16.森の研究室
みぞれ交じりの雨だった。重く容赦なく地面を叩き、そこら中に水たまりと水の筋を作り出している。所々に交じった氷の粒が、流れる濁った水に少しずつ溶け、しかしまた上から降って来たみぞれに塗りつぶされている。
廃墟の村は灰色に染まっていた。空の色がそのまま下りて来た様だ。色彩はなく、寒々しい風景が広がっている。
村に入ってすぐの辺りに広場の跡地らしき場所があった。凸凹の石畳が敷き詰められている。元から凸凹だったのではなく、時間や他の要因で表面がずれたといった風だ。
その片隅に少女が座っていた。
わずかに雨がよけられる廃墟の中で石の上に腰を下ろし、フードをかぶり、膝を抱える様にしている。そうして村の入り口の方を眺めていた。
「また冬が来たのう」
呟いた。口元から白い息が煙の様に漂っている。
ジッとしていると体の芯にしみて来る様な寒さなのに、少女は動こうとしない。時折膝を抱え直したり、もそもそと身じろぎするだけだ。まるで誰かを待っているかの様である。
少女は膝に顎を載せる様にして目を閉じた。まだこの村が廃墟でなかった頃の事を思い出していた。
ここは遠征軍の拠点にされた小さな村だった。現世喰が間近に迫っていて、何人もの魔姫が送り込まれた。
少女もその一人だった。近くにあるという、現世喰の巣を討伐する予定だったが、彼女は村の防衛の為に一人だけ残された。戦友の魔姫たちは、きっと帰って来ると言って討伐に向かった。それから何年も経つ。
「……約束したんじゃもんな」
少女は手袋を取ると両手にはあと息をかけて、それからすり合わせた。小さな指先は赤くなっている。
その時、雨でけぶる向こう側に黒い影が現れた。少女が目を細める。
「……お前らに用はないんじゃい」
現れたのは現世喰だった。人と同じ大きさの個体である。それが三体ばかり、顎をかちかち言わせながら近づいて来る。
少女は面倒くさそうに立ち上がった。そうして中空に手を伸ばし、拳を握って外へ振り抜いた。
すると、何もない空間から身の丈ほどもある片刃の太刀が引き抜かれた様に少女の手に収まっていた。魔力で作られたものらしい。
「茸ちゃんの餌になれや」
ぱしゃっ、と飛沫を少し跳ねさして、少女は前に跳んだ。瞬く間に距離を詰めて、横一線に太刀を振り抜く。現世喰の上半身と下半身が真二つに分かれる。しかし二体だ。
少女は舌を打った。
「猪口才な」
太刀をかわした個体が大きく回って側面から飛びかかって来た。少女は即座に身を翻し爪の一撃をかわす。そのまま身軽な動きで体勢を立て直し、太刀を振りかぶった。
「舐めんなよ」
すん、と太刀が振り下ろされる。現世喰は真二つに寸断され、地面に転がった。
現世喰から溢れ出た生命エネルギーが、少女の手に集まって丸い玉になった。少女はふうと息を吐いて、太刀を魔力に戻して仕舞い込んだ。そうしてぶるりと震えた。
「へくちっ!」
少し赤くなった鼻先を指でこする。
「……阿呆じゃない。わしは、信じておるだけじゃ」
風も出て来た。少女は名残惜しそうに村の入り口を一瞥し、それから踵を返して村の奥の方へと歩いて行った。
〇
冷たい風が吹き、森の木々が葉を散らし始めた。
季節の移り変わりというものは、くっきりした線引きが出来るわけではないが、やはり寒くなれば冬が来たという気分になる。
夜の虫の唄もあまり聞こえなくなったし、上を見た時に空が変にくっきり見える。葉が落ちているのだ。そんな事を確認する度に、冬の訪れを強く思う。
アクナバサクは早速冬用の分厚い服を来て、落ち葉の絨毯が敷き詰められた森の中を散策した。
熟して落ち、虫がたかっている木の実があったり、色とりどりの茸が生えていたり、色彩に乏しくなった様に見えても、意外に色々なものがある。
吐く息も白くなった。特に朝晩の冷え込みが顕著である。暑さ寒さに強い体を持つアクナバサクはともかく、魔姫たちはやはり寒い様で、しっかりと服を着こんでいた。
晴れが続いている。空気が乾いて来たのか、空は真っ青だ。葉のない枝の間に見る青空は、葉の隙間の空とはまた違った様相があるな、とアクナバサクは思った。
「王様、どこまで行くの?」
後ろをついて来たアルゲディが尋ねた。
「ホネボーンのとこ。どんな事やってるのか電撃家庭訪問しようと思って」
「へぇー……」
「あっ、こいつ今急に思いついただろって思っただろ? わたしも思った」
「えっ?」
「ともかく行くぞアルちゃん。シャウラちんがいじめられてる現場を押さえて、ホネボーンの弱みを握ってやるんだ」
と、アクナバサクは大股でずんずん進んで行く。アルゲディは大丈夫かなあという表情でその後ろをついて行く。
だらだらの坂道を上がって行くにつれ、次第に両側の崖が迫って来て山道になる。今までは岩肌や土がむき出しだった壁面にも、いつの間にか細い木や草が生え、蔦が覆う様になっていた。
奥の方まで行くと、再び壁面が広がって盆地の様になる。
そこは大きな常緑樹が天蓋の様にかぶさっており、奥まった所には種々の木が絡み合った大木が大きく枝を伸ばしている。
上から流れて来る水でこの辺りは小さな湖状態になっており、水から突き出た小島や岩には緑の苔がびっしりと張り付いていた。薄い霧が漂って、何だか神秘的な雰囲気だ。
その小島同士に渡る橋にも、苔が既に這い上がり始めている。通常よりも遥かに早いのはこの辺りに溢れた生命エネルギーのせいらしい。
跳ねる飛沫や常に漂っている霧のせいで、どこもかしこもしっとりと湿っている。木の枝や岩の上に木霊や水霊が座ってアクナバサクたちに手を振っていた。
「アルちゃん、滑るから気を付け、うおおおお!」
注意しようとアルゲディの方を見返った矢先に、アクナバサクの方が足を滑らして水に落っこちた。
「あっ、王様、大丈夫!?」
「ぐああ、つめてえ! 意外に深いんだけど!?」
アクナバサクはどたどたしながら水から上がった。
「うぐぅ、服が水吸ってえらい事に……」
冬用の分厚い服がびたびたに濡れている。精霊たちが面白そうな顔をして集まって来た。
アルゲディはハンカチで、ひとまず顔周りだけ拭いてやった。
「うう、これじゃ全然追っつかない……どうする王様? 一度帰る?」
「いや、別に平気、アクナちゃんは健康優良児だから。このまま行ってホネボーンをからかったろ。れっつごー!」
と、びしょ濡れのアクナバサクが「がははは、お邪魔しまーす」と家に入って来たから、ホネボーンは嫌そうな顔をした。
「どうして濡れているんです」
「水に落ちたんだよ。でもあれだろ、水がしたたってるのはいい女の証なんだろ? 見とれろ! そして可愛いアクナちゃんを心行くまで愛でればいいじゃない!」
「はあ」
「おおお、王様、かっ、風邪引いちゃうぅ」
シャウラが慌てた様に部屋の奥から大きなタオルを持って来て、アクナバサクの頭にかけた。
「さんきゅー、シャウラちん。でもアクナちゃんは丈夫だから平気だぜ」
「馬鹿は風邪を引かないと言いますしね」とホネボーンが言った。
「そうそう。え? 馬鹿?」
製図台にもう完成間近の魔術式が描かれている。アルゲディがそれをまじまじと見て嘆声を漏らした。
「すごぉい。なんだかとっても綺麗だね」
「そ、そうでしょ? ふへへぇ……がが、頑張った、から、ね!」
とシャウラは胸を張った。服を脱いだアクナバサクが、体を拭きながら言った。
「んじゃ、領内の転移システムはぼつぼつ完成間近って事か」
「試運転が必要ですが、概ね完成と言っていいでしょう。ですから近々、転移用の石柱を立てる場所を選定しないといけません」
「いっぱい立てりゃいいじゃない。その方が移動が楽だろ?」
「駄目です。無駄に魔力を消費しますし、多過ぎると転移する時に行き場所がこんがらがります。要所要所に立てればそれでよろしい」
「ははん」
「し、師匠、せせ、石柱には、ど、どうやって刻む?」
「専用の杖を使います。お前にも教えますから、きちんと覚える様に」
「は、はいぃ」
とシャウラは緊張気味に視線を泳がしている。アルゲディがおずおずとホネボーンに話しかけた。
「あの、ホネボーンさん」
「何です」
「あそこの棚の、色んな道具って見てもいい?」
「一番上の棚のもの以外はいいです。丁寧に扱いなさい」
「やった、ありがとう!」
アルゲディはわくわくした様子で、魔道具類の収められている棚に駆け寄った。
「シャウラちゃん、一緒に見ようよ! どんな道具か教えて欲しいな」
「うん、い、い、いいよ……」
それで魔姫二人は棚の道具を手に取ってああだこうだと話している。
一通り体を拭き終えたアクナバサクが前髪をかき上げた。
「はー、すっきりさっぱり。水風呂に入った感じだな」
「王様はどこに転移ポータルを設置したいですか」
「え? あー、屋敷だろ? あと畑と、谷の入り口辺り、それからここと……集落予定地にも欲しいな」
「ふむ」
ホネボーンはさらさらと手元の紙にそれらをメモした。
「まあ妥当な所ですナ。後は植樹を行いたい辺りに設置するのもいいでしょう。王様の力があれば大きな石柱も自在に設置と撤去が出来ますからね」
「だろ? もっと褒めて!」
「嫌です」
「えっ」
「ともかく、これが無事に稼働すれば第一段階は完了です。次は領外の魔姫を探す為の術式を組まねばなりません」
「出来そうなの?」
「はい」
「具体的にはどうやって」
「この術式と並行して、魔姫たちの検査を行って来ました。肉体であるホムンクルス体は個体差が顕著ですが、魔姫として戦う為の魔王の因子は、量の多寡こそあれ共通項として存在します」
「ははあ、それらに反応する様な術式を組むというわけだ」
「そうです」
「けど、よしんばそれで魔姫が見つかったとして、そこまではどうやって行くの?」
「王様に走っていただきます」
「マジで。いいよ、やってやろうじゃん」
「いえ、嘘です」
「えっ」
「魔姫発見の為にも、魔力の糸や網を伸ばさなくてはいけません。転移魔法を応用して、その魔力の糸を辿って行ける様にすれば、目的の魔姫近辺に移動できるのではないかと」
「ポータルがなくても何とかなるのか?」
「そこが目下の課題です。転移自体は出来ても壁や地面の中に転移したのでは目も当てられませんからね。座標特定の為の方法を考えねばいけません」
「かべのなかにいる! はイカンという事か」
「そうです。その為にかなりの数の術式を矛盾なくつながなくてはなりませんので」
「難しそうだな」
「時間さえかければ可能ですから、まあ何とかしましょう」
「任せた! 応援してるぞ。後ろで踊ってようか? 応援ダンス」
「はあ」
その時、奥の部屋からハクヨウが目をこすりながら出て来た。
「ごめん、また寝てしまった……あれっ、王様」
「あれ、ハクにゃんいたの?」
「うん、データ取りの検査で……なんかぽかぽかして気持ちいいから、いつも寝てしまうんだ」
「ホントによく寝るねえ。でも寝るのっていいよね。わたしも出来れば寝たいんだけど、よほど魔力を消費しないと眠気が来ないから睡眠、レアなんだよねー」
「そ、そっか……」
とハクヨウは照れ臭そうに頭を掻いて、それからアクナバサクが何も着ていない事に首を傾げた。
「というかなんで王様は裸なんだい?」
「水に落っこちたんだよね。ハクにゃんも気をつけねえといかんぜ。わたしよりも体にメリとハリがあるからな。濡れて服が張り付いたら艶めかしくなっちゃうぞ」
「う、うん、気を付けるよ」
アクナバサクも服を着て、お茶が淹れられて、小休止という雰囲気になった。アクナバサクは研究室の中を見回す。久しぶりに来たが、何だか資料や機材が収められた棚が増えた様に思う。
壁に人体を描いた絵があって、そこに色々と書き込まれている。細々していて、何だか複雑である。
「これはなによ」
「魔姫の体の魔力経路を描いたものです。心臓の横に魔王の因子を組み込んだ魔力エンジンが接続されています。そこから血管を辿る様にして全身に魔力が送られるのです」
「ははあ」
「だだ、だから、血液を、り、利用するのが手っ取り早いって、し、師匠が」
「魔法陣に血を垂らす、という感じかな?」とハクヨウが言った。
「そうです」
「それで同じ様な因子に反応させるってわけか。いいじゃん、出来そうじゃん」
「理論的には可能ですが、その為に術式を組むのが大変なのです」
「そういう事かー……ねえハクにゃん」
「ん?」
とハクヨウが顔を上げた。
「魔姫ってどれくらいいるんだろ? ハクにゃんは百年前からいるんだろ? その間にシャウラちんとかアルちゃんみたいな新しい魔姫も生み出されるわけだし、かなりの数になるんじゃないか?」
ハクヨウは少し腕組みして考えていたが、やがて口を開いた。
「いや、確かに生み出された数は多かったかも知れないが、多くは現世喰との戦いで命を落としたから……どれくらい残っているのか、正直解らないな」
「お前と同じ第一世代は、確か後続に比べて因子が濃かったと聞きますが」
とホネボーンが言った。ハクヨウは首を振る。
「全体の傾向がそうだった、というだけです。勿論、因子の薄い者もいましたよ。そういう者は早くに死にました」
「やだなー、そういう数撃ちゃ当たるみたいな使い捨て戦法」
「王様にそう言ってもらえるだけでわたしは十分だよ」
とハクヨウは微笑んだ。そうしてお茶を一口すする。
「あちこち転戦したから……色んな魔姫と会ったよ。わたしたち第一世代はまだ実験段階だった事もあってほとんどが顔見知りだけど、後々魔姫を生み出す施設はあちこちに造られた。もう見知らぬ魔姫の方が多いんじゃないかって思う」
現世喰の脅威が激化した百年前、ハクヨウたち魔姫はあちこちの戦場を渡り歩き、村の近くのコロニーを破壊したり、大群を相手に正面からぶつかったり、幾度も命の危機を潜り抜けた。多くの出会いと別れを経験している。
アクナバサクはふんふんと頷いた。
「苦労したんだなあ……シャウラちんもそう?」
「わわ、わたしはずっと後……で、でも確かに、あ、あちこち送られた。さ、最後は、あの城塞都市に、お、置いてかれたけど。あ、ぐ、グリーゼも、いい、一緒だったんだ、よ?」
「ああ、シャウラとグリーゼはほぼ同世代だったな。グリーゼがちょっと下だったか?」
「え? グリちゃんの方が後なの?」
「そ、そうなの。でで、でもグリーゼの方が、つ、強いから」
とシャウラはもじもじした。
魔姫は生まれた時から姿がほとんど変わらない。そうなると、見た目が幼くても世代的にはずっと上の魔姫もいそうだな、とアクナバサクは思った。そう言うと、ハクヨウは頷いた。
「そういう魔姫もいたよ。同じ第一世代でね、肉体年齢的にはアルゲディやキシュクと同じか……いや、もう少し幼かったかも」
「わ、わたしより?」
アルゲディがちょっと驚いた様に言った。ハクヨウが笑う。
「そう。だけど魔王の因子は濃くてね、かなり強かったよ。しばらく一緒に戦ったけど、途中で別の部隊に分けられてね、それきり会ってない。名前はなんて言ったかな……れ、レヴ……うーん、思い出せない。なんか印象に残る奴だったんだけど」
「性格的に?」
「そう、だな。飄々としてて、何かちょっと年寄りっぽくて、でも子供みたいに食い意地が張ってたっけな。見た目はずっと年下だったから、何かそれで余計に印象に残ってるんだと思う」
「成る程ねー」
アクナバサクは椅子にもたれてぎいぎいと音を立てた。ホネボーンが立ち上がる。
「そういった因子の濃い魔姫の方が見つけやすいでしょうが、激戦区に送られていたなら生きていないかも知れませんね。むしろ生きている可能性の方が低いでしょう」
「こらホネボーン。もっとビブラートに包んで言いなさい」
「オブラートです」
「いや、いいんだよ王様。実際その通りだろうから」
「というかお前どこ行くんだよ」
「先ほど取ったデータを整理して、術式の叩き台作りに戻ります。私は奥にいますから、ごゆっくり。シャウラ、今書いている分の術式をもう二枚書いておきなさい」
そう言って奥の部屋に行ってしまった。
残された四人は顔を見合わせた。アルゲディが言った。
「えっと、ホネボーンさんのやってる事が一番わたしたちの助けになるんだよね?」
「そ、そう。まま、魔姫を探すのも、転移するのも、し、師匠がいなきゃ、むむ、無理」
ハクヨウがくすくす笑った。
「変な話だね。でも、何だかんだいって、ちゃんとやってくれるから有難いよ」
「こらこら、王様がいないと出来ない事もあるって忘れるなよ。もっとわたしをあつくあつく敬いなさい」
「王様にも感謝してるよう」
とアルゲディがアクナバサクの膝の上に乗った。アクナバサクはアルゲディを後ろから抱きしめてよしよしと頭を撫でる。
「アルちゃんは良い子!」
「えへへ……」
ひとしきりそんな風に時間を潰して、アクナバサクはホネボーンの小屋を出た。シャウラとハクヨウは残り、アルゲディは一緒に帰る。
日が傾いて、ひんやりした風が水面を撫でて波を立てている。ぽしゃっと音がしたのでそちらを見て見ると、跳ねた魚がまた水に落ちる所だった。
歩きながら、アクナバサクは大きく体を伸ばした。
「はー、家の中があったかかったから、外に出ると気が引き締まるネ」
「うん。今夜も寒いかなあ……」
「添い寝してあげようか?」
「えっ、ホント? あ、でも王様は寝れないでしょ? 夜じゅうベッドでじっとさせとくのも悪いから……」
「むう……」
とアクナバサクは口を尖らしたが、次の瞬間にぱちんと指を鳴らした。
「そうだ、思いついたぞ」
「なにを?」
「力が有り余って眠れないなら、力をほどよく消費すりゃいいんだ!」
「ど、どうするの?」
「あの辺に、おりゃ!」
とアクナバサクは森の奥の一角に手を差し出して、『与える力』を放出した。
すると木や草が物凄い勢いでにょきにょきと伸び出して、より鬱蒼とし始めた。もう冬の初めなのに、ぐんぐん伸びる木につぼみがつき、それから花が咲いて散り、実が熟して落ちて、葉が散った。苔や蔦が這う様に伸びて、木々や地面を覆って行く。アルゲディが目を白黒させて、後ずさった。
「わ、わわわ」
「はっはっは、これだけ力を使えばおうふ!」
と叫んで、アクナバサクは白目を剥いて水の中にひっくり返った。ほどよく消費どころか力を使い果たしたらしい。
アルゲディは一瞬混乱したが、すぐにアクナバサクを水から引っ張り上げた。
「お、王様! しっかり!」
ぺちぺちと頬を叩くと、アクナバサクはハッと目を開いた。
「うはっ! な、なにが起きた!?」
「急にひっくり返るから……」
「うぬぬ、しばらく使ってなかったから加減をミスった……でも十分くたびれたぞ。今夜はぐっすり眠れそうだ」
「もー……」
アルゲディは呆れた様に笑った。アクナバサクはまたずぶ濡れである。帰ったらまず体を拭いてあげよう、とアルゲディは思った。
空は赤く染まり出している。
向こうの空に月が浮かんでいるのが見えた。
 




