その断罪、三ヶ月後じゃダメですか?
「アレクサンドル・フォン・シーバラッド!貴様!とんでもない真似をしてくれたな!!」
穏やかな陽光の差し込む食堂で兄弟と共に昼食後のお茶を楽しんでいたアレクサンドルは、自身を名指しする怒鳴り声に「ん?」と振り向いた。
こちらを睨んで立っていたのはこの国の第一王子であるカルロスとその側近達。そして、カルロスの背に庇われてこちらを涙目でみつめる子爵令嬢。
「はて、カルロス殿下。僕に何か?」
アレクサンドルが首を傾げて問うと、カルロスは秀麗な眉目を歪めて激怒した。
「とぼけるな!貴様の犯した罪は許されるものではない!言い逃れできると思うな!!」
「罪、ですか?」
アレクサンドルは席を立ってカルロスの前に立った。
「心当たりがないのですが……」
「貴様!エミリーを見てもまだそんなことが言えるのか!!男の風上にもおけん!!」
そう罵られて、アレクサンドルはエメラルドのような鮮やかな緑の目をエミリーという子爵令嬢に向けた。
彼女は小動物のように身を震わせ、目を潤ませてアレクサンドルを見上げている。
アレクサンドルは、ふむ、と顎に手を当てた。
彼女のことは知っている。公爵家の次男として学園に通うアレクサンドルと子爵令嬢では身分に隔たりがあるため普通なら関わることはないのだが、エミリーなる令嬢はしょっちゅうアレクサンドルの周りをちょろちょろしていたからだ。
しかし、そういえば最近は姿を見ていなかったな、とアレクサンドルは思った。
「エミリー嬢がどうかなさったのですか?」
「この期に及んでまだとぼけるつもりか!!」
カルロスが顔を黒くして激高するのだが、アレクサンドルにはいっこうに心当たりがない。首を傾げるばかりだ。
「カルロス殿下。我が弟が何かそちらのご令嬢の気に障ることでも?」
見かねた公爵家の長男フリードリヒがアレクサンドルを庇うように間に入って尋ねた。三男のアルフォンスもアレクサンドルの背後に立って様子を窺う。
「お前達にも教えてやる!そこにいるアレクサンドルはこのエミリーを襲って妊娠させたのだ!!公爵家の権力を使い子爵家のエミリーを脅してな!!」
「「「……」」」
シーバラッド家の兄弟は無言で顔を見合わせた。
ちなみにここは貴族の子息子女が通う学園の食堂である。当然、彼らの他にも多くの生徒が昼食をとっていたし、王子の無駄によく通るでかい声は食堂中に響き渡った。響き渡らせていい内容ではないのだが、何故場所を選べなかった?せめて小声で言えなかった?
アレクサンドルは思わず憐れみの目でエミリーを見つめた。
「ふざけるなっ!!アレクサンドルがそんな真似するわけがあるかっ!!」
王子のとんでもない発言に真っ先に声を上げたのは、アレクサンドルの兄でも弟でもなく、食堂の一角で友人達と食事をしていた少年だった。
「アレクサンドルはその女に付きまとわれて迷惑していたんだぞっ!!」
アレクサンドルの仲の良い友人であるエルヴィンが椅子を蹴倒して立ち上がっていた。
「なんだ貴様は!傷ついた女性を侮辱するとは!!」
「侮辱しているのはそちらの方だろう!!アレクサンドルに濡れ衣を着せて名誉を貶めようとするとは!!」
カルロスとエルヴィンが言い争うのを見て、アルフォンスが「先越されちゃった」と苦笑いで呟いた。
「だいたい貴様、何者だ!!」
「俺はアレクサンドルの友人だ!!」
「友人だと?はっ、バッジの色からすると男爵家だろう!公爵家のアレクサンドルと友人だと!?」
この学園では身分ごとに胸に色違いのバッジをつける。公爵家は赤、男爵家は青だ。ちなみにカルロスは王族の色である紫のバッジをしている。
「そうだ。アレクサンドルは身分が下の俺でも気にせずに仲良くしてくれている!そんな奴が、身分を使って女性を脅したりするものかっ!!」
王子が相手でも、エルヴィンは一歩も引かずに言い募る。
その姿を見て、アレクサンドルは思わず目頭が熱くなった。
「あ、あの〜……」
それまで黙っていたエミリーが口を開いた。
「私……、すごく怖くて……、誰にも言えなくて、ずっと……でもでも、子どもが出来てしまって……」
細かく震えながら喋るその姿に、王子とその側近達は寄ってたかって労ったり慰めたりアレクサンドルを罵倒したりと大忙しだ。
「すっごく悩んだけど……この子のために、私、アレクと結婚します!」
「はあ……?」
アレクサンドルは思わず間抜けな声を出してしまった。
「そんなことを勝手に決められても困るのだが」
「貴様!!責任をとらないつもりか!?男の風上にも置けない奴め!!安心しろエミリー!奴がなんと言おうと、私が必ず結婚させてやる!!」
「カルロス様!ありがとうございますっ」
アレクサンドルは虚ろな目で兄と弟の顔を見た。兄弟は苦虫を噛み潰した顔で目配せしあう。
「……あー。王子、我が弟はそちらのご令嬢をはらませてはいません。何かの間違いです」
「ちゃんと調べて下さい。アレクサンドル兄様は無実です」
フリードリヒとアルフォンスが乾いた声で抗議するが、カルロス他は聞く耳を持たない。「責任をとれ」だの「人でなし」だのと好き勝手に喚いている。
アレクサンドルは脱力しそうになるのを堪えながら、なんとか弁明した。
「あのですね……エミリー嬢には以前から迷惑していまして。僕が剣の稽古をしていれば「すっごぉいアレク!でも、無理しないで!」とか言って腕にからみついてきて邪魔だったし、図書室で自習していれば「お疲れ様!差し入れ作ってきたんだ!アレクの口にあうかな?」とか言って飲食禁止の場所に甘ったるい匂いの菓子を持ってくるわで、正直迷惑で避けていたんですよね。最近見なくなったから安心していたのに……そもそも、僕は彼女に「アレク」と呼ぶのを許した覚えもないんですが」
仲の良いエルヴィンでさえ「アレクサンドル」なのに、なんでよく知りもしない子爵令嬢に「アレク」呼びされなくてはならないのだ。
そう説明したアレクサンドルだったが、王子とその他はやっぱりまったく聞く耳を持たないし、エミリーとやらは「ひどい!」などと言って目を潤ませて震えているしで、収拾がつかない。
シーバラッド兄弟は再び顔を見合わせてーーー深い溜め息を吐いた。
「あと三ヶ月……」
「こんな馬鹿共のせいで今までの頑張りが無駄に……」
フリードリヒとアルフォンスが肩を落とす。アレクサンドルも自身の真紅の髪をかき上げて眉をしかめた。
「あのですね……三ヶ月後に僕の無実は必ず明らかになりますが、それまで待ってもらえますかね?」
「何を言う!その間に逃げる気だろう!」
「お父様がこのことを知ったら子爵家を追い出されちゃう!責任とって今すぐ結婚して!」
お父様に知られたくないなら、なおさらこんなところで馬鹿でかい声で騒ぐべきではなかったのでは……?
もう彼ら彼女らが何を考えているのか理解できなくて、アレクサンドルはくらくらした。
「大丈夫か?アレクサンドル」
「エルヴィン……ありがとう」
真っ先に自分を庇い、心配してくれるエルヴィンに、アレクサンドルは感謝を込めて美しく微笑んだ。
フリードリヒとアルフォンスも美形だが、アレクサンドルは彼らよりもさらに整った容姿だ。学園中の令嬢がアレクサンドルが通りかかっただけで切ない溜め息を吐くと言われるほど、真紅の髪に緑の瞳の公爵家次男の美貌は有名だった。
「さて、兄様、アル。こうなってはもう仕方がないかもしれません」
「ああ……」
「兄様の剣の腕と僕の魔法があれば大丈夫でしょう。ちょうど、明日は王宮でガーデンパーティーがあるではありませんか。その時にしましょう」
シーバラッド兄弟は顔をつきあわせてこそこそと囁き合った。
「おい、貴様ら。何をこそこそと……」
「殿下。この件については明日、改めてお話させていただきます」
「では、失礼」
「急いで帰って支度しましょう。……はぁ。ほんと、あと三ヶ月後だったら……」
「まったくだ。あと三ヶ月だったのに……」
シーバラッド兄弟は口々に「あと三ヶ月……」と呻きながら去っていった。
その姿を見送って、エミリーはぽかん、とした後で「明日が勝負だわ!」と気を取り直した。
エミリーはこの学園に入学した時から、一際目立つ美貌の持ち主アレクサンドル・フォン・シーバラッドに目を付けていた。
幸い、男の庇護欲をそそる外見と所作には自信があった。しかし、培ってきたテクを総動員して迫っても、アレクサンドルはいっこうに靡こうとしなかった。
プライドを傷つけられたエミリーは、どんな手を使ってもアレクサンドルを落とすと決意したのだ。
そのためにアレクサンドルより身分の高い王子を味方に付け、妊娠をでっち上げた。
そう、でっち上げだ。本当は妊娠などしていない。
でも、こう言えば周りはアレクサンドルがエミリーに手を出したと思うし、アレクサンドルも責任をとらざるを得なくなるだろう。結婚してしまえばこっちのものだ。
結婚後すぐに妊娠できれば妊娠日を誤魔化せばいいし、流れたことにしてもいい。結婚さえしてしまえば、どうとでもなる。
エミリーはそう考えて、明日を楽しみにしていた。
明けて翌日、ガーデンパーティーの会場で、エミリーは王子達と共にアレクサンドルの姿を探していた。
「いない……」
「あいつら、やっぱり逃げたに違いない!!」
憤る彼らとは別に、エルヴィンもアレクサンドルを探していた。こちらは純粋に友が心配だったからだ。
シーバラッド家の兄弟はそろって見事な赤毛であるから目立つはずなのだが、見つけることが出来ない。
「まだ来ていないのか……」
エルヴィンが呟いた時、庭に集まった貴族達がざわっとざわめいた。
庭に入場してくる赤毛が見えて、エルヴィンはそちらへ足を向けた。
フリードリヒが一人の令嬢をエスコートし、アルフォンスが彼女の前を人払いして進んでいるのが見えた。
しかし、アレクサンドルの姿はない。
人々はフリードリヒの隣をしずしずと歩く美しい令嬢に息を飲んだ。
艶やかな漆黒の髪とルビーのような赤い目は、これまで見たことのない美しさだった。真っ白なドレスが輝いているようにさえ見える。
「ふ、フリードリヒ……」
「ああ。カルロス殿下。ご機嫌麗しゅう」
「うむ。こ、こちらの令嬢はどなたかな?紹介してもらえるだろうか」
カルロスは今まで見たことのない美しい女性を前に、ぽーっとしていた。その隣ではエミリーが悔しげに顔を歪めている。
「これは、私の……」
「アレクはどこ!?どこに隠したの?」
フリードリヒの言葉を遮って、エミリーが騒いだ。
「落ち着いてください、エミリー嬢。アレクサンドルはちゃんとここに来ております」
「どこにいるのよ!?」
フリードリヒはアルフォンスと目を見交わして肩を竦めた。
「カルロス殿下。少々、我が家のことをお話ししてもよろしいでしょうか」
「う?うむ」
許しを得て、フリードリヒは「では」と語り始めた。
「今から200年ほど前、我が家には聖女と呼ばれる娘がいました。光魔法が使える彼女は魔王と戦い、魔王を魔界へ封印しました」
「もちろん、聖女アリエスの伝説はこの国の者なら誰でも知っている」
カルロスの言うように、魔王と戦った聖女アリエスの話は有名だ。
「ええ。その聖女アリエスの話ですが、実はおおやけには伝えられていない真実がありまして」
フリードリヒは一度言葉を区切ってから、きっぱりと言い放った。
「魔王は、ストーカーだったのです!!」
会場がしーんと静まりかえった。
「アリエスに惚れた魔王がどれだけ拒絶してもしつこく迫ってくるので、キレたアリエスが魔王を追い返して、魔界への扉に封印を施したのが200年前の真相です」
「そ、そうだったのか……?」
「そうなんです。しかし、ストーカー……魔王はしぶとかった」
フリードリヒはぐっと拳を握りしめた。
「アリエスは黒髪に赤い目の乙女でした。それ以来、我が家に黒髪に赤い目の娘が生まれると、魔王が手に入れようと魔界から這い出てくるようになったのです。それを撃退するのが相当面倒くさかったらしく、先祖は一つの掟を作りました」
「すなわち、「黒髪に赤い目の娘が生まれた時は、魔王に気付かれぬように男として育てること」!」
フリードリヒの話の続きをアルフォンスが引き取った。
「黒髪赤目の娘は十八になると光魔法に目覚めます。それまでは、魔王に見つからないように男として育てるのです」
「では、改めてご紹介いたしましょう。シーバラット家嫡男である私、フリードリヒと、次男アルフォンスの間に生まれた長女、アレクシア・フォン・シーバラッドです」
フリードリヒの隣の美女が前へ進み出て見事なカーテシーで挨拶した。
「生まれてよりこれまで、アレクサンドル・フォン・シーバラッドとして生きて参りました。今日よりは真実の名であるアレクシア・フォン・シーバラッドとして生きたいと存じます。どうぞ、よろしく」
「あ、あ、アレク!?」
エミリーが叫んだ。
「はい、エミリー嬢」
顔を上げたアレクシアーーーアレクサンドルがにっこりと微笑んだ。
「魔王の目を誤魔化すため、髪と目の色を魔法で変え、男として育てていた。あと三ヶ月でアレクシアは十八になる。あと三ヶ月だったのに……」
「本当なら三ヶ月後の姉上の誕生パーティーで大々的に発表するはずだったのに……余計なことを」
フリードリヒとアルフォンスに睨まれて、エミリーは後ずさった。
「もちろん、男装していただけで性別は生まれた時から女性ですよ?」
「そうそう。生まれた時からかわいい妹だよ?」
「姉上がいったいどうやって貴女をはらませたというんでしょうねぇ?」
「う……」
会場中の目がエミリーに集まる。
アレクサンドルは女だった。エミリーを妊娠させられる訳がない。
嘘がばれて冷ややかな目で見られたエミリーは、狂ったように泣きわめいた。
「なによなによなによっ!!本当は女だったなんて!よくもあたしの純情をもてあそんでくれたわねっ!!最低!!」
最低はこちらの台詞だと思うのだが、エミリーは悲劇のヒロインよろしく涙をまき散らして会場から走り去っていった。
泣きながら「隣国に留学してもっとハイスペックなイケメン捕まえて見返してやるーっ!!」とほざいていたので大丈夫だろう。たくましくて何よりだ。
「さて、アレクシアの十八の誕生日まであと三ヶ月。魔王にみつからないように守らなければ」
「光魔法に目覚めれば自分で結界もはれるし、魔王も追い返せるようになりますからね」
フリードリヒとアルフォンスが気合いを入れ直した。
「エルヴィン!」
アレクシアは少し離れたところで一部始終を見てぽかんとしていたエルヴィンに駆け寄った。
「今まで騙していてごめん、怒ってる?」
「い、いや……驚いたけど、怒ってはいない」
「よかった」
アレクサンドルーーーアレクシアがにっこり笑った。
エルヴィンはそれを見て顔が熱くなった。髪と目の色が違うだけで、よく見れば確かにアレクシアはアレクサンドルそのものだ。何も変わっていない。
それなのに、エルヴィンはアレクシアを可愛いと思ってしまって動揺した。
「あのさ、エルヴィン。昨日は真っ先に庇ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
言いそびれていたお礼を言ったアレクシアは、照れくさそうに目を伏せた。
「それでさ、エルヴィン。僕は……」
アレクシアの言葉の途中で、パーティー会場が突然ぐらりと揺れた。
『くくく……みつけたぞ……アリエス』
地の底から声が響き、空中に黒い影が姿を現した。
「出たなストーカー!!」
「姉上は渡さない!!」
フリードリヒが剣を構え、アルフォンスが魔力を解き放つ。
『アリエス……今度こそ、ぶっ』
「厳重注意キック!!」
『今度こそお前を、ぐふっ』
「警告ハリケーン!!」
『お前を我がものに、がひゅっ』
「接近禁止令アタック!!」
『台詞の途中で攻撃するな!!せめて最後まで言わせろ!!』
「「黙れストーカー!!」」
フリードリヒとアルフォンスが魔王を容赦なく滅多打ちにする。ストーカーの言い分など聞く耳を持たないし、慈悲をかけるとつけあがるのがストーカーって奴だ。
「地獄へ堕ちろっ!!」
「二度と来るなストーカーっ!!」
『ぐぅぅ……おのれ人間共めぇ……』
兄弟の容赦ない攻撃にぼろぼろになったストーカーだが、ストーカーの最も厄介なところはその執念深さだ。
ストーカーは兄弟の隙をついて、アレクシアに襲いかかった。その手に黒い刃が握られている。
「危ないっ!!」
咄嗟にアレクシアの前に飛び出たエルヴィンが、魔王の刃に切り裂かれた。
「エルヴィン!!」
アレクシアが叫んだ。
倒れたエルヴィンを抱き留めるが、彼の脇腹から夥しい血が流れ出るのに顔を青ざめる。
『私とアリエスの仲を裂く者は全員死ぬがいい!アリエスは私のものだ!!』
魔王がストーカーらしい妄言を吐く。
「エルヴィン!しっかり!」
「あ……アレクサンドル……いや、アレクシア……泣かないでくれ。君を守れたなら本望だ」
エルヴィンは心の底からそう思って微笑んだ。
「エルヴィン……」
「アレクシア……最期だから、言ってもいいかな?……死にかけの戯言だと思って忘れてくれ……思えば、君がアレクサンドルだった頃から、俺は君を特別に想っていた……親友への気持ちだと自分を誤魔化していたが……本当は、そんなじゃなくて」
「エルヴィン……僕も、本当はずっと君のことを……」
「アレクシア……」
アレクシアはほろほろと涙をこぼし、エルヴィンに口づけた。
その瞬間、
眩い光が辺りを包み込んだ。
「な、なんだっ!?」
「これは、この光はっ……」
人々が目を覆って叫ぶ。
『ぐ、ぐああっ!!何故だっ……まだ十八にならぬのにっ、なぜ光魔法がっ……』
ストーカーが光に灼かれて苦しみもがく。
『お、おのれ……このままではすまさんぞぉ……っ』
雑魚ボスっぽい台詞を残して、ストーカーは地の底へ帰って行った。
光が収まった時、アレクシアの腕の中で死にかけていたエルヴィンは痛みがすっかり消えているのに気付いた。
「傷が、消えている……?」
「エルヴィン!よかった!」
アレクシアが涙を流して喜ぶ。
「光魔法に目覚めたんだな、アレクシア。お前の治癒でエルヴィンは助かった」
フリードリヒが二人に歩み寄り、こう言った。
「だが、アレクシア。ストーカーはまたお前を狙ってくるだろう」
「フリードリヒ様、自分がアレクシア様をお守りします!」
「ほう?それは命を救われた恩義からか?」
「それもありますが……身分違いの身でありながら恐れ多くも、自分はアレクシア様を愛しているのです!!」
エルヴィンはフリードリヒに頭を垂れて許しを講うた。
「どうか、アレクシア様をお守りさせてください。それ以外は何も望みませぬ」
「顔を上げろ。知っての通り、アレクシアは公爵令嬢。男爵家の四男など平民も同然、本来であれば口を利くことも能わぬ」
「はい……」
言われるまでもなく、エルヴィンにもわかっている。美しい上に治癒の魔法を使えるアレクシアは、聖女としてこの国の王族に嫁ぐのがふさわしい。
ならばその日まで……いや、アレクシアがこの世に生きる限り、彼女が笑顔でいられるように守ろうと、エルヴィンは心に決めた。
フリードリヒはふっと笑って、エルヴィンの顔を上げさせた。
「エルヴィン・ワグルーク。我が妹、アレクシア・フォン・シーバラッドを生涯守り通し愛し抜くと誓えるか?」
「誓います!」
「では、結婚を許そう」
「はっ……はい、……は!?」
エルヴィンは大いに戸惑って叫んだ。
「幻聴!?」
「アレクシア、お前はエルヴィンでいいのか?」
「はい!兄様!ありがとう!」
「え!?え!?」
「あーあー。僕の姉上が……あと三ヶ月は他の男に渡さなくていいと想ってたのに……ほんと余計なことしてくれたよなー」
アルフォンスはカルロス王子をちくちく突ついて嫌みを言っている。
「は!?え!?ちょ、ちょっと待ってください!俺は男爵家の四男ですよ!?」
爵位を継ぐことも出来ない身分で、公爵家の令嬢を嫁にもらえるわけがない。そう主張するエルヴィンに、フリードリヒが肩を竦めて言った。
「我が家では、黒髪赤目の娘には必ず恋愛結婚をさせろという掟がある。なぜなら、アリエスは魔王を魔界に追い返した後で幼馴染と結婚したんだが、その際にこう言い残したんだ」
自分が魔王と戦って勝てたのは、光魔法の力だけじゃない。愛する人が傍にいてくれたからだ。
「アリエスはこう言った。「ストーカーに勝てるのは真実の愛だけだ」ってな!」
完