、一個や二個じゃ全然足りなくてぇ」
見れば五つも六つもパイが焼かれて、テーブルの上に並んでいる。屋敷妖精たちがそれを切り分けてきゃあきゃあとはしゃいでいる。屋敷に住むネズミたちもいて、切り分けたパイは銘々に取り分けて、妖精やネズミたちがむしゃむしゃ食べているらしい。アクナバサクがそこに突入した。
「コラーっ、わたしにも食わせろーっ!」
「みんな来たんですねぇ。ちょうどいい時間ですし、お茶にしましょうかー」
そういうわけでお茶が淹れられ、大きく切り分けられたアップルパイが並んだ。魔姫たちはこれを頬張って嬉しそうである。
「おいひぃ~」
「女神様は天才です。こんなうめーもん、初めて食べたです」
「あらあら、嬉しい事いってくれますねぇ~」
粗熱が取れたアップルパイは、リンゴの甘さと酸味とが驚くほど濃かった。生地もさくさくしっとりしていて、大変うまい。濃い目のお茶とよく合った。
たちまち自分の分を平らげたアクナバサクは、物欲しそうな目で他の皿を見ながらお茶のカップを手に取った。
「さてさて、今日はアップルパイも食べたし、転移装置も無事稼働できたし、中々順調ではないか?」
「はあ」とホネボーンが言った。
「今後はあれを利用して植樹を続けて行く方針だと思うんだが、魔姫探索の方はどうなってるの?」
「同時進行中です。魔姫を探す為の方法は理論立て出来ました。それを具体的に術式に落とし込む作業が残っていますが、まあこちらはそれほど手はかからないでしょう。冬の間には形に出来ると思います。ただ、領外への転移は少し手間取ります。谷周辺と違って、遠方となると地形の把握が困難になります。安全性を上げる必要がありますので、もう少し術式を練らなくてはいけません」
「そういう事はわたしには解らんが、つまりどれくらいで出来そう?」
「早ければ次の夏。遅くとも冬には」
「十分早い気がするのはわたしだけか? まあいいや。ナエちゃん、アップルパイお代わりないの?」
「ありますよぉ」
アップルパイのお代わりを頬張りながら、アクナバサクは言った。
「もし冬の間に魔姫探索が出来る様になったら、転移装置が出来る前に行って来ようかな。どうせ冬の間はする事もないし」
「そうなると、王様一人で行く事になるのかな?」
とハクヨウが言うと、アクナバサクは首を横に振った。
「それはわたしが寂しいからやだ。誰か一緒に来てよ!」
「だとすると……やっぱりハクヨウが行くべきじゃないか? 第一世代がいれば、王様の話もすんなり通るだろうし」
グリーゼが言う。シャウラが不敵な笑みを浮かべてグリーゼを小突いた。
「い、い、いいの? ハクヨウがいないと、か、髪を梳かしてもらえないんじゃ、ない?」
「な!」
うろたえるグリーゼを見て、アルゲディが「ほえー」と言った。
「グリーゼ姉さん、たまに髪の毛がふわふわになってるよね。あれ、ハクヨウ姉さんにやってもらってたんだ」
「い、いや……うん、そうなんだけど、別に色気づいたとか、そういうのじゃ」
「何を照れてやがるんですか」
「う、うるさいな、もう」
グリーゼはごまかす様に残ったアップルパイを頬張った。ハクヨウがくすくす笑う。
「それじゃあ、宰相殿の術式が組み上がり次第、わたしと王様で行ってみよう。グリーゼにはその間我慢してもらうって事で」
「あ、ハクヨウまでそんな事を!」
頬を膨らますグリーゼを見て、みんなが愉快そうに笑った。
ともかくそういう事に決まった。
ホネボーン曰く、順調にいけば十日とかからず術式が組めるそうだ。転移は肉体の分解と再構築というかなり難しい術式を使っているから時間がかかるが、探索はそういった危険性がないから、比較的簡単に組めるらしい。それでも、短時間でそれを作り出せるホネボーンは、やはり魔法使いとして優秀なのだろう。
アクナバサクはお茶をすすり、うーんと手足を伸ばした。
つらつらと考えるに、谷での暮らしは楽しいけれど、たまには気分を変えたい時もある。それに、どこかで寂しい思いをしている魔姫がいるのだと思うと、なるべく早く助けてやりたいとも思う。
谷から離れれば、現世喰とも戦う事になるだろう。
それは別に何の障害にもならないが、城塞都市を攻めていた様な変異した現世喰が頭脳戦を挑んで来たら、アクナバサクの手に余るかも知れない。それを思うと少し心配になる。
茶会が散会して、それぞれに散らばり始めたので、アクナバサクはホネボーンを捕まえた。
「あのさ、ちょっと前にあの廃都市で戦った麗しクレイの魔力、あれも調べてるの?」
「現世喰です。調べていますが、それがどうしました」
「いや、もし外に出て、変異して知恵つけた奴とぶつかったら面倒だなって思って。いや、別にわたしが馬鹿というわけではなく。別にわたしが馬鹿というわけではなく」
ホネボーンはちょっと考えていたが、やがて口を開いた。
「心配は要らないでしょう。現世喰が多少知恵をつけたところで、人間や魔族の様な複雑な策を用いる事が出来るとは思えません。あの変異した個体も、何かしらの行動原理に乗っ取ってハクヨウをさらった様ですが、二重三重の策略があったわけではありませんでした。心配せずとも、王様ならば力ずくでどうにでもなるでしょう」
「わたしが力ずくでどうにかするって前提にするなよ」
「違うんですか」
「いや、するけどさ……」
アクナバサクはちょっと悔しそうに口を尖らしてホネボーンを小突いた。
「ともかく、そっちも調べておけよ? 多分、まだまだ変異は続くだろうし、そういうのが谷に攻めて来てからじゃ遅いんだからな」
「はあ」
それで談判は済んだ。片付かない気分でもあるけれど、ひとまず大丈夫そうだという事が解ったので、アクナバサクも一安心である。
魔姫たちは早速転移を試している様で、既に石柱を辿って谷のあちこちに出かけて行ったらしい。
アクナバサクは欠伸をした。睡眠が必要なかったのに、ここ最近は無理に力を使って夜に寝る事を日課にしていたから、体に寝る癖がつき始めたらしかった。
いいのか悪いのか解らないが、少なくとも眠るのはアクナバサクにとっては大きな娯楽である。悪い気はしていない。尤も長くは眠れず、せいぜい三十分で目が覚めてしまうのだが。
それでも、ちょっと昼寝でもしよう、とアクナバサクは自分の部屋に歩いて行った。何か面白い夢でも見る事を期待しながら。
リアルがやたらに忙しいのでちょっとお休みします。
次回更新は6月からです。他の小説でも読みながらゆっくりとお待ちくださいませ。
 




